98 遠征ふたたび・試してみたいこと
「話を戻すぞ」
「我々以外ではこの階層までは至れないという話だったな」
「その俺たちでも先が見えないだろ。今のペースだと半年後でも守護者の間にたどり着けないかもしれないぞ」
「なるほどな。たとえここに専念しても大して変わらんだろうし」
「運が良ければ早い段階で掌握できるかもしれないが」
「運任せにするのは考え物だな」
英花が考え込む。
邪魔をしないよう沈黙して待つことしばし。
「何処かで見切りをつける必要がある、か」
「だから涼ちゃんは方針を考え直すって言ったんだね」
「そういうことだ」
「問題はどこで見切りをつけるかだが、悩ましいな」
「えー、どうして?」
英花が渋い表情をのぞかせている一方で真利はあっけらかんとしている。
「こういうことは臨機応変などと言うと決めきれずにズルズルと先延ばしになるものだ」
「あー、そういうことねー。だったら今日まででいいんじゃないかな。スパッと終わりにする方がいいと思うよ」
人見知りモードが発動しているときは決断しきれないこともある真利だが、こういう時はササッと決めてしまうよな。
「いや、それだと急に予定を変えたみたいになって不自然だ」
「そうかなぁ?」
「誰にも挨拶せず土産も買わずに帰ることになるぞ」
「うっ」
俺の指摘に真利が短く呻いて固まった。
この調子だと、そこまで考えてなかったな。
粗忽者め。
「そういえば明日は休みにするんだったな」
「ああ、ここだけじゃなく大阪市内のダンジョンに潜っているのは知れ渡っているからな」
各受付の間で情報共有されているから、ここでウソをつくことはできない。
黙って帰ったりしたら何事かと思われるだろうし。
思われるだけなら構わないが場合によっては遠藤大尉に連絡が行くかもしれないことを考えると、予定通りに行動してから帰るべきだろう。
明日は休みなんて言ったから明後日は何処かのダンジョンに行くと思われているはずだ。
今にして思えば迂闊だった。
「あと何回かは大阪のダンジョンを回るが1週間後くらいを目途に帰るとしよう」
「なるほど。梅田ダンジョンの到達階層を基準にするのではなく日程で決めるのか」
「そうなると梅田に潜れるのはあと1回か2回だね」
「それなんだが試してみたいことがあるんだ」
「試してみたいこと?」
真利が首をかしげた。
「試すと梅田ダンジョンに潜れる回数が増えるのか?」
話の流れから英花はそう読んだようだ。
まあ、おおむね正解かな。
「表向きは増えないぞ」
「なにやら良からぬことを企んでいるようだな、涼成」
「あくどいことをしようって訳じゃないよ」
ダンジョンへの入場に料金がかかるなら話は別だけど。
「ずっと考えていたことがあるんだよ」
「考えていたことだって?」
「初耳だね。何かな?」
英花も真利も見当がつかないようで、いぶかるように顔を見合わせている。
「ダンジョン内転移のことだ」
俺がそう言うと予想外のことだったようで英花が眉間にシワを寄せた。
想像がつかないか。
「あっ、もしかして……」
一方で真利は確信は持てないながらも何か思いついたみたいだ。
「言ってみ」
俺に促されると真利は戸惑いながらも口を開く。
「涼ちゃんは同じダンジョンじゃなくて別のダンジョンに転移する実験をしようと言いたいんじゃない?」
「正解だ。加えて言うと、ここからうちのダンジョンまで転移するのが最終目標な」
「あっ、そっか。それが上手くいけば期限が来て家に帰っても好きなときに梅田ダンジョンの攻略ができるよね」
「そういうことだ」
どうせ2層以降は冒険者組合に報告していない。
どれだけ先に進もうが何と戦おうが関係ないってね。
「また無茶なことを……」
英花は目標を知って表情を渋らせている。
「そうか? ダンジョンと外界は魔法的な隔たりがあるがダンジョン同士ならそれがないと考えられないか?」
「なにぃっ?」
驚きをあらわにした英花は難しい顔をしたまま考え込み始めた。
(いや、それは……どうなんだ? 屁理屈をこねているだけ……、だがしかし……)
なにやらブツブツと呟いている。
「英花ちゃん、案ずるより産むが易しだと思うよ」
「ぬうっ」
真利に指摘されて考え込んでいた英花がうならされていた。
「そうは言うが前代未聞なことだぞ、これは」
どうにも抵抗があるようで受け入れられないとばかりに抗弁してきた。
「そんなの当たり前だよ。でなきゃ試すって言わないよね」
真利が賛同の立場にあると見た英花は沈黙してしまった。
要するに反対の立場であると無言で主張している訳だ。
「らしくないな」
「なんだと」
英花が険のある表情をのぞかせる。
「だって、そうだろ。俺たちは世界間転移して帰還したんだぞ。今更この程度のことで尻込みするのもどうかと思うんだがな」
「あの時はそうするしか助かる手段がなかったではないか」
「あの時ほどリスキーではないよな」
ダンジョンと外界との間で転移することは可能だと異世界にいた頃から俺たちは知っている。
リスクはあるが、それは魔力の消耗が激しいだけの話だ。
世界間転移のようにレベル上限にまで達していた経験値を根こそぎ失うほどのことは微塵もない。
「それでも消耗はする」
英花がナーバスになっている理由はそれか。
「魔力を消耗するだけじゃないか」
「今日のうちに戻って来られないかもしれないだろう」
なるほど、梅田以外のダンジョンから出てしまうと受付が混乱すると言いたいんだな。
そういう意味では入場登録をしなければならないというのは迷惑な話である。
冒険者の生存確認の観点からは必須だと思うんだけど。
「とりあえず往復はできると思うぞ」
「なにっ、あれだけの長距離を転移するなら相応に消耗するはずだ」
「それは最終目標の話だよ。まずは道頓堀ダンジョンの2層へ跳ぼうと考えている」
「段階を踏んで実験するということか」
「当然だろう。いきなり大規模な実験なんてする訳ない」
「む、すまん。早とちりした」
英花の頑なだった雰囲気が軟化していく。
俺の説明の仕方も悪かったのかもな。
一応、うちのフィールドダンジョンへ転移するのは最終目標と言ったつもりだったのだけど。
「それと俺の予想では面白いことになると思う」
「面白いこと? 何だろうね」
真利が興味を持ったようで食いついてきた。
「ダンジョン間転移で消費する魔力は距離に関係がないと考えている」
「なっ、なんだってぇーっ!!」
わざとらしく仰け反りながら真利が驚く真似をする。
オーバーアクションだし表情が芝居くさいんだよ。
「マンガの見過ぎだな」
「あっ、バレた?」
テヘペロをする真利。
こんなくだらないやり取りをしている間に英花が考えをまとめたようだ。
「さっそくやってみよう」
「切り替え、はやっ」
真利が軽く驚いているが、やる気になっているなら好都合である。
「よし、やるか」
善は急げってね。
ただ、いつもより慎重に準備したのは言うまでもない。
異世界でもやったことがないことだからね。
転移の担当は慣れている英花。
俺は千里眼を転移魔法で跳ばすという裏技を使って転移先のポイントを確認。
これが上手くいった時点で本番も間違いなく成功するという確信を得た。
そして真利が魔力供給の担当だ。
結論から言えば道頓堀ダンジョンへの転移は成功した。
俺の予想通り魔力の消費は少ない状態でね。
読んでくれてありがとう。
ブックマークと評価よろしくお願いします。