真実
「なぜここに……」
その声はひどく掠れていた。
前の人生最後の瞬間ほどではないにせよ、義兄はすでにボロボロだった。
「……っ、アイリス!」
無理に絞り出したような叫び声の直後、私の周囲は水晶の原石のような氷にぐるりと囲まれていた。
パキンッと硬質な音とともにその一つが割れたことで、私は誰かに攻撃されたことに気がついた。
「お義兄様!!」
近づこうとした私を氷が阻む。
(お義兄様の氷魔法……)
それはあの日、私の胸を貫いた魔法と同じものだ。
血に塗れた義兄との刃のように鋭い氷。
(あのときとよく似た状況……)
振り返りざまに、斬りかかってきた相手の足下を凍り付かせると、義兄は私を安心させるように微笑んだ。
「そこから一歩も動くな」
義兄の言葉に呼応して、氷が大きく育ち私の周囲をガラスでできた壁のようにぐるりと取り囲んだ。
「お義兄様!!」
父が死んだ日の真相を目の当たりにして、私は氷の壁を叩く。けれど、私の力ではビクともしないようだ。
義兄が強いことを私は知っている。
けれど、相手は十人以上いてとても勝てるとは思えなかった。
(あの日、お父様もこんなふうに?)
崖から落ちた馬車は原形を留めておらず、父の最期の姿を私は見せてもらえなかった。
(お義兄様は知っていたのね……でも、いったい誰が)
何もできずにただ義兄を見つめていると、リセルが合流した。
わずかに曲がった細身の刀を手にしたリセルは、思っていた以上に強かった。
(あと一人、これなら、二人とも無事で……)
けれど、義兄と剣を交えていた男が進路を変えて私の方に走り寄ってきた。
ガンッという鈍い音の後、氷の壁にはひびが入り破片が降り注ぐ。
反射的に身を守ろうとしてしゃがもうとしたけれど、それは許されず拘束されてしまう。
「どうして、シルヴィスがここにいるの」
首に突きつけられたヒヤリとした感触に、全身が総毛立つ。
そのとき、伯母の声がした。
「――――伯母様」
私を押さえ込んでいるのは、屈強な男性だ。そして、首元に突きつけられているのは恐らく刃物だろう。
「……伯母上だったのですか」
「あなたが知る必要はないわ」
「このようなことをして、ただですむとでも?」
「……あのお方は、あとのことは全て何とかしてくださると仰ったわ」
喉がひどく渇くけれど、ゴクリと喉を鳴らしただけで刃が首に刺さってしまいそうだ。
「さあ、諦めて手を上げなさい。今回いなくなるのは、あなたでも構わないわ」
父が亡くなったあとから、伯母はまるで自分こそがヴェルディナード侯爵家の女主人のように振る舞い始めた。
家で使用人のように扱われるばかりだった私は、その背景に何があったのか考えようとすらしなかった。
運命は死すべき誰かを助けようとすれば、ほかの誰かを奈落の底に導くのだろうか。