99 遠征ふたたび・試すと謎が増える?
最終目標の実験もやってみたが予想通りだった。
距離に対して魔力の消耗が著しく少ない。
魔法を制御する負担が増す訳でもなかった。
「これは一体どういうことだ?」
いぶかる英花が疑問を口にした。
「どういうことなのかなぁ」
真利も首をかしげている。
「涼ちゃんはわかるんでしょ」
「いいや」
「え? だってこうなるって知っていたから試そうと思ったんでしょ」
「知ってるなら道頓堀ダンジョンへ跳んで試したりはしない」
「えーっ、何それー」
思っていた返答ではなかったことで真利がブーたれている。
「そんなこと言われてもなぁ。確証がないから実験したんだっつうの」
「それって危なくない?」
その疑念があるから不服そうにしているのか。
「転移魔法の術式なんて何重も安全対策が施されているさ。失敗するときは魔力を消費して何も起きないだけだよ」
場合によっては魔法が発動するタイミングより前にセーフティが働いて魔力が還元されることもある。
完全に元通りとはいかないものの運が良ければ9割以上の魔力が戻ってくることもあるほどだ。
「あるぇ、そうなの?」
「ああ、涼成の言う通りだ」
でなければ英花は最後まで実験に同意しなかっただろう。
「それよりも距離分の魔力が消費されないのはどういうことかの方が大事だ」
「でも、わかんないんでしょ」
「私はな。涼成には何か仮説があるはずだ」
「あっ、そうだよね。でなきゃ実験する前から消耗しないなんて言わないよ」
気付かれてしまったか。
2人から問い詰めるような視線を投げかけられると答えざるを得ないな。
別に隠すつもりはなかったけどさ。
「本当に確証のない仮説だぞ」
念押しすると2人はうなずいた。
「端的に言うと、すべてのダンジョンはつながっていると考えたんだ」
「ずいぶんと大胆な仮説だな」
「どうしてそう思ったの?」
「どうしてって言われると困るんだがな。本当に単なる思いつきに等しいから」
「思いつきなんだー」
「そうさ」
他に言い様がなかったので俺は肩をすくめた。
「どんな思いつきなんだ?」
今度は英花が聞いてきた。
「ダンジョンと外界は魔法的な隔たりがあるだろ」
「そうだな」
「でもダンジョン同士なら外界との接触はないものとして考えられるんじゃないかって思ったんだ」
真利が理解しかねると言いたげに首をかしげている。
英花は目つきを鋭くさせて考え込んでいた。
(なるほど。隔たりはあくまで魔法的なものだ)
ブツブツと呟いて考えをまとめているようだ。
(それも空間魔法が関わっている、か)
邪魔をしないよう黙って待つことしばし。
「涼成はこう考えたのではないかな」
どうやら英花の中で結論が出たようだ。
「物理的には離れているように見えるダンジョンは空間魔法の観点からは隣り合わせの状態に等しいのではないか、と」
「ああ、そうだ」
「ええーっ、それって変じゃない? 近場は隣り合ってるかもしれないけど、離れたダンジョンはやっぱり距離があると思うなぁ」
「それは物理的な考え方に縛られているぞ、真利」
「えっ? どういうこと?」
真利はそんな指摘をされるとは思っていなかったらしく目を丸くさせて驚いている。
「適切な単語が思いつかなかったから隣り合わせとは言ったが、ニュアンスは大きく違うのだ」
「というと?」
「別の言い方をするなら接続? 融合? とにかく隔たりの内側でリンクしているような状態だ」
「うーん?」
困惑した顔で首を捻る真利である。
この感覚を知っている者には伝わると思うのだが、馴染みがないとそうなるだろうな。
「真利だって次元収納は使うだろ」
「うん、そうだけど?」
それが何? と言いたげな目で見られてしまう。
「自分の次元収納が何処にあるか説明できるか」
「えっ?」
面食らった真利が一瞬ではあるものの鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まってしまった。
「うーんと……、えーっと……、わかんない」
困り顔で悩んだ末にギブアップした。
そりゃそうだろう。
俺も自分の次元収納の領域が何処にあるのかなんて感覚的にしかわからない。
それを言葉にして説明するなど元より無理な話なのだ。
「空間魔法なんて感覚的なものだろう」
「うん」
「内部に外部と変わらないように見える空間があるから忘れがちだけど、ダンジョンも次元収納の中も亜空間だぞ」
「うん?」
真利が今の説明で何か引っ掛かったようだ。
「亜空間が定形だと思っているのか?」
「うっ」
短くうなった真利の顔色が悪くなっていく。
まだうちのフィールドダンジョンから戻ってきたばかりで梅田ダンジョンの中だからな。
きっと今の自分が何色もの絵の具を混ぜ合わせている途中のようなグンニャリした状態じゃないかと思ったのだろう。
「もしかして今の私たちってスゴいことになってる?」
やはり想像していたようだね。
「外から観察できればそうかもな。でも俺たちは内側にいるから関係ない」
「うーん、なんだか分かるような分からないような変な感じ」
「魔法的な空間だから、そういうものだと思うしかないんだよ」
「ええーっ」
真利はそう簡単には受け入れられないようだ。
気持ちはわからなくもないけどね。
もし隔たりの外からこちらを見ることができれば俺たちの姿はなんだかよくわからないものとして認識されるだろうから。
現実にはそんなことは不可能なんだけどね。
フィールドダンジョンで外から中を見ても普通に見えるし逆もまた同様である。
しかしながら実際に見えているのは、そう錯覚している虚像なのだ。
故に人によっては違和感を感じるけど大多数の人は何も感じない。
そういうものだとしか認識できないから、そうなる理由を誰も説明できない。
何か観測方法が発見されれば話も変わってくるとは思うが難しいだろう。
ダンジョン関連のことは従来の常識が通用しない上に謎はいくらでもある。
天変地異の際に人が減りすぎた現状では研究もままならないはずだ。
かろうじて魔石がエネルギー資源として使えないか研究が進んでいるというのはニュースで見たけれど。
「真利は納得いかないようだが」
英花が話しに割って入ってきた。
何か真利を納得させられる手札を持っているのだろうか。
「ダンジョンの内側から外を観測した場合もまた同じことが言えるのだぞ」
「ええっ!?」
「内側にいる我々は現状で変な状態ではないと感じるだろう」
「うん」
「だが、外からは変に見えるというのであれば外と内では異なる状態だ」
「そうだね」
「真利は外から見れば内が変に見えると思っているようだが、それは内から見れば外が変に見えるということでもあるのだぞ」
「あ……」
己の主観しだいで見え方が変わるという発想は面白い考え方だと思う。
そして、それは真利の意識を少し変えてくれたようだ。
「すべてのダンジョンは空間魔法的につながっているけど、それは物理的な距離は関係ないってことでいいのかな」
「いいんじゃないか。そのあたりは感覚的にしか理解できないだろうしな」
「なんだかモヤモヤするけど仕方ないのかなぁ」
「そこは慣れだよ。空間魔法に慣れてくるとなんとなくの感覚が身につくから」
「そうなんだ。私はそういう感覚がないから、まだまだなんだね」
そりゃそうだ。
次元収納は亜空間が関わってはいるけど魔法じゃなくてスキルだし。
不思議なことに次元収納はいくら使っても亜空間の感覚は身につかないんだよな。
何でなんだろうね。
読んでくれてありがとう。
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