07.珍客闖入
結局、アリエノールの婿選びについてはいったん保留となった。
如何せん、まだ婚約破棄したばかりなのだ。
その場で婿を募ったとはいえ、外聞や他家の反応も考慮するなら、実際に次の婚約を結ぶまでには時間を置く必要がある。
婿候補達もそれは理解しているので、あくまでも今は名乗りを上げただけだと了承してくれた。
「もしかしたら、他にも立候補してくる奴がいるかもしれないしねー。じっくり選んだらいいと思うよー」
「ほぉ? 余裕だな、キリアン。候補が増えても自分は選ばれる自信があるというわけか」
揶揄い混じりのバルナバーシュの言葉に、キリアンは「そんなわけないでしょー」とむくれた。
「だいたいねー、初手から奥の手を出しすぎなんだよー。社交界一の色男の侯爵令息と、やり手で知られた外交官兼公爵令息だよー? 俺やティメオ様くらい図太くなきゃ、そこに割り込もうなんて思わないってー」
「そんな……僕は根っから気が弱いんです。キリアン様ほど厚顔にはなれませんよ?」
「何か寝言が聞こえるー」
「ふふふ。君達は本当に仲が良いね。ねぇ、アリエノール嬢」
「えぇ、本当に」
微笑ましいという気持ちを隠そうともしないアリエノールの笑顔に、キリアンとティメオはくるりと後ろを向き、ぼそぼそと囁き合った。
「……クローヴィス様はともかく、アリエノール姉様は本気で仰ってますよね?」
「たぶんねー。アリエノール嬢、ご令嬢同士の付き合いは卒なくこなしてるし、行間と空気を読めないタイプじゃないはずなんだけどなー」
二人は不思議そうにしているが、幼い頃からアリエノールを見てきたバルナバーシュだけは苦笑を浮かべていた。
幼い頃から由緒あるトゥールーズ侯爵家の一人娘として、そしてレーモンと婚約して以降は未来の国母として、アリエノールは王族や貴族の裏も表も懸命に学び、吸収してきた。
おかげで社交界でのアリエノールは、その美貌と教養を讃えられ、同世代のご令嬢をけん引する立場にある。
だが、ごくごく近しい者相手となると少々話が違ってくる。
一族からの愛を一身に受けて育った母親の影響か、はたまたそんな母親と大恋愛の末に結ばれた父親の教育の賜物か。
アリエノールは血縁や姻戚関係に関わらず、彼女が「身内」と判断した相手に対しては性善説に寄りがちで、こちらが心配になるほど信頼を寄せてくれるのだ。
そんな彼女を知る者達は、レーモンに対して完璧なご令嬢としての顔しか見せないアリエノールの様子から、婚約は長続きしないだろうと予想していた。
「予想外に王家が粘ってきたからな。本当ならもっと早く……っと、影捕縛!」
中庭の奥に潜む気配に気付いて思考を中断させたバルナバーシュは、迷うことなく得意の影魔法を使った。
魔力を流したバルナバーシュの影は素早く伸び、音もなく庭の木々の合間を縫って進んでいく。そして。
「きゃあっ!?」
「いやがった」
転がるように飛び出してきた悲鳴の主は、影に追われてこちらへと向かってくる。もちろん、バルナバーシュがそうなるように影を操り、誘導しているのだ。
その姿がはっきり見える距離まで来ると、他の者も異常に気付き、視線を向ける。そんな中、アリエノールは「あら」と眉を顰めた。
「あの方、昨夜の男爵令嬢ではなくって?」
「あー……たぶんそうだねー」
「なぜ彼女がここにいるんでしょう……?」
頭や服に木の葉などをくっつけたまま駆け出してきたのは、昨日の騒動の主役の一人。ブシャール男爵令嬢ペトロニーユだった。
学園で多少なりとも彼女と面識のある学生組が困惑する中、ペトロニーユは虫でも払うように影を避けながら、どんどんと近づいてくる。
「やだもうっ! 何よこれー! もしかして、影魔法!? ってことは……」
