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3日間シリーズ

予想を裏切る3日間

作者: メグル

『婚約破棄後の3日間』の続編、4番目にあたります。


どの話から読んでも大丈夫ですが、順番に読んで頂くと分かりやすいかと思います。

「大変なことになりましたね」


 そう――のんびりとまるで大変そうでもないように喋るのは、ここヒガラ領領主の息子、ウォーレンだ。


 両親と使用人が慌てふためく中、のほほんとしているのは彼らしいのだが、事態が事態なだけにそののんびりさには羨ましさもありつつ、呆れと腹立たしさが浮かんでしまう。


「ウォーレン、これは緊急事態だぞ」

「分かっていますよ」


 ウォーレンは父の言葉にちゃんとわかっていると返すと、出来ることなど何もないと答える。


「ですけど、背伸びをするほど見栄を張れるようなものはここにはないですし、僕たちの様子をみたいだけだと思いますからありのままでも構わないのでは?」

「正論ではありますが、ウォーレン、言葉を選びなさい」


 ヒガラ領に広がるのは退屈になってしまうほど見渡す限りの田畑と果樹園で、特筆すべきところがなく、見栄を張れるようなものなど確かにどこにもなかった。


「申し訳ありません、父上母上」


 ちょっぴり叱られたことにウォーレンは反省をして両親に謝罪をすると、自分の隣にいる女性の方に振り向く。


「ですが、アイリーン様がいらっしゃるので歓迎についてはどうにかなりそうですね」

「ええ。任せてください」


 ウォーレンの言葉にアイリーンは胸に手を当てて微笑んだ。


 しがない子爵家にとっての緊急事態、突然の来訪者になるのは国王陛下と第2王子だ。

 貴族と言えど直接お会いする機会もなく、庶民たち同様にウォーレンたち子爵家にとっても王家は雲の上の存在で、彼らに大して精一杯のもてなしはするつもりだが、正直どうしていいか分からない部分も多い。

 精一杯がやりすぎになっても困るのだから。


 そんな子爵家にとってアイリーンの存在は心強い。

 彼女は侯爵家の令嬢で長いこと第1王子の婚約者だったこともあり、王家のこともよく分かっているし上流階級のおてなしもよく分かっていることだろう。


 アイリーンがいるから国王陛下たちへの対応はどうにかなりそうだと言いつつ、ウォーレンは精一杯をする必要もないだろうと思っていた。


 近くエルダー侯爵の誕生パーティーもあり、領地が近いので予定したのだろうがおそらく、というかヒガラ領に来るのはウォーレン、いやアイリーンの様子を見るためだということくらい察しはつく。

 アイリーンが健康で無事に過ごせているかというところだろう。王たちはアイリーンを幼い頃から知っていて実の子と同じだけの想いは抱えている。


 幸いにもアイリーンとは良好な関係を築けているはずなので、陛下の反感を買うことはなく安心して貰えると思う。

 ウォーレンの悪い癖さえ知られなければ……。


「アイリーン様、どうぞよろしくお願いします。お金に関しては僕の方から使って構いませんので」

「それはやめておきましょう。きっと過度になってしまいますから」


 くすりと微笑んだアイリーンは、その日からヒガラ領が出来る最大のもてなしを義両親や使用人たちと相談しながらかためていく。


 その間ウォーレンといえば、領民たちと一緒に泥だらけになりながら彼らの手伝いをしつつ農具などの改良をして過ごしていた。

 つまり、家のことはほぼ家族に任せ切りであった。


 ――そして、王家の訪問当日。


 さすがにすっぽかせるわけにもいかないと使用人どころか家族総出で朝早くウォーレンを起こす。つい夜更かしをしてしまっていたウォーレンはウトウトとしながら朝食を食べる。


 こんな調子で大丈夫かとアイリーンはウォーレンを心配になったが、ウォーレンは陛下たちを前にしても臆することもなくマイペースながらもしっかりと出来ていた。ウォーレンが母から鍛えられたと言っていただけある。


「アイリーンちゃんはさらに美人になって。元気そうだし、安心したよー」

「ふふ、ありがとうございます、幸いにもここが恵まれた環境と言うことも大きかと思います」


 この訪問はいわばアイリーンの様子を見るためという意味合いが強いと分かっているため、ウォーレンたち親子は陛下に挨拶をした後はアイリーンに任せていた。余計な口出しはせずにいるだけでいい。


