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霊界のドミナ  作者: 魚住
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異世界の地雷系

5月13日月曜日 午後10時42分───私が死んだ時間。


享年は18、大学生になったばかりでした。何しろ田舎者でして、それがバレないように、東京に来てからは地雷系となって街を歩いていました。そしたらこれがまた面倒な話で、ストーカー被害と言うやつですかね、それに遭った訳でして。

そこから話は進みまして、ストーカーに追いかけられるうちに、曲がり角から来るトラックに気づかず───ドカン、みたいな感じでね。

それで死んだわけですけど。


目を開けると、そこは別世界でした。最初はあの世だと思ったのですが、どうやらそれも違うようです。そこにいる人々は皆さん、確実に生きていました。

何を言っているんだと思うかもしれませんが、これは私の実体験にまつわるものでして。あれは私が中学2年生の頃でしたか。親戚が亡くなったと聞いて、お焼香をあげに行きました。その方とは幼い頃に何度か会った程度ですが、今でも鮮明に思い出せる程印象的な方でした。そんな方が亡くなったというのは、少しばかしショッキングなことだったのですけど。まあそれはさして重要では無く、私は誰かのご遺体を見るのは小学校低学年以来のことでして、もちろん記憶にはあるのですが、その時にどんなことを思い、何を感じたのかは全く覚えておりませんでした。覚えていないということは、さして印象的なものでも無かったのだろう、と考えていたのですが、それは違いました。お通夜で見た親戚のご遺体は、生きている者にはある何かが、明らかにありませんでした。中学生ながら、それはそれは衝撃を受けました。生きている者と死んでいる者とは、ここまで違うのかと。

ここまで長々と語ってしまいましたが、要はそこにいた人々は故人では無く、今、現世を生きている人だった、ということです。

それにどこか妙で、ここは日本では無いみたいです。それに時代も違う。例えると中世のヨーロッパでしょうか。街並みからして、ここは労働階級の方々が暮らす場所だとは思うのですが、別に今にでも革命が起きそうな感じでも無く、私の目から見ても、令和の日本の人々と同じ、幸せそうな顔をしています。

どうやらここは、中世ヨーロッパ風の街のようです。これは異世界転生と言うやつですかね。よく見たら、街ゆく人々も日本人の顔ではありません。なにぶん目が悪いもので、気づくのに時間がかかってしまいました。

この私の目の悪さは結構なもので、コンタクトを付けないと人の顔を判別出来なくなってしまう程なんです。ほら今も、人が透けて見え…………え?…透けて見える?いえ、どんなに目が悪いとしても、人が透けて見えたことなど、一度もありません。だとしたらあれは、本当に透けているのでしょうか。もし本当だとしたら………あれは俗に言う、幽霊……というものなのでは……。

いや気の所為ですね。だって他の人はちゃんと実体がありますし、こうして触れ…………あれ?触れ、ない?どういうことでしょうか。肩を叩こうとしても、手はその体をすり抜け、猛スピードでタックルしても、標的にぶつかることは愚か、その先の建物まですり抜けてしまいます。

これは、おかしいです。人々は確かに生きているはずなのに、私は触ることも、人々に認知されることも出来ない。───まさか!まさかとは思いますがまさか!

2、3人の体をすり抜け、先程私が目覚めた場所を目指し走り───いや、そもそも走る足などありません!なぜ気づかなかったのでしょう。先程私が見た幽霊と思わしき人が、本当に幽霊だとしたら、何故幽霊など見た事もない私が、あの時それを見ることが出来たのか!もし私があの時死に、そのまま魂だけがここに来たのだとしたら!

私は……私の体は───!!

