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02.悪役令嬢の婿の条件

「次に、私が女侯爵となることを認め、支えてくださる方。かつ、支える能力のある方、ですね。得意分野は問いません。何らかの形で当家と王国に貢献いただける方を求めます」


「き、貴様が女侯爵だと!? ふざけるなよ! 女は黙って夫を立てて……」


「アリエノール嬢ー。それって侯爵夫人のご実家との貿易の絡みだったりしますかー?」


「おい! 不敬だぞ、貴様!」


 軽いノリで王子の言葉を遮ったのは、学園でアリエノールと成績――特に外国語でトップを競い合う同級生だった。


 彼は、貿易を生業とする伯爵家の三男だ。


「はい。隣国で生産される絹糸の九割は母の実家の公爵領で生産しております。我が国が他国よりも安価に、高品質の絹糸を輸入できるのは、私の両親の婚姻に因るところが大きいのです」


「だよねー。アリエノール嬢、あちらの公爵家の皆様からも愛されてるものねー」


 彼の実家は国内で最も大きな港を領地に持っており、外務大臣を務めるアリエノールの父とも関係が深い。


 語学力と対人スキルの高さを買われ、卒業後は外務に携わることが内定している彼にとって、上司の娘婿の座は大変魅力的だった。


 「美人で聡明な奥さんと出世がセットでついてくるなんて最高ー」と、満面の笑みを浮かべる伯爵令息を後目に、壇上ではそれまで王子の背後に隠れていた男爵令嬢が声を上げた。


「ちょ、ちょっと待ってー! 絹糸の値段? 何で? だってアリエノール様のお母様って、何年も前に離婚して実家に帰られたですよね?」


 甘ったるい安物のシロップのような声音で他家のスキャンダルを語る令嬢に、周囲の、特に王子の親世代より上の貴族達が息を呑む気配がする。


 しかしレーモンは、令嬢を窘めるどころか、彼女の語る話に全力で便乗した。


「そ、そうだ! 侯爵家の婚姻で絹糸の値段が変わるなら、侯爵が離婚した時にとっくに……」


「離婚、ですと?」


 その瞬間、会場の一角からぶわりと冷気――正確には氷の魔力を帯びた怒気、もしくは殺気――が溢れ、壇上の二人は「ひっ」と声を引き攣らせた。


「お父様」


 冷気に押されるようにざっと左右に分かれた人波から姿を見せたのは、アリエノールの父であるトゥールーズ侯爵オーレリアン。

 話題の隣国産の絹糸で作られた礼服がよく似合う、上品な紳士である。


 少し癖のある銀糸の髪と、娘と同じ白緑色の目は、彼が王国内でも珍しい氷の魔力の持ち主である証だ。


 些か早足気味に愛娘へと駆け寄ったオーレリアンは、妻と同じ色の髪を愛おしそうに撫でながら、たった一人で戦った娘の労を労った。


「遅参してすまなかったね、アリエノール。事の経緯は聞いているし、婚約破棄もやぶさかではないが、大事な点は訂正させておくれ」


「もちろんです」


「では……レーモン殿下。失礼ながら、私と妻は離婚などしておりません。妻は事情があってこの国では暮らせないため、実家に戻っているのです。私が隣国に赴いた際には必ず出迎えてくれますし、社交シーズンが終わればあちらで親子水入らずで過ごす時間も作っております」


「な、何だそれは! そんなもの、夫婦とはとても……」


「っ……おやめなさい、レーモン!」


 その場に割って入ったのは、バルコニーから身を乗り出す王妃だった。

 侍女と侍従が必死に止めているが、王妃は取り乱した様子で声を荒げた。


「トゥールーズ夫妻が共に暮らせないのは、彼らの責ではありません! ブランシュが……私の親友がこの国を去ったのは、国王陛下のせいです!」


「はぁ!?」


 王妃の発言に目を向く王子だが、王妃の隣に座る王はだんまりを決め込んでおり、彼と同世代の貴族達も気まずそうに王子から視線を逸らすばかり。

 レーモンが恐る恐るオーレリアンの方を伺うと、彼は大変凄みのある笑みを浮かべながら、聞かれる前に最愛の妻について語り始めた。


「我妻ブランシュはトランシルヴァニア大公国の公爵家の出身で、あちらの国の大公子殿下と、我が国から嫁がれた王女殿下の間に生まれました。その縁もあって、彼女は我が国の学園に留学しておりまして、私達は学園で知り合い、恋に落ちました」


 家族から愛されていた末娘の恋は、オーレリアンの将来性に目を付けた隣国の大公家の後押しもあり、政略結婚という形で叶うこととなった。


 ところがそこへ、学園の同級生だった当時の王太子――今の国王が横槍を入れた。

 彼はあろうことか、麗しの従妹に横恋慕したのだ。


「彼女は大変愛らしく、聡明で、心優しい女性でしたから、想いを寄せる者も多かった。しかし、大半の者は我々が相思相愛の間柄であると知れば、喜んで身を引き、祝福してくれました。ただお一人、陛下を除いては、ね」


「……」


「とはいえ、陛下はすでに王妃陛下とのご婚約が調っておりましたし、ブランシュは側妃とするには身分が高すぎました。先王陛下や王太后陛下も説得に当たられ、淡い恋心は青い日々の思い出と共に捨て去られた、私達はそう信じておりました」


