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03.悪役令嬢の婿候補

「ちょっとー外交官殿ー。抜け駆け禁止ですよー」


「そうだね。アリエノール嬢は我が王国の宝なんだ。そう易々と掠め取られるわけにはいかないな」


 先ほど手を挙げた伯爵令息と侯爵令息も参戦してくると、間に挟まれたアリエノールは赤面し、言葉を失くした。


 すっかり空気と化した壇上の二人に目を向ける者はなく、会場中の関心は黒椿とそれを取り囲む貴公子達のさや当てへと移っていた。


「な、何なんだあれは……」


 唖然とする王子の呟きに、虚無の顔で箒を手に取り、紙吹雪を集めていた側近が淡々と応える。


「王国の黒椿は凛と咲く……国外では、トゥールーズ侯爵令嬢についてそう謳うそうですよ。あの外交官殿が従妹の置かれた立場を嘆いて、あちこちで吹聴して歩いてるみたいで。特に隣国では、トゥールーズ侯爵夫人の悲劇が有名ですからね。余計に話が広まるのでしょう」


「って、貴様! 何を他人事みたいな顔してるんだ!」


「はい?」


「貴様! トゥールーズ侯爵家の後継のくせに何だその様は! 一人娘のアリエノールが王家に嫁ぐ代わりに、分家から養子に入ったのだろう!? アリエノールが女侯爵になったら、貴様の立場なぞ吹っ飛ぶだろうが! 何とかしてこい!」


「何とかと言われましても……殿下がようやく婚約を破棄してくださったおかげで、あるべきところに収まっただけですよ」


「な、何だと……」


 掃き掃除を終えた側近は、近くにいた従者に箒とゴミを預けると、虚無の顔のまま身だしなみを整え始めた。


「侯爵夫人が今もこの国にいらっしゃれば、お子様は何人もいらっしゃったはず……ってところまで話を戻しても仕方ないですけど、トゥールーズ侯爵家のことだけを考えれば、現時点ではこれ以上の権力は求めていないし、アリエノール姉様を不幸にしてまで王妃を輩出したいという野心もないんです。あ、これは伯父上――侯爵様だけでなく、うちの父も含めた一族の総意です」


 側近は王子には目もくれず、胸ポケットから取り出した手鏡を覗き込み、髪も整えていく。

 礼服に合わせてしっかり真ん中で分けられていた前髪をしばらく見つめた後、彼はなぜかそれを崩してしまう。

 無造作に乱された前髪は、どこか幼さを感じさせる仕上がりとなった。


「アリエノール姉様は優秀ですし、学園内外での交流や、侯爵様の外交に同行して培った独自の人脈もあります。補佐役としてそれなりの婿をつければ、女侯爵として充分やっていけるんですよ。殿下との婚約は王妃陛下と侯爵ご夫妻の友情に免じて継続していただけで、そう遠くないうちに解消される……そう読んでいる家は多かったと思いますよ」


「お、おい……いったい何を言ってるんだ……」


「おや。まだお分かりになりませんか? 次男以下とはいえ、どうして国内外の優秀な人材が、婚約者も決めずに残っていたのか。ご実家で使い潰されることに危機感を覚えてらした侯爵令息様の離婚も、このタイミングで従兄殿が外交官としていらっしゃったのも……まさか、全て偶然だと思っていらしたんですか?」


 ようやく王子の方へと向けられた側近の表情はやはり虚無で、その瞳には何の感情も、色もない。


「まったく。そんなことだから、僕以外の側近候補がみんなお傍から離れていくんじゃないですか。といっても、皆さん徐々に気配を消して静かーに離れていかれましたから、そちらのご令嬢に夢中だった殿下は気付いてもいらっしゃらなかったでしょうけど」