 陛下と第二王子は領地を見て周りたい言い、ウォーレンとアイリーンが案内をすることとなった。

 ウォーレンの方が父よりも領地に詳しいこともあるが、陛下を前に過度の緊張した後ウォーレンの父は疲れきっていてこれ以上は難しいという判断もある。


「どこも同じ景色なので退屈になってしまうかも知れませんが、お付き合いください」


 ざっと領内を見て回ることにして、ウォーレンは陛下たちに前置きを伝える。

 田畑ばかりのこの土地は、農民でもなければその違いがよく分からず全て同じに見えてしまって飽きることだろうとウォーレンは感じている。


 そんなウォーレンの言葉に対し、第2王子は首を横に振って否定をして期待に満ちた目でウォーレンを見る。


「そんなことありません!ウォーレンさんのご活躍がこの目で見れる機会ですから」

「まぁ、バーナード。もしかして以前あなたが言っていたあこ――」

「それは!ああ、失礼を」


 突然大きな声を出してアイリーンの言葉を遮ったことへバーナードは非礼を詫びる。

 ウォーレンはバーナードのおかしな行動を不審に思っていないのか、それとも流して気が付かないふりをしているのか、のほほんとしたまま案内を始めた。


「まずご案内するのはキュウリ畑です」

「今が最盛期なのだそうですわ」

「へぇ。この黄色の花からキュウリが……」


 実際に実がなっている実物を見るのが初めてなバーナードはまじまじとキュウリの葉や枝、実を観察している。


「はい。キュウリはすぐに大きくなるので、朝取り忘れると夕方には大きくなりすぎてしまったりするので、取り忘れには注意が必要なんです。あ、これとかそうですね」

「こんなに大きく。アハ、すごい成長スピードだ」


 ウォーレンは収穫に適した大きさのキュウリと、それから一晩放置されたキュウリを指し示し、バーナードはその大きさの違いに驚いていた。


 ウォーレンはバーナードに収穫をしてみないかと持ちかけたのだが、新鮮なキュウリはトゲが鋭いので領民たちに止められ、次のトマト畑に移動する。


「いた〜!!」

「ウォーレン様〜〜!!」


 そうやって領内を案内しているとルリとセルカが慌てた様子でウォーレンを呼びに来て、グイグイとウォーレンの服を引っ張る。


「ルリ、セルカ?王子の前なのでおりこ――」

「それどころじゃないんだってば!早く来て!!」

「たぶんね、同じくらい非常事態だよー」


 困った顔をしたウォーレンは逡巡のあと、陛下たちの案内をアイリーンに任せることにして、かなり慌てているルリたちの問題を解決することにする。

 これから案内する予定の場所取りなのでやはり放置は出来ない。


 ルリたちに引っ張られて着いた先は果樹園の1つで、王家のものほどではないが豪華な馬車が止まっていて、領民たちが怒った表情でそれを囲っていた。


 これは確かに非常事態だ。

 少なくともウォーレンは領民たちが怒っているところをあまり見たことがない。穏やかな彼らが激怒してるなんて異常としか言いようがない。


「どうかしたんですか」


 領民たちに近づくといかにも良家の人間と言った服を着ている男がいて、ウォーレンは確かに非常事態だと頬をかいた。


「ウォ――」

「ウォーレン!!なんだ、随分と元気そうじゃないか」


 領民の声を遮って名を呼んできた男はなんとも高圧的に喋り出し、ウォーレンは心の中だけで嘆息すると何故彼がここにいるのかを尋ねることにする。


「これはアーレント王子。今日はどうされたのですか」

「お、俺はアーレント王子などではない。通りすがりの商人だ」

「そうでしたか。失礼を致しました」


 顔も隠さずに正体を伏せようとするアーレントはなかなかに豪胆だと心の中で褒めておく。

 面倒なことになる前にお帰り頂きたいので口には出さないが。ここは案内するルート直撃だし、アイリーンとはまだ会わせたくはない。


「その商人さんはこちらで何をされていたのでしょう」

「お前たちの様子を見るためにだな、わざわざ来てやったんだ。感謝しろ、ウォーレン」


 彼は正体を隠す気があるのだろうか。口には出せない考えが浮かんだが、さすがに誰もツッコミはしなかった。しかし、ウォーレンをバカにするアーレントに領民たちはますます腹を立てて言い争い始まりかけるのをウォーレンは必死で止める。