「と、トゥールーズ……もうその辺で……」


 国王の弱弱しい声は届いたのか届かなかったのか、オーレリアンの声が一段大きくなった。


「にも関わらず! 仮にも一国の王が、王妃を訪ねて王城を訪れた臣下の妻に無体を働こうとするなど、言語道断! ……そうは思われませんか、レーモン殿下?」


「あ、あう……」


 バルコニーの国王も、壇上の王子も、上から侯爵を見下ろす格好だ。だが、侯爵から発せられる圧は、確実に二人を上から押さえつけ、反論する気力を奪い去っていた。


「私は妻の身に危険が及ばないよう、彼女を国元へ帰し、実家で守っていただくことにしました。本当であれば娘もあちらに預けたかったのですが、その時にはすでに、娘は殿下の婚約者に内定しており、国外に出すことは叶いませんでした。……ですがやはりあの時、無理を押してでもアリエノールも逃がしてやるべきだった。我が娘を、ブランシュとの間に唯一授かることができた最愛の宝を、こんな目に遭わせるなど……!」


「お父様……」


 愛娘を抱き締める侯爵に、周囲はかける言葉もない。


 国王の醜聞は、同世代以上の貴族の間では周知の事実だった。


 幸い、すぐに駆け付けた近衛騎士らのおかげでブランシュの貞操は守られたが、自国の王に無体を強いられた恐怖と、夫や王妃への申し訳なさに苛まれた彼女は、心身を病み、今も実家で療養している。


 公爵家だけでなく、大公家からも大切にされていた最愛の末娘に対する暴挙は、当然国際問題に発展するところだった。


 それを抑え、夜会の盛装に欠かせない絹糸を他国よりも安価に仕入れられているのは、偏に私情を捨てたトゥールーズ侯爵による尽力の賜物なのだ。


 親友夫婦が国益のために払った犠牲が大きかったからこそ、王妃も親友を奪われたという私憤を抑え込み、王妃として国王を支え続けてきた。


 レーモンとアリエノールの婚約が持ち上がった時、王妃は親友そっくりの娘を義理の娘にできることを喜んだ反面、すでに父親似の気質が見え隠れしていた息子に彼女を宛てがうことに不安を覚えていた。


 しかし国内外の情勢を鑑みても、王家と隣国の公爵家、そして歴史あるトゥールーズ侯爵家の血を受け継ぐアリエノールを逃すという選択肢は取れなかった。


 王妃として下した決断に後悔はない。しかし、隣で震えるばかりの夫の姿を見るにつけ、王妃は痛む額を押さえるしかなかった。


「本当にごめんなさい、ブランシュ。せめてあなたの娘は幸せにしたかったのだけれど……あなたにはもう、合わせる顔がないわね……」


 さて。周囲の空気が自身に味方していることを感じ取ったアリエノールだったが、自分を抱き締める父親の腕の強さから、彼がこれ以上の茶番を望んでいないことを薄々感じ取っていた。


「お父様、続けてもよろしいかしら」


「……もう良いんじゃないか? さっきの二つの条件だけでも、候補はある程度絞れるだろう?」


 妻を愛するオーレリアンは、彼女によく似たアリエノールに大変甘い。これ以上、彼女を晒し者にするのが耐えられないのだ。


「ですが、最後の条件が……」


「いいじゃないですか、叔父上。アリエノールの人生に関わることなんです。徹底的にやらせてあげるべきですよ」


「まぁ、お従兄(にい)様!」


 取り囲む貴族の間から歩み出たのは、アリエノールと同じ黒い髪を高い位置で結い上げ、隣国の正装に身を包んだ青年。


 アリエノールの母方の実家であるトランシルヴァニア大公国公爵家の五男である。


「久しぶりだな、アリエノール」


「はい。去年はお会いできなくて残念でしたわ。確か皇太子殿下の外遊に同行されていらっしゃったとか」


「それが俺の仕事だからな。でもおかげで今年はこちらに来ることができたし、仕事モードのオーレリアン叔父上の姿を間近で拝見することができたからラッキーだったかな。ブランシュ叔母上への良い土産話になったと思ったんだけど……まさかここへきて、こんな見世物を見る羽目になるとはな」


「あ……」


 隣国の外交官でもある彼は、同業の先達であるオーレリアンを尊敬し、大変懐いていた。


「オーレリアン叔父上、前から祖父(じい)様達が勧めてるみたいに、いい加減我が国へ移住してくださいよ。叔母上も喜ばれますし、うちの親父達も、叔父上に手伝ってもらいたい仕事が山ほどあるって手ぐすね引いて待ってるんですから」




「ははは。そうだね。……それもいいかもしれないな」


 これまではアリエノールが王妃となるのであれば外戚として支えていかねばとがんばってきたが、それももはや過去の話である。


 妻を奪われ、娘を蔑ろにされたオーレリアン個人としては、この国に拘る理由も未練ももうない。


「もちろん、侯爵家や侯爵領の民のことは心配でしょう。でも、アリエノールが侯爵になるなら、俺が婿に入るって手がありますよ」


「お、お従兄様!?」


 アリエノールが目を丸くすると、従兄は「ん?」と眉を上げた。


「割といい案だと思わないか? 俺の祖母はこの国の王女だから、縁も所縁もしっかりあるし、国は違えど家の取り回しなんかは一通り仕込まれてる。外交官として叔父上の穴埋め……とまではいかないけど、この国と国交のある国は粗方回ったことがある。それに……皆様がお好きな絹糸の貿易も、今以上の便宜を約束できますよ?」


 最後の一言はアリエノールではなく、会場にいた貴族達に向けられていた。

 さすがは外交官という交渉術を見せつけた従兄は、呆けるアリエノールの頭をよしよしと撫でた。


「ほら、アリエノール。最後の条件をどうぞ? 俺ならどんな条件でもクリアしてみせるから、どーんっと言ってやりなよ」

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