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05.婿候補の名乗り

お待たせしました。5話目にしてようやく婿候補達の名前が出ます。

 一晩この離宮で語り明かしたという彼らの中では、「何かをする時は年齢順に」というルールがすでに定まっていた。


「実家の爵位の順でいえば、彼の方が上なんだけどね」


 そう苦笑しながら口を開いたのは、先ほど美味しい紅茶を淹れてくれた侯爵家の次男だった。


「改めまして、クローヴィス・ラスペードだ。年は二十七歳で、みんなも知っての通り婚姻歴があり、妻とは昨年ようやく離婚が成立した。ラスペード侯爵家の当主は兄で、私は補佐役として主に家の取り回しを任されている。だから家の仕事ならそれなりに役に立てると思うよ」


 クローヴィスはすらりとスタイルが良く、四人の中で最も長身だ。


 深い森を思わせる深緑色の髪を腰の辺りまで伸ばし、緩く波打つそれを黒い絹のリボンで一纏めにして後ろに流している。


 すっきりとした輪郭に薄い唇、鼻筋は通っているが主張しすぎることはない。

 髪よりも一段明るい緑の目は優しげだが、全体的に影のある、どこか退廃的な色気を纏う色男である。


「ラスペード家は代々風魔法が強く出る傾向にある。私も魔力量はそれなりにあるけど、官職に就いたことも、騎士として戦場に出た経験もないからね。そちらの方面ではあまり期待しないでもらえると助かるかな」


 王国でも大公国でも、使える魔法の種類や魔力量は貴族の婚姻に深く関わってくる。


 貴族は領地や国を守るために戦場に出ることもあり、強い魔法を使えるということは、それだけ勝利を呼び込み、生き残る可能性を高めてくれる。


 そのため貴族は魔力の強い者、魔法の得意な者と婚姻を結び、次代へ繋ごうとする傾向があり、見合いの釣書などにも必ず記載される項目なのだ。


「次は俺だな。バルナバーシュ・チェルーストカ、二十三歳。紅蓮の椿姫ことこの国の王女と、人質としてこの国に送られた大公子を祖父母に持つ。アリエノールとは従兄妹同士だ。祖父は帰国後に臣下に下って公爵家を興して、俺はそこの五男……ってところからも分かるように、うちは安産多産の家系でな。産むのはアリエノールにがんばってもらうしかないが、侯爵家の後継問題については心配いらないと思うぞ」


「お、お従兄様!」


「まだ午前のお茶の時間だっていうのに、ぶっちゃけますねー」


「大事なことですけどね。大事なことですけど、そこアピールします?」


 若者からの非難もクローヴィスの苦笑も軽く受け流すバルナバーシュの容姿は、隣国の血を色濃く感じさせる。


 アリエノールと同じ長い黒髪には一筋の乱れもなく、凝った金細工の髪留めで高い位置にまとめられている。


 高貴な紫紺色の目はあちらの王族特有の色であり、紫水晶にも例えられるそれは、紅蓮の椿姫が後に夫となる大公子を見初めた理由の一つだとも言われている。


 全てのパーツが大振りで、彫りの深い顔立ちは精悍で男らしく、厳めしくさえある。

 が、豪快でありながらも懐の深さを感じさせる雰囲気を持ち、常に人の中心にいるような陽気な男だ。


「得意な魔法は影魔法だが……あんまり馴染みはないよな。俺も身体強化の方がよく使うし」


 バルナバーシュは恵まれた体躯を鍛え上げ、さらに身体強化魔法も駆使する武闘派である。

 彼が付き従う隣国の大公世子曰く、「バルナバーシュがいれば護衛の数を減らせるから、身軽に動けて助かる」そうだ。


「一応五か国語までは対応できるから、叔父上の仕事は手伝える。あとはうちの国との交渉事とか、護衛とか……まぁとにかく、いろいろ使える男だぞ、俺」


「文武両道の極みだね。すごいな」


「えー。俺、この人の後ってハードル高くないー?」


 そうぼやきながらも、へらりと笑って見せる少年には気負いは見えない。


 アリエノールの異名である黒椿のような暗紅色の髪と榛色の目を持つ彼は、ラシュレー伯爵家の三男だ。


「えーっと、キリアン・ラシュレーです。十七歳で学園の三年生、一年の頃からずっとアリエノール嬢と同じクラスを死守してまーす」


 ネウストリア王立学園は、貴族だけでなく、成績優秀な庶民も受け入れて高等教育を施す教育機関である。


 原則として十五歳の春に試験を経て入学し、初年度から騎士科、魔導士科、文官科など希望する進路によって分かれる。

 各科は教室こそ異なるものの、同じ校舎内で学び、食堂など共有している施設も多い。


 クラス分けは各科ごとに原則成績順で振り分けられ、アリエノールとキリアンは文官科内で常に成績上位を争っており、Aクラスから転落したことはない。


 余談だが、昨日の夜会で盛大にやらかし、現在王城に監禁されているであろうレーモンとペトロニーユは同じく文官科で、最下位のDクラスである。


「実家のラシュレー領にはロシュフォール港がありまして、貿易が盛んですねー。俺も将来は貿易や外交に携わる仕事がしたいなーと考えてるんですが、家は兄が継ぎますし、三男の俺は自力で身を立てるしかないわけで、この婿入りに賭けてます!」