「ば、バカなことを言うな! 私は父上の唯一の子で、唯一の王位継承者……」


「ではありませんよ? 先頃、王弟殿下が妃殿下を迎えられたでしょう? あなたはそちらのご令嬢とのデートにかまけて、顔合わせの席もすっぽかされましたけど」


「だから何だというのだ!」


「ですから、これまで三十年余り、独り身を貫いていらした王弟殿下が、妃殿下を迎えられたのです」


「あの気難しい叔父上に添おうという物好きが現れたから、何なんだ! 私には関係ない!」


「……嘘だろ。これ本気で言ってんのかな」


 思わず宙を仰いだ側近は、幼子に言い聞かせるように、少々不敬を交えながら説明を試みた。


「王弟殿下が独身でいらしたのは、王位継承者として担ぎ出されることを防ぐためです。ここ数代、代替わりの度に国内が荒れましたからね。自身が御子を持たないことで、それを防ごうとなさったんです。おかげでこれまで、国王陛下もレーモン殿下もその地位を脅かされることなく、安穏と過ごすことができたでしょう? 御旗がなければ旗手は何もできませんからね」


「御旗……」


「えぇ、御旗――王弟殿下がようやく重い腰を上げられた。きっかけは、どうもそちらのご令嬢だったようですけど」


「わ、私!? 王弟殿下って、あのちょっと神経質そうなイケオジだよね? もしかして、どこかで私に一目ぼ……」


「“我が国の宝花ともいうべきアリエノール嬢を蔑ろにして、よりにもよってあんな娘を選ぶようなボンクラに、国を任せられるか!” ……そう叫んでおいででしたよ、侯爵家の応接間で」


「なっ……」


「僕は泥酔なさっている王弟殿下にお水を勧めながら感心したんです。あなたもたまには役に立つんだなって。あなたという存在が、不動の王を動かしたのです。きっと歴史書にも残る快挙ですよ。よかったですね」


 相変わらず虚無の表情のままそう賛辞を贈った側近は、「さて」と襟を正すと、王子に向かって深々と頭を下げた。


「僕の役目もこれまでです。長い間、大変お世話をさせていただきました」


「は?」


「王弟殿下――いえ、王太弟殿下のお傍に侍るには些か若輩者ですが、これまでの苦労と経験を買っていただき、学園卒業後は侍従の職をお約束いただきました。その点においては、殿下に深く感謝申し上げます。あなたが問題を起こせば起こす程、その尻拭いをする僕の評価が上がっていきましたからね。本当に、いくらでも無限に上がっていくんですからははは」


 顔を下げたまま平坦な笑い声を上げる側近。王子と令嬢が不気味に思いながら見つめていると、不意に彼の笑い声が途切れた。


「おっといけない。アリエノール姉様が最後の条件を出される。ただでさえ雑事にかまけて出遅れてしまったんだ。ここから挽回しなければ。では、失礼いたします。……アリエノール姉様ー! お待ちくださーい!」


「はぁ!?」


 王子が声を上げるのも無理はない。

 これまで虚無の顔しか見せなかった側近が、突然きゅるんっと庇護欲をそそるような幼い表情を浮かべ、聞いたこともないトーンの声でアリエノールを呼びながら走り去っていったのだ。


 ――トゥールーズ侯爵家の分家筋から数多のライバルを蹴散らして選出された彼の役目は、アリエノールが自由の身となるまでトゥールーズ侯爵家次期当主の座を守ること。


 そして、彼女に害を為すであろう王子の側近となり、事前に王子の動きを察知することでアリエノールを守ることだった。


 ようやく役目から解放された彼は、アリエノールと一つ屋根の下で暮らした時間と、一族からの推薦を武器として、晴れやかに売り込み合戦に参戦するのだった。


 そんな舞台裏など露知らず。アリエノールは次々と婿入りを志願してくる顔見知りの貴公子達に圧倒されながらも、明晰な頭脳をフル回転させて状況を分析していた。


 当初の想定では、外交官志望の彼のように伯爵家の次男以下が一人か二人手を挙げてくれれば御の字だと考えていたのだが、予想以上の大物がほいほいと釣れる現状に、アリエノールは不信感さえ覚えていた。