「───はぁ、はっ、はぁ………」

ああ、何故だろう。何故死んでいるのに息が切れるのか。何故、もう実体など無いというのに、私はここに、存在しているのか。

よく磨かれたショウウィンドウは、街を行く人々を鏡のように映し出す。だが、そこに私の姿は無い。どんなに手を伸ばそうと、 私の存在に気づく者はいない。異世界転生かと思いきや、普通に死んでいる。

どうしよう、どうしようどうしようどうしよう!どうしたらいいんだ!いつか聞いたことがある。人は死んだら生まれ変わる。だが罪を犯した者は、死んでも生まれ変わることは無く、実体の無い存在となって己の罪が許されるまで永遠にこの世をさまよい歩くと………。私は何か、罪を犯したのだろうか。いや、私は何もしていない。確かに多少、喧嘩をすることもあったが、決して理不尽な暴力を許さず、勉学に励み、友人も多くは無かったが、皆で平和に笑って暮らしていた!

……ああ、もう何も分からない。今まで私がしてきた行いが罪だと言うのなら、甘んじてその報いを受けましょう。いつか終わりが来るのなら。

「耐えることには慣れています。大丈夫。大丈夫………」

「…いや、絶望するの早すぎるだろ」

いつの間にかうずくまっていた私を見下ろす赤髪の好青年。

「え、何で見え……」

そう言いかけて、すぐにその理由が分かった。この好青年、透明感がすごい。いや、そういう訳じゃなくて、確かに肌も綺麗だと思うけど、そういうことじゃなくて。

物理的に透けている。足も無いし、ということは………

「俺も幽霊だからな。幽霊には幽霊が見える」

「やっぱりそうですよね」

この幽霊、名をソレルさんというらしい。なんでも顔見知りの幽霊から、変な奴がいるということを聞いて、パトロールにやって来たらしい。

「俺は仲間と一緒に幽霊の秩序を守ってるんだ。と言っても、そいつは生きている人間だけどな」

これは驚きました。世界には霊感が強い人が本当にいるようです。

「そいつは特殊な奴でな。幽霊が見えるのは、この世でそいつだけだ」

「ほお、その方は今、どこにいるんですか?会ってみたいです」

ソレルさんは「それはいい!」と手を打ち、私の手を引いた。

「では、共に行こうか。……あ、名前を聞いてなかったな。名はなんだ?」

「あ、私、姓を指宿、名をリアと申します」

立ち上がってそう言うと、ソレルさんは少し目を見開き、ふっと笑った。

「リア………そうか、リアか。いい名前だな」

少し反応が気になりましたが、ありがとうございますと元気に返事をし、ソレルさんの後に続いて歩き出しました。

「というか、イブスキなんて珍しい苗字だな。それに格好も普通とは思えない。お前……どこから来た?」

「え、えっと……それがですね」

私は事故で死んだ事、それからもといた場所とここでは全く違う事をソレルさんに話しました。最初こそ戸惑っていたようですが、すぐに受け入れたようで、仲間に会ったら何か聞いてみようと提案してくれました。ソレルさんのお仲間は色々な事を知っている方のようで、ますます会うのが楽しみになりました。


「というかソレルさん、どこに向かってるんですか?辺りには森と山しかありませんけど…」

ソレルさんと一緒に歩き出し───いえ、飛び初めてから2、3時間程経っていて、既に空は薄暗くなり、ここ1時間ほどは人っ子1人見ていません。

「ああ、俺の仲間は今山小屋にいてな。そこまでもうすぐだから、そう焦るな」

「え、お仲間さんは山小屋に住んでいるんですか?やっぱり不思議な方ですね……」

私の独り言に、ソレルさんは一瞬口を開きかけましたが、何も発すること無く、私達はさらに10分程飛び続け、遂にお仲間がいらっしゃるという山小屋に辿り着きました。


「………いや、あのぉ…、ここ完全に廃墟ですよね?」

お仲間さんがいるという山小屋は、山小屋にしては少し立派だが、人が住んでいるにしては、少々───いや、大分痛んでおり、風が吹けば一瞬で吹き飛ばされそうな、そんな危うさが感じられた。