「アーレント王子、申し訳ないのですが日を改めて頂く訳にはまいりませんか。今日は来客があるので」

王子(オレ)より優先すべき人物などいるわけがないだろう」

「んー、商人さん、なんですよね?」


 そうだと尊大に頷くアーレントにウォーレンは困った顔をする。

 アーレントにどう声をかければ帰ってもらえるか皆目見当もつかないのだ。陛下がここに来ていると言ったところでアーレントが素直に信じてくれるとは思えないし。


「ウォーレン様、トラブルの方は?」

「アイリーン様。それがまだ解決出来ていなくて、ですね」


 アイリーンに声をかけられたウォーレンの歯切れは悪い。

 こうなった以上は逃げも隠れも出来ず、ウォーレンはアイリーンにもアーレントが見えるようにそっと首を傾げた。


「アーレント王子……」

「アイリーンじゃないか。どうやら期待と違うようだな」


 アイリーンを見つけたアーレントはふんと鼻を鳴らした。ウォーレン、アイリーン共に元気そうなのが気に入らないらしい。


「あれ〜、どうしてここにアーレントがいるのかな?」

「兄さんは謹慎中のはずですが……」


 城で謹慎しているはずのアーレントがこの場にいることに対して不思議そうにしている父と弟を前に、アーレントは口元をひきつらせ半歩ほど後ろに後ずさったが逃げることはしなかった。


「父上たちこそ、どうしてこのような場所へいるのですか。エルダー侯爵のパーティーへ向かったはずじゃないですか」

「そうだよ。だけどさ〜、アイリーンちゃんの様子もみたいじゃない?だから立ち寄らせてもらったわけ」

「わざわざ遠回りなど……」


 バーナードはアーレントのつぶやきに一瞬ため息をつきかけて飲み込むと、少しだけ困ったように笑って言った。


「ここは侯爵領の隣ですから」


 エルダー侯爵領に向かった方が都合もいいのでわざわざヒガラ領に立ち寄る必要もなく、まぁアーレントが知らなくても仕方がないところはあるのだが、しかし婚約者を押し付けた相手も領地の場所くらい知っておいてもらいたいものである。


 そんな恥とも取れる知識の無さを披露してしまったアーレントは、八つ当たりのようにウォーレンを睨みつけた。


「どうして早く教えない、ウォーレン!!」

「できるだけオブラートに包んでお伝えしようとはしていたのですが、どうやら僕もまだ力不足のようですね」


 アーレントの言葉に対しウォーレンはあくまでもマイペースに返事を返す。


 この相手のペースに乗らない感じがウォーレンに嫌われ者にしているのだろう。それにしても、ここまでペースを崩さないのは大物ともいえる。


「ウォーレン君、ちゃんと相手してくれてありがとね〜。さてアーレント、謹慎は解いてないのにここにいるのは何故なのかなぁ?」

「そ、それは……」


 陛下はアーレントに対しそれなりに丁寧に対応するウォーレンに礼を言うと。先程からはぐらかされている質問をもう一度繰り返した。


「それはもちろん、2人の様子が心ぱ――上手くやれているわけもないと言う確認に」

「そう。なら、今日の残りの視察に付き合いなさい、アーレント。様子はそれでわかるでしょ?」


 ニコニコとゆるーい感じの陛下ではあるのだが、そこには有無を言わさないだけの圧力があるだけにアーレントも抵抗することなく小さく返事をしたのだった。


 予期せぬトラブルはあったが、ウォーレンは気を取り直して領地の案内を開始する。何故かルリとセルカもついてきたのでそのまま一緒に。


「あれとか全部ウォーレン様が作ったのよ」

「すごいでしょ〜。ウォーレン様は自慢しないから僕たちがしちゃうんだー」


 農具を指さしてウォーレンが作った胸を張るとルリと、それに乗っかるセルカは自分のことのように自慢げに言う。

 どうやらこの2人、陛下たちにウォーレンのことを自慢したかったようだ。確かウォーレンが自分から説明することはないだろうからいいのかもしれない。


「これは自慢したくなるかもね〜。ここ数年農業の成長がいいのは君のおかげだったか」

「そうですね、父上。代え難き人材です」


 陛下の言葉に頷くバーナードを見て、アイリーンはなぜバーナードがこの結婚を強く押していたのか分かった気がした。

 アイリーンを通してウォーレンと関わりやすくするためなのだろう。


「今日はありがとね。2人が上手くやれてるようで安心したよ〜」

「侯爵のパーティーでまたお会いしましょう」


 領地の案内も終わり、陛下たちはこのままエルダー侯爵の領地に向かうらしい。アーレントはずっと無言だった。


「なんとか出来ましたかね。準備からありがとうございました、アイリーン様」

「ふふ、ハプニングはありましたがなんとかですね。ウォーレン様もお疲れ様でしたわ」


 無事に陛下たちの視察も終えることができて2人は顔を見合せて笑いあった。

 まだまだ夫婦らしくはないかもしれないが、それでも陛下に認められたというのは嬉しいものである。


 それから2人はエルダー侯爵の誕生パーティーへ出席するため、休む間もなくその準備に取り掛かるのだった。

お読み下さりありがとうございました。

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