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93 遠征ふたたび・杉吉の末路

 ヘラヘラ男こと杉吉の冒険者チーム、レッドバイソンとは争いにはならなかった。

 連中が俺たちを見失ったからだ。


「くそっ、何処に消えたんや!」


 その時の杉吉の言葉にちょっとドキッとしたね。

 光学迷彩の魔法を使っていたからさ。


 杉吉の機嫌の悪さを敬遠した周りの連中が距離を取り徐々に人が減っていく。

 そのことにすら気付かず血眼になって俺たちを探す杉吉の姿は滑稽としか言いようのないものであった。

 それが延々と続いたことで取り巻きのチームはとっくに愛想を尽かしていた。

 ついには取り巻きのチームだけでなくレッドバイソンのメンバーさえも去っていく始末。


「おい、杉吉」


 最後に残った小田が声をかけると怒りの形相で杉吉が振り返った。


「何やねん、お前も捜せや!」


 怒鳴るように言った直後に杉吉は唖然としてしまう。


「どういうこっちゃねん!? 誰もおらんやないか!」


「当たり前やろ。皆、とっくに帰った連中を探して必死になっとるお前に愛想尽かしたんや」


「なんやとぉっ!?」


「お前、ええ加減にしとけよ。あの胡散臭いオッサンにええように使われてんのがわからんのか」


「金払いええやないか」


「アホか。金に目くらんで犯罪に手染めたら偉い目あうぞ」


「へっ、アホはお前や。ダンジョンで死んでも証拠なんぞ残らんわ」


「まだ気つかんのか」


「なにぃ?」


「オッサンは消せるもんは消せ言うたけど殺せとは、ひとことも言うとらん」


「殺せ言うてんのと同じやないか」


「そうやって忖度するように仕向けとるんや。いざとなったらしら切るつもりやぞ」


「そんなことあるかい。今までヤバいとこ助けてもろてるやないか」


 小田がこれ見よがしに嘆息した。


「お前はホンマにアホや」


「なんやとぉっ!?」


「ヤバい言うても金で解決できることばっかりやないか」


「当然や。世の中、金さえありゃなんでもできるんや」


「どアホ。それがあのオッサンの狙いや」


「狙いって何やねん」


「お前にそう思わせといて今回みたいな時に忖度するよう仕向けるちゅうことや」


「それの何処が悪いんや」


「まだ分からんか」


「何やとぉ」


「お前は捨て駒にされたんや。オッサンは知らぬ存ぜぬで逃げ切るつもりやぞ」


「そないなことある訳ないやんけ」


「信じとうないんやったら好きにせえ。事実は変わらん。お前とは長い付き合いやから最後に忠告しただけや」


「最後って何やねん」


「現実を見いひん奴と心中するのは真っ平や言うてるんや」


「は? 俺の何処が現実を見てないっちゅうんや!? 金儲けて何が悪い」


「やり方いうもんがあるやろ。お前は道を踏み外しかけとる。せやから、ここでやめへんねやったら付き合いきれん」


「裏切る言うんかい」


「最初に裏切ったんはお前や」


「なにぃっ?」


「俺らは誰も今回のやり方に賛成なんぞしとらん。お前の剣幕にビビって何も言わんかっただけや」


「黙れっ!」


「それや。そうなった時のお前は無茶ばっかしてきたから誰も文句が言えんようになってもうとった。さすがに付き合いきれんから、みんな逃げ出したんや」


「黙れ言うとるやろっ!!」


「さよか。ほな、そうさせてもらうわ。もう俺も付き合いきれん」


 杉吉は人生の半分以上の付き合いがある小田からも見限られてしまった。

 去りゆく背中を憎々しげに睨み付けている。

 視線で人を射殺せるなら小田はとっくに絶命しているだろう。

 それでも狂気に走ることだけはしないようだ。

 サスペンスドラマだと小田は最初の犠牲者になっているところだけど。


「アホが……」


 小田の姿が通路の奥に消えた頃になって杉吉は呟いた。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 杉吉は小田が見えなくなると踵を返してさらに奥へと向かった。