こんな所に住むメリットと言えば、人目につかず、不都合なものはそこらの地面に埋められるくらいしか無さそうですが……。

「お仲間さんここに住んでいるんですか?もしかしてお仲間さんって………」

「いや、お前が考えていることは無い。奴は少し変な奴だが、ちゃんと身分を証明できる」

よかった。反社会勢力では無いみたいです。

「じゃあ、何故こんなところに住んでいるんです?」

「それは見てみれば分かる。ついてこい」

山小屋のドアをすり抜け、さらに2つの壁をすり抜けると、広さ5坪程の部屋があった。そこには朽ちかけた棚に、ボロボロの本がいくつか置かれていた。どうやらここは、かつて書斎として使われていた部屋らしい。部屋の隅にはこじんまりとした机が置かれていた。

「こっちだ」

「はい!……って、え?どこ行くんですか?」

ソレルさんは本棚の下の床を、既に半分ほどすり抜けていた。山小屋は二階建てだったが、階段は上がっていない。ということはつまり、

「隠し部屋がある、ということですか?」

「そうだ。奴はそこにいる」

「いや、ちょっと!さっき反社じゃないって言いましたよね?何で隠し部屋なんかに居るんですか!」

「……見れば分かる」

そう言うとソレルさんはすっと床をすり抜け、遂に姿が見えなくなってしまった。残された私は、逃げ出そうかとも思ったが、

「む〜………!くそ、ここは仕方ない。よし!行くぞ!」

覚悟を決めて、ソレルさんの後を追った。


「お、思ったより早かったな」

「………へ?」

床をすり抜けた先には先程の部屋よりもひと回り程小さな空間が広がっていた

「こ、ここにお仲間さんが………───!!」

ソレルさんの体の向こうに透けて見える光景に、思わず目が止まった。

「この……方が………?」

ソレルさんの後ろには、古びた山小屋には不釣り合いな程のピカピカの鉄格子。その奥には、中学生程の、灰色の髪をした綺麗な女の子。手首は枷と鎖で壁と繋がれており、体のあちこちには痣や切り傷。何日も着ているであろう服は、ボロボロになり、裾や袖は破れ、体は煤や垢で所々黒ずんでいた。