 本人はキリッと決めたつもりなのだが、彼が生来持つ人懐っこい雰囲気はどうにも場を和ませてしまう。


 癖の強い髪を学生らしく短く整え、人に警戒心を抱かせない笑みを絶やさないキリアンは、取り立てて目立つところがないのが特徴だ。


 奥二重の目は常に笑みの形に細められ、薄い唇の端は上向いている。顔立ちこそ整っているが、不思議と強く印象に残ることはない。


 身長も体格も同世代の文官志望者の中では平均的。一見すると人畜無害で、優秀な成績を除けば特筆すべき点がないように見える。


 が、一晩語り明かした男達の評価は違った。


「アリエノール、悪いことは言わないからこいつは囲い込んどけ。他所に行かれると厄介だ」


「そうだね。私も彼とは対立したくないな」


「……キリアン様、お二人にいったい何を仰ったの?」


 アリエノールは恐る恐る訊ねるが、当の本人は首を傾げるばかりだ。


「えー。そんなにおもしろいことは言ってないと思うけどなー。俺、魔力もそんなにないし。土魔法は持ってるけど、火魔法とかに比べるとどうしても地味だしー。それにさー、この後に神童が控えてるんだから、俺のことなんて霞むってー」


 キリアンは笑顔を絶やすことなく、「というわけだから、次行ってみよー」と、隣に座る義弟の背中を押した。


「うわっ……と、えっと、ティメオ・トゥールーズです。この春に十六歳になりましたが、学年はアリエノール姉様やキリアン様と同じ三年生です。籍はトゥールーズ家の分家にありますが生まれは男爵家なので、正直この中に入れていただくのは恐縮です……」


 縮こまるティメオに、男達は心中では「出たぶりっ子」「見事な擬態」と呆れていたが、それが彼なりの戦略であることを知るため指摘することはない。


 代わりにバルナバーシュが少々大仰に手を振り、形ばかりの謙遜を笑い飛ばして見せた。


「トゥールーズ侯爵家期待の星が何言ってんだか。一族の同世代全員論破して後継者候補になったんだろ。もっと自信持てよ」


 虚無の仮面をかなぐり捨てたティメオは、年齢相応にあどけない少年の面影を残している。


 中性的とまではいかないまでも、男臭さとは縁遠く、肩近くで切り揃えられた髪には天使の輪が浮かび、虚無の表情の時は重たそうに半分塞がっていたアーモンドアイは長い睫毛で縁取られている。


 トゥールーズの一族によく現れる勿忘草色の髪と、髪よりも一段濃い青い目を持つティメオだが、その生まれは傍流の男爵家であり、本家との繋がりは薄い。


 母親が侯爵領を預かる分家――現在の当主はオーレリアンの弟である――で侍女として勤めていた縁から、両親を早くに亡くした彼を憐れんだ当主夫妻が養子として引き取ったのだ。


 いち早くティメオの才に気付いた分家の当主は、周囲の反対を押し切り、既定の年齢よりも二年早く学園の入学試験を受けさせることにした。


 分家当主にはいくつかの思惑があった。

 例えば、未来の女侯爵であるアリエノールの婿候補として傍に置くことや、アリエノールを害する可能性がある婚約者を牽制して見張ること。

 もちろん、ティメオ自身の才を国内最高峰の学び舎で磨かせてやりたいという親心も多分に含まれていた。


 結果、首席入学こそアリエノールに譲ったものの、ティメオは飛び級での入学を認められ、神童として一躍知られるようになった。


 そして狙い通り、レーモンに声をかけられ、学友兼側近候補としてAクラスからDクラスへと日参する日々が始まった。


 過剰に気に入られても機嫌を損ねても、待っているのは身の破滅だと判断したティメオは、その日から仮面を被ることにした。何も感じない、何も感じさせない虚無の仮面を。


「ティメオは本当に大変だったわね。クラスも違うのに殿下のところへ日参して。あなたの表情がどんどん暗くなっていくのを見ているのは辛かったわ」


「アリエノール姉様……! 姉様にそう言っていただけるだけで、苦労なんて吹き飛んじゃいます! 僕、水魔法と浄化魔法ももっと練習して、必ず姉様と侯爵家のお役に立ちますから!」


「表情が暗く……?」


「あの虚無顔はまさに無、じゃないかなー」


「あれを側仕えにしてたんだから、レーモンの鈍感っぷりも大したもんだな」


 この国の王女を祖母に持つバルナバーシュは、王子であるレーモンとは再従兄弟にあたる。


 しかし、幼い頃から懐いてくれていた従妹とは違い、あの再従弟は年上で剣の腕も立つバルナバーシュに何かにつけて反抗し、手を焼かされた。


 長じるとそれはコンプレックスとなったようで、レーモンはアリエノールを冷遇する一方、バルナバーシュのように彼女と親交のある男達を攻撃するようになっていった。


「まぁ、結局手を放しちまったんだ。もうあいつにとやかく言う権利はないけどな」


 バルナバーシュは口端を引き上げると、パンッと手を叩いてその場を仕切り直した。

年齢の補足。作中の季節は晩夏で、それぞれの誕生日(季節)は以下の通りです。

アリエノール:冬生まれ(誕生日前)

クローヴィス:冬生まれ(誕生日前)

バルナバーシュ:夏生まれ(誕生日後)

キリアン:秋生まれ(誕生日前)

ティメオ:春生まれ(誕生日後)

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