95 遠征ふたたび・魔神様はテクニシャン?
真利が一心不乱にたこ焼きを鉄板のへこみの中で転がしている。
千枚通しみたいな棒──たこ焼きピックと言うらしい──を両手に持って巧みにたこ焼きをひっくり返す。
素人目に見ても見事な手さばきだ。
「うおーっ、魔神様スゲー!」
「ホンマに初めてかいな」
「信じられへんで」
「やるやん。そのスピードでたこ焼きをさばける思わんかったわ」
「上級者の手並みやな」
どうやら地元民にとっても玄人はだしの腕前のようだ。
普通ならバイト経験でもあるのかと考えてしまうところである。
しかしながら、ずっと引きこもりだった真利に限ってそれはない。
ならば自宅でたこ焼きを作っていたのかということになるが、おそらくそれもないだろう。
俺たちが真利の屋敷に居候するようになってから一度もたこ焼きを作っていないからね。
それ以前に道具もない。
これでどうやって作るのかって話だよな。
となると、どこでその技を身につけたのかという話になるのだけど。
「姉さん、何処で修行したんや」
地元冒険者の1人が声をかけてきた。
が、真利はたこ焼きを作るのに夢中でフルシカトしている。
もしくは集中しすぎて聞こえていないとか?
何にせよ、たこ焼きを仕上げて皿に盛り付けていく。
そして再びたこ焼きを作り始める。
皿に盛り付けた完成品の方は見向きもしない。
食べたくないって訳ではないと思うのだが集中しすぎで気付いていないのか。
まあ、おかげで俺たちの席の周りに人が集まってくれたのだけど。
こういうのも芸は身を助くと言うのだろうか。
何にせよ真利が我に返る頃には人だかりも、ほぼ無くなるくらいにまで解消されていた。
あまりに真利がたこ焼きを作り続けるものだからテーブルの上が埋まってもなおという感じになって食べざるを得なくなったのだ。
もちろん、席に着いている俺たちだけでは追いつかないので周りの皆にも頼むことになったわけである。
「いい加減、作りすぎだっつうの!」
そう言いながら真利の頭にチョップを叩き込む。
「あっ、痛っ」
痛くなるほどの強さは出していない。
条件反射的に出た声だろう。
「マジか!?」
「さすがは神執事様やな」
「ホンマや。いくら止めるためいうても魔神様をどつくとはな」
「恐るべし、魔神様の執事」
おい、神執事ってそういうことかよ。
まさか俺が真利の世話を焼いているところからだとは。
何かのマンガとかゲームとかに由来しているものだとばかり思っていたのだが。
異世界召喚されて4年の空白があるから、そういうこともあるんじゃないかと考えていたら見事に裏切られてしまったさ。
「ああ。神執事でなかったら、あんなんできひん」
「ワイらには絶対無理や」
身内も同然だからこそできることではあるけど、そこまで言われるほどか?
おまけに俺のあだ名も酷いものがあるよね。
追及するつもりはないけどモヤッとするのも事実。
「神執事というより勇者やな」
「それな。魔王様と魔神様がいんのに勇者様がおらんておかしゅうないか」
「せやせや、今からでも勇者様に名前を改めてもらわんとな」
ちょっと待て。
俺は神執事に改名したことすらないのに、そこからさらに勇者様に改名?
意味も訳もわからないんだが。
「それ、ええなぁ」
「よっしゃ。ワイも、次から神執事やのうて勇者様て呼ぶわ」
「ワイも」
「ワイもや」
あれよあれよと言う間に話が進む様はゲームの強制イベントを見ているかのようだ。
しかも俺が異世界帰りの勇者であることを知らない相手から勇者扱いされるとは想定外もいいところだ。
偶然とは恐ろしいものである。
「ところで真利は何処で技術を身につけたんだ?」
「意味がわかんないよ」
我に返った真利に聞いてみたが不思議そうにするだけだ。
それでも真利が初めて彼らの前で喋ったことが驚きだったようでどよめきが起きていた。
そのどよめきに再びガチガチになってしまったことで黙ってしまうのは、もはやお約束である。
「あれだけ大量にたこ焼きを作っておいて返事がそれかよ」
またもどよめきが起きる。
別に真利が再び喋った訳でもないのだが。
「スゲえ」
「魔神様がお怒りモードになったのに普通に語りかけとる」
「やはり神執事は真の勇者だったんだな」
「勇者様、確定だ」
「異議なしや」
みたいなやり取りがされていた。
もはやこの流れを止めることはできなさそうだ。
まさか、こっちでも勇者と呼ばれる日が来るとは思わなかったよ。
「おーい、真利ぃ」
呼びかけると──
(エアーだよ)
ボソボソと小声で返事があった。
「は? エアーだって?」
思わず素っ頓狂な声が出てしまったが、どうにか畏縮することなく真利はうなずきを返してきた。
「俺の方が意味わかんないって」
(涼ちゃんたちが帰ってくる前にテレビでたこ焼き屋さんの修行をしているドキュメント番組を見て、面白そうだから真似したんだよ)
ますます意味がわからない。
それであれだけの技術が身につくものだろうか。
「真似るってレベルで身につくものじゃないだろう」
(録画してたから何度も見たよ。見ながらエアーで真似したもん)
「あー、そういうこと」
引きこもりだった真利が持てる時間のすべてを使って飽きるまで続けたのは想像に難くない。
普通ならそのくらいでと思うかもしれないが、真利は超のつく凝り性だ。
たとえエアーだったとしても完コピしてしまうくらいにはね。
フルタイムで働いている人間でも相応の時間を消費するだろうに、エアーでとなると一体どれだけの時間を費やしたのやら。
期間は聞かない方が良さそうだ。
これから皆に説明するのに、その情報が追加されるとますます真利が恐れられかねない。
魔神様に目をつけられると恐ろしく長い間、地獄を見ることになるとか勝手に思われそうだもんな。
とりあえず、どうやって技術を身につけたのだけは皆に説明した。
俺が話し終えると静寂があたりを包む。
驚かれるだろうとは予想していたが、正直そこまでとは思っていなかったんですがね。
いや、これは真利に対して抱いた皆のイメージが影響しているな。
恐るべし魔神様、ということなんだろう。
とはいえ、いつまでも沈黙が続くのは居心地が悪いというもの。
この流れをどうにか変えたいのだけど簡単ではないよなぁ。
「あー、なんというかだな。そのー……」
何か言わねばと口は開いたが言葉が続かない。
ただ、俺が声を発したことで変化はあった。
固まっていた地元冒険者たちが次々と我に返り始めたのだ。
「スゲーっすよ!」
「マジパねえわ」
「エアでそこまでできるようになるとか超人やん」
「いや、超人やのうて魔神様やろ」
「せやった」
「魔神様はやっぱスゴいお人やったんやなぁ」
「魔神様!」
そのうち地元冒険者の1人が立ったまま土下座をするようなポーズを取り始めた。
おふざけ半分だとは思うのだが、ここはお笑いとノリのメッカとも言うべき大阪である。
周りの者たちまで真似をし始めた。
面白いと思ったものには全力で乗るのが関西人だとは滞在し続けて実感していたけど、ここまでだとは思わなかったよ。
おかげで真利はまたしても居心地の悪い思いをすることになったんだけどね。
それでも地元冒険者たちには真利のテクニックが琴線に触れたようで、これ以降は気軽に声をかけてくるようになっていくのだが。
真利の人見知り改善のためには良かったのかもな。
読んでくれてありがとう。
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