風邪引きと看病
「喉が渇いた……」
茹だるような暑さとひどい喉の渇きを自覚しながらも、体がだるくて起きられずにいると不意に背中に腕が差し込まれ上体を起こされた。
「飲めるか……?」
歪む視界の中、差し出されたコップを受け取ってごくごくと飲む。
安堵したような息を吐く音がすぐ近くで聞こえた。
ボンヤリしながら顔を上げると、金色の目が心配げに私を見つめていた。
「お義兄様……ゴホッ」
「少し待っていろ」
壊れ物のようにそっと寝かされて、布団を厳重に掛けられた。
喉の渇きが癒やされると、幾分かのどの痛みも楽になる。
目を瞑ってうとうとすると再び背中に腕が回されて起こされる。
「薬を持ってきたが、何も食べないのは良くないからな」
口の中に広がったのは、冷たさと爽やかな甘さだ。
(アイスクリーム……氷魔法でも使わなければ、手に入らない高級品)
そういえば、義兄の得意魔法は氷魔法だった、と思いながら口に入れられただけ飲み込んでいく。
「美味しい」
「そうか……だが次は苦いぞ」
続いて口に入れられたのは、ものすごく苦い粉薬だった。
この世の物とは思えない苦さに思わず眉間にしわを寄せる。
「少しましだろう」
続いて口に入れられたのは蜂蜜たっぷりの甘いミルクだった。
苦みが幾分か緩和される。
(相変わらず、なんて苦いの……。あれ? 相変わらず?)
私はこの苦味を知っている。
この家では父が亡くなってから使用人のようにこき使われ、熱があっても放置されていたけれど、目を覚ましたときには決まって枕元には甘く味付けしたミルクとこの薬が置いてあった。
(あれ……リリアンが置いてくれたのではなかったの)
もう一度ゆっくりと寝かされる。
義兄が布団を掛けてくれる。
その手をそっと掴むとヒンヤリ冷たかった。
「ありがとうございます……お義兄様」
「当然だろう……ゆっくり休め」
私は知っている。このものすごく苦い粉薬は特別製なのかとてもよく効くのだ。
きっと明日には元気に起き上がれるだろう。
「心細いから、少しだけそばにいてくださいませんか」
「……アイリスが、そばにいても良いと言ってくれるなら」
「いてほしいです」
そばにいてほしいと言っているのは私のほうなのに、どうしてこんなにも不安げに聞くのだろう。
熱に浮かされうとうととしながら、とりとめもなくつらかったはずのやり直し前の日々を思い出す。
あかぎれになればよく効く軟膏が、寒い夜にはショールが、ごはんを抜かれれば小さなパンがいつもさりげなく置かれていた。
(全部リリアンが隠れて用意してくれたと思っていたけど、もしかするとお義兄様の指示だったのかも……)
いつの日か義兄に聞いてみなければいけないことが、また一つ増えた。
そんなことを思いながら、冷たい手を握りしめて眠りにつく。
たぶん、まだまだ私が知らなかったことがたくさんあるのだろう。
夢うつつたゆらいながら、私はそんなことを思うのだった。
そして私は眠る。目覚めて一番に、義兄に手ずからスプーンでアイスを食べさせてもらったことに気がつき、赤面する翌朝まで……。
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