「そして誰もいなくなった、だな」


「一番の味方であったはずの男から最後の忠告を受けてなお頑なに考えを変えぬか」


「意固地になってるだけじゃない?」


「それが奴の本質ってことだろ。変われない奴に反省させることはできんよ」


「先の5組のように湧き部屋へ放り込むか?」


「無駄だろう。死ぬ目にあっても奴は変わらん。兵士長みたいなもんだ」


「あー、納得した。確かに奴は死んでも変わらなかったな」


 死んだ魚の目をする英花。


「よくわからないけど、あの人は変えられないということだけはわかったよ」


 それだけわかれば充分だ。


「この後はどうするんだ?」


 英花が聞いてきた。


「あっちは、そろそろ仕上がってるんじゃないか」


「とっくに終わってると思うがな」


 呆れたように溜め息をつく英花である。


「じゃあ、外に出すね」


 真利はそう言うと構築していた結界の一部を開放した。

 雪崩を打つように湧き部屋から這い出してくる冒険者たち。

 皆一様に青ざめた顔をしている。


「魔物に囲まれるだけなのに効果てきめんだね」


 真利が軽く驚いている。


「結界で守られていたとはいえ肉薄するレベルで魔物に取り囲まれればなぁ」


 俺たちは結界の強度がわかるけど連中にとっては得体の知れない見えない壁でしかない。

 いつ消えて無くなるかという恐怖と戦いながら襲いかかる魔物と相対しなければならない心理的重圧はかなりのものだろう。

 失禁している者が少なくないことからも、それは明らかだ。


「なんにせよ、あれなら二度とバカな真似をしようとは思わないだろう」


 喉元過ぎれば熱さを忘れるということわざもあるけど、それはトラウマが無ければの話。

 あの連中の中で恐怖が刻み込まれていない奴がいるとはちょっと考えにくい。

 仮に何人かはいたとしても一部に過ぎない。

 同類が大幅に減れば杉吉のように増長することもあるまい。

 しても周囲に潰されるのがオチだ。


「そうだな。下手をすると冒険者を引退する者も出てきそうだ」


「そこまで俺たちが関知する必要はないさ」


「自業自得だもんね」


「杉吉はどうする?」


 頑なに己が道を進む悪党の処分を聞いてくる英花。


「後悔も反省もしそうにないよね」


 真利も気になるようだ。


「何もしないよ。奴1人で何ができるものでもないだろう?」


 相棒とも言うべき小田にも見限られたのだ。

 もはや誰からも相手にされないだろう。

 それこそ黒幕も利用価値なしと切り捨てるに違いない。

 もしかすると過去の悪行を告訴するなんてこともあるかもね。


「法治国家ではそうするしかないか」


「そういうことだ」


「異世界だったら違うの?」


「目には目を歯には歯をより少しばかり過剰かな」


「やられる前にやるとも言うぞ」


「そ、そうなんだ。過激だね」


 真利はドン引きしているが、それくらいしないと異世界では生き残れないからしょうがない。

 日本じゃ殺害しようとした証拠でもない限り何もできないけどね。

 だからといって証言を集めてどうこうするつもりはない。

 面倒だし、それをしたところで未遂だから執行猶予付きの判決が下されるのがオチだろう。

 俺たちにとっては何もしないのと同じである。


「残るは黒幕か」


「そっちは内海さんがなんとかするだろうさ」


 俺たちはホテル業界の人間ではないのだ。

 黒幕の裏の手が潰れるのが時間の問題となった今、そこから先の話は表舞台で戦う内海氏たちの独擅場である。

 俺たちが口を出すべきではない。

 まあ、結果は気になるので教えてほしいとは思うけどね。


 後に大阪でひとつのホテルが閉鎖されることとなる。

 それを運営していた企業も打撃を受けたことで業績悪化が始まり、ついには倒産。

 だが、それは俺たちとは関係のない別の話である。


読んでくれてありがとう。

ブックマークと評価よろしくお願いします。


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