 何せ自分は、婚約者から悪女と呼ばれて婚約破棄され、謂れなき罪で断罪されかかるほど嫌われていた女である。

 こちらに探られて痛い腹はないとはいえ、瑕疵ありと判断され、買い叩かれても仕方ないとまで覚悟を決めていた。


 それでも少しでも早く侯爵家のためになる婿を探さねばという思いから、このような茶番に打って出たのだ。


 ところがどうしたことか。いざ募ってみれば、父が次代の外務大臣候補と期待をかける学友に、辣腕で知られる侯爵家の補佐役。

 諸外国から高い評価を受ける隣国の公爵家出身の従兄、さらには神童と名高い一族期待の星の義弟まで名乗りを挙げるとは。


 彼らはいずれも、アリエノールが婚約者以外で親しくしていた数少ない異性である。

 王家主催の夜会という場で恥をかかされたアリエノールのことを慮って手を挙げてくれたのかと思ったのだが、それにしては先ほどから売り込みに妙に熱がこもっている。


 ――婚約破棄された傷物令嬢の婚約者なんて、そんなに良いものではないでしょうに。それだけトゥールーズ侯爵家が有力な家だということよね。がんばらなければ。


 少々ずれた方向で気合を入れ直したアリエノールは、売り込みから討論会へと発展しそうな婿候補達の間に入ると、わざと高い音を立てて扇を広げた。


「皆様の熱意、しかと受け止めました。いずれも有能な方ばかりで、有難い限りです。……そんな皆様に多くのことを求めるのは心苦しくもありますが、最後の条件をお伝えいたします」


「いいとも」


「何でも言ってみな」


「アリエノール嬢の我儘なんて貴重だよねー」


「姉様、お願いします」


 婿候補達の熱い視線を受けながら、アリエノールは扇で隠した口許から、これまでより幾分小さな声で最後の条件を述べた。


「私、お父様とお母様のような夫婦に憧れておりますの。例え離れ離れになっても、お互いを想い合い、愛し合える、そんな夫婦に。……私には過ぎた夢ですし、至らない点も多いかと思いますが、せめて歩み寄る努力をしていただければと……」


「「「「もちろん、喜んで!」」」」


「え……?」


 わぁっと歓声を上げる婿候補達を前にして、アリエノールは呆然と立ち尽くす。


「家宝でも差し出せと言われるのかと思えば……何て可愛らしい条件だろうね」


「あなたの前妻じゃあるまいし。アリエノールはうちの祖父様達からの贈り物にも恐縮するような慎ましい女の子なんですから」


「あーやっぱりアリエノール嬢ってば天使だなー。ますます好きになっちゃう」


「アリエノール姉様、いっそのこと何人か婿を取っちゃいません? 我が国では一夫多妻も一妻多夫も合法です。侯爵家を盛り立てるなら優秀な人材はいくらでも欲しいですし!」


「え、えーっと……」


「……アリエノール。君はもう少し、自己評価を上方修正し、自身の影響力を正しく客観視する必要がありそうだね」


「お、お父様……」


 ……幼い頃より婚約者から罵倒され、冷遇されてきたアリエノールは、その立場もあって他の男性からあからさまな秋波を送られた経験も少ない。


 敵意に対しては首を落とす勢いで切り返せる黒椿だが、真っ直ぐ向けられる好意にはとことん弱く、椿の花のように頬を染めるばかりになるのだ。



 その後、一人ずつ蹴落とすよりも一妻多夫に持ち込んだ方が勝率が上がると計算した婿候補達が共謀してアリエノールに迫ってくるのだが……彼女が生涯の伴侶を選ぶのは、もう少し先になりそうだ。

次回より完全書き下ろしです。

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