「な、これ…は………?」

ソレルさんは私の問いに答えず、鉄格子をすり抜け少女のそばに寄り、「───おい起きろ!客が来たぞ!」と少女の耳元で叫んだ。

「えっ!?ちょ、…何してんすか!その子ボロボロですよ!?」

私の制止に耳を貸すことも無く、ソレルさんはもう一度深く息を吸い込み、

「おい、起き……」

その時、

「うるっっさいんだよこのクサレ坊主ゥゥゥ!!!」

ソレルさんが言い終わるよりも一瞬早く、けたたましい怒鳴り声が響いた。見れば少女がゆっくりと立ち上がりながら、ソレルさんを睨みつけている。

「へ、え、えぇ!?」

「やっと起きたか。ほら、お前に客だ」

何が起きたかも分からぬうちに、少女は顎を持ち上げソレルさんを見下すような姿勢をとりながら、ボロボロの指をソレルさんの鼻先に突きつけた。

「こんな弱ってる女の子に怒鳴りつける奴がどこにいんだ!」

少女の正論に怯む様子も無く、ソレルさんはゆっくりと首を傾げた。

「弱ってる女の子…?誰のことか分からないな。垢まみれのゴリラならここにいるがなあ」

「誰がゴリラだハゲ!」

「いやハゲてないだろ」といって2人で言い合いを初めてしまった。

絶対2人共私のことを忘れている。というかベタなやり取りをするな。つまらない小説だと思われるだろ。


「という訳で、あんたがお客さんか」

いや「という訳で」でまとめるな。さっきまでハゲハゲ言いまくってたのが無くなると思うなよ。

2人の言い合いは自然と収まり、私も少女が捕まっている鉄格子の中に入って、3人で仲良く正座をしている。と言っても幽霊に足は無い。

「いやぁ、お恥ずかしいところをお見せしちゃったね。何しろ監禁されて10日目なもんでね。気が立ってるんだよ。許してくれや」

少女は先程までが嘘のように穏やかな口調で喋り出した。下町のおじさんみたいな喋り方だがな。

私は「お構いなく」と首を振り、ずっと気になっていた疑問をぶつけた。

「その、少々込み入ったことかもしれませんが、何故監禁されているのでしょう?」

これは絶対に訊かなきゃダメでしょう。だって監禁て。おかしいだろ。

私の質問に、少女とソレルさんは少し顔を見合わせて、ほぼ同時に首を捻った。

「何でと言われても…ねぇ?そういう事でしょ」

「そういう事だな」

そういう事らしい。

「では、私はどうしたら元の世界に戻れるのでしょうか」

何となく2人から目を逸らし、少女が繋がれている鎖の先を見ながら言った。鎖は思ったより新しい物で、太さは児童の中指くらいだった。

中々返事が来ないので少女の方を見ると、元の世界というのが分からないようで、ソレルさんに事の経緯を聞いていた。

およそ1分後、少女は全てを理解したようで、明るい顔でポンと手を打った。

「なるほど、異世界転生したと思ったら普通に死んでたって訳ね。ドントマインド☆」

シンプルにウザい。普通に殴るところだった。

「ってのは冗談でね。なるほどね。それで元の世界に戻る方法が知りたいと」

「はい。…まあ、戻る方法があればですけどね」

そもそも元いた世界なんて存在していないのではないか、最初から私の妄想だったのではないか、という疑いが脳から離れない。

「まあそんな卑屈になりなさんなって。こっちはあんたの言う事を信じるしかないんだからさ。あんたが疑ってたら、誰もあんたのことを信じられなくなる」

「そうだぞ、自分を信じろ」

……なんか、ありがたいな。そんな事を初対面の人に言われるとは思わなかった。

「ありがとうございます…」

緊張が解けたのか、少し頬が緩んだ。

「「お、」」

…?何だ?なんか反応が変だし、見られている。

「あの、何です?そんな見ないでください」

「んや?見てないけど?」

いやがっつり見てる。アイアイかってくらいがっつり見てる。

「あの、それで戻る方法ってあるんですか!?」

そう言い終えて、すぐに目を伏せた。

どうしよう、少々苛立たしげに訊いてしまった。初対面の人に失礼だったな。嫌われただろうか。

恐る恐る少女を見ると、そんな事は気にも留めない様子で首を振った。

「すぐに結果を得ようとするな。こっちも全知全能じゃないんだ。当然知らないこともある」

ああ、やっぱりそんなの知らないよな。少し期待してしまったようだ。

「だけど知っている奴なら知ってる」

「…は?どういう事です?」

少女は少し身を乗り出し、「いいか?」と人差し指を立てた。

「この世界には『能力者』と呼ばれる奴らがいる。奴らはあらゆる物事を操る能力を持っている。炎を操る奴、水を操る奴、中には人の心を操る奴もいた」

「ちなみにこいつは『霊能力者』な」

先程まで床を歩くアリを数えるのに夢中になっていたソレルさんが、少女を指さした。

「なるほど、『霊能力者』だから、生きていながら幽霊が見えるし会話もできるんですか。…でも、それと元の世界と、どういう関係が?」

首を傾げると、少女はニヤリと笑った。

「言っただろ?『能力者』ってのはあらゆる物事を操る連中だって」

少女の言葉に、一瞬理解が追いつかなかった。いや、何となく理解はしたんだが、いや、まさか……()()のか───?

「いるんだよ、奴らの中に。空間どころか、次元すら歪めちまう、とんでもない能力を持った奴が!」

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