「おい。そこの娘」
「バルっちだー!」
「ぁあ!?」
素っ頓狂な声を上げたペトロニーユは、迷うことなくアリエノール達がいるガゼボに向かって突進してきた……のだが。
「岩壁ー」
「ぎゃんっ」
彼女の往く手を阻んだのは、突如目の前に現れた岩の壁だった。
「キリアン様……」
「ごめーん。防衛本能が働いちゃったみたいでついー」
「土壁じゃなくて岩壁な辺り、本気で嫌だったんだなって伝わってきますね」
キリアンお得意の土魔法で現れた岩壁は、そのまま倒れかかってペトロニーユの動きを封じ込めた。
「ちょっ……と! か弱いヒロインを岩で押し潰すとか、あんたそれでも攻略対象!? バグってんじゃないの!?」
「どの単語も何言ってんだが全く分かんないけど、君こそ、ここがどこだか分かってるのかなー?」
キリアンが目を細めただけの笑顔で指差した先には、王城に仕える騎士や衛兵の他、隣国の衣装を纏った武官達の姿もある。
だが当のペトロニーユは、周囲からの厳しい視線にも臆することなく、目の前のキリアンを見上げて「はえー」と気の抜けた声を出した。
「キリリン、その顔って表で晒してもいいやつ? てか、好感度上げなくてもその顔見せてくれるんだ」
「ブシャール嬢ー? 俺の質問に答える気はないのかなー? てゆーか、俺の名前もまともに覚えてないよねー」
「質問? 何だっけ?」
「だーかーらー。ここはどこでしょうか、って聞いてるのー。正確には、ここはどういう場所か分かってんのかってことー」
「どこって、椿の宮でしょ。バルっちとのイベントスポットだって攻略本に……」
「おい。さっきから聞いてりゃその奇っ怪な呼び名、まさか俺のことじゃねぇだろうな」
こちらはキリアンとは逆に目だけが笑っていない壮絶な笑みを浮かべて進み出たバルナバーシュに、ペトロニーユは場にそぐわない黄色い声を上げた。
「きゃー! バルっちゴリゴリ! Pの反対を押し切って筋肉盛った甲斐があったわ! それにもしかしてもしかしなくても、後ろにいるのはクロ様とティーちゃん? わは! あたしのキャラデザそのまんまじゃーん!」
岩の下敷きになったまま手足をばたつかせて喜ぶ少女の姿に、アリエノールは呆気に取られ、男性陣は貴族男子らしくもなく不快感を顕わにした。
「何なんだ、このイカれた女は」
「ずいぶんと…………風変わりなご令嬢だね」
「学園でも噂だけは聞いてたけど、ここまで酷いとはねー。ティメオ様、よくこんなのと四六時中一緒にいられたねー」
「いえ……確かに礼儀作法も言葉遣いも貴族令嬢にあるまじき惨状でしたけど、ここまでの奇行はさすがに……」
「あーもう! ごちゃごちゃうるさいしさすがに重ーい! 反魔法!」
突然機嫌を損ねたペトロニーユが呪文を唱えると、彼女の上にのしかかっていた岩が一瞬で砕け散った。
背丈を超える大きさの岩壁に潰されたにも関わらず、ぴょこんっと跳ね起きた彼女は、身につけていたドレスは汚れて穴も開いているのに、身体には傷一つないように見える。
「うわー。俺の土魔法がー。っていうか、今回復魔法とかかけてたー? 何でそんなに元気なのさー」
「衛兵! こいつを止めろ! 影捕縛!」
アリエノール達を庇うように前に出たバルナバーシュは、衛兵達に命じると共に、ペトロニーユを捕まえるために再び影魔法を使おうとした。
「無駄だっつの! 反……」
「反魔法」
「きゃぁ!?」
ペトロニーユは魔法で影を弾き飛ばそうとした。が、影は遮られることなく彼女の身体に絡みついた。
「今のは……」
「お従兄様、彼女を押さえておいてください。これ以上椿の宮を荒らされるわけにはまいりませんから」




