92 遠征ふたたび・策士のつもりか?
レッドバイソンの連中が手下を引き連れて梅田ダンジョンに入った理由の一端はすぐにわかった。
他のチームは通していたのに俺たちが近づくと特定の通路をふさぐのだ。
誰彼構わず通せんぼではすぐに冒険者組合へ苦情を出されてしまうからだろう。
そうやって明らかに俺たち3人だけを人気のない方へ誘導している。
「あれは露骨だよね」
真利が言いながら苦笑した。
「我々を見てからケンカを始めるのだからな」
英花などは侮蔑感たっぷりの冷笑を浮かべている。
「しかも三文芝居より酷い学芸会レベルだよ、あれ」
「学芸会なら子供らしくて可愛げがあるから良いではないか。奴らにそんなものはないぞ」
この場にいない連中に辛らつな言葉を浴びせる英花。
アイツら今頃くしゃみでもしてるんじゃないか。
まあ、俺たちが奴らの誘導したいであろう通路に入ると別のルートから先回りしようとしているみたいだけど。
地図作成スキルで敵としてマークしたからリアルタイムで居場所を把握できるんだよね。
「割と奥の方へ誘い込みたいようだな」
「こっちは隠し階段へ向かうルートだろ」
「つまり湧き部屋のある方だよね」
真利の言葉が切っ掛けとなったのかピンときた。
「連中の狙いがなんとなくわかったな」
「私もだ」
「えー、何? どういうこと?」
英花も想像がついたようだが真利は見当もつかないらしい。
「連中は道をふさいで俺たちを湧き部屋に追い込みたいんだよ」
「我々が奥まで行ったことがないとでも思っているのか?」
「だろうな。初日に遭遇して以来、まるで接触がなかったし」
「それでも情報収集くらいはするだろう。自衛軍では我々の話題が拡散されていたぞ」
「あの人たち嫌われてるから誰も教えてくれないんじゃない?」
「だとしても漏れ聞こえてくる情報もあるだろうに」
「それはプライドが邪魔して信じようとしないとか」
真利の言葉にまさかという表情をのぞかせた英花だったが、すぐに真顔になった。
「フン、奴らのあの態度を思い出すとあり得ない話ではないな」
不機嫌そうに鼻を鳴らした英花は真顔のままだったが威圧感が増していた。
ギリギリ殺気は放っていないが爆発寸前といったところか。
「本気で怒ってるね、英花ちゃん」
「俺が魔王様を怒らせるなって言ったら爆笑されたからだろう」
「あー、そういうことあったねえ」
英花の怒りの矛先が無関係なせいか真利は割と他人事のノリである。
「奴らに目にもの見せてくれる」
英花の口から時代劇の台詞のような言葉が飛び出してくる。
「具体的にはどうするつもりなの、英花ちゃん」
「しれたことだ。奴らが策を弄するというなら乗ってやろうではないか」
「湧き部屋に入るのか」
「なんだ、涼成は反対するのか」
「反対とまでは言わないんだけどさ。湧き部屋の魔物を全滅させるとリポップのタイミングが変わって大変だろうなと思ってな」
「む、それがあったか」
英花の怒りのトーンが少し小さくなったような気がした。
「ひとつくらい構わないんじゃないかな」
真利が割と大胆な意見を言った。
それはそれで連中の驚愕する姿が見られるような気はするけれど、ひとつ思いついたことがある。
「どうせなら奴らに魔物部屋へ入ってもらおうぜ」
「どういうことだ?」
英花が怪訝な表情を見せる。
真利も首をかしげているな。
「連中も道を完璧に憶えている訳じゃないだろうさ」
「奥の方へ行けばそうかもな」
「もし誘導した部屋が通路で、通路が湧き部屋だったらどうだ?」
「意味がわかんないよー」
即座にギブアップした真利に対して英花は考え込んでいる。
「なるほど。幻影魔法で惑わせるのか」
「どうやらアイツら本気でPKするつもりみたいだしな」
「えーっ!? じゃあ、私たちを弱らせて脅迫するんじゃないんだー」
それはあくまでこう考えているのではないかという推測のひとつに過ぎない。
「他のパターンもあるさ。俺たちをMPKすれば目の上のコブがなくなるから再勧誘しやすくなると考えてるんじゃないか」
「そっか、そっちの方があの人たちらしいね」
無軌道な輩という意味ではそうだろう。
目の前で誰かが死んでも平然としていられると思っておいた方がいい。
特にヘラヘラ男はね。
奴が複数のチームを束ねているようだし、それに追随するのであれば同罪だ。
俺たちを不慮の事故に見せかけて殺害しようというのならば自分たちが同じ目にあう覚悟が無いとは言わせない。
まあ、本当に湧き部屋へ追い込もうとしているのであればだけど。
その後、連中の誘導に追い込まれているふりをして俺たちは湧き部屋のある近くまで来た。
迂回して回り込むことを繰り返したせいか疲弊しているのが笑える。
御苦労なことだ。
「これで確定だな」
「ギルティだね」
「では、手はず通り追い込んでやろう」
千里眼のアシストで幻影魔法を発動。
連中が回り込もうとしている通路と湧き部屋の位置を入れ替えた。
湧き部屋には扉があるが、それはタイミングを合わせて魔法で動かすまでだ。
まず、ひと組目。
多少の違和感は感じたようだが、それでもあまり躊躇することなく湧き部屋へと入っていった。
中の様子は部屋の外からはうかがえないが、あえて千里眼を送り込もうとも思わない。
当たりの部屋なら恐怖を感じるなんてものじゃないだろう。
灸を据えるという意味では過激すぎるとは思うが身に染みてもらわないと同じことの繰り返しになるのが明白だから自重はしない。
ふた組目以降も同じ結果となっていき5組は湧き部屋送りにした。
残りは3組か。
そろそろ異変に気付くかな。
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「どないなってるねん!? なんで奴らはモンスターハウスから出てこられるんや」
そういう風に幻影を見せているからだよ。
「やっぱり噂通り凄腕やったんとちゃうんか」
凄腕というかレベル上げてるから梅田ダンジョンの1層くらいなら問題ないだけだ。
「まさか、そんなことあって堪るかいなっ」
頑なだねえ。
「けどよぉ……」
「アイツら5回も入ってるはずやのに平然としてるやないか」
実際に湧き部屋に入っている訳じゃないからね。
まあ、実際に入っていたとしても疲労困憊なんてことにはならないけどさ。
「そんなもん、やせ我慢に決まっとる!」
「せやったら俺ら以外の奴らが消えたのはどう説明するんや」
「そうや。奴ら知らん間に逃げとるやんけ。ビビっとる証拠や」
「せや。それこそアイツらが強い証拠やないか」
「そんな訳あるかい。根性なしが湧き部屋にビビっただけや」
「そうやとしても肝心のアイツらはビビってないやないか」
「たまたまや!」
「そんな訳あるかい。寝ぼけんのも大概にせえよ、杉吉」
「うるさいんじゃっ!!」
ヘラヘラ男こと杉吉のチームが不協和音で揺れている。
そのことに苛立ちを隠そうともしない杉吉が吠えて睨みをきかせると奴の仲間たちは黙り込んだ。
「もう、ええっ。じかにアイツらいてまうぞ!」
誰も異論を唱えないがビクビクして及び腰なのは見え見えである。
この調子なら杉吉が目を離した隙に逃亡する奴が出てきそうだ。
「ギッタギタにしたるっ」
息巻いているのは杉吉1人のみ。
奴の補佐的ポジションにいると言われている小田も今回ばかりはついて行けないようだ。
周囲から見ると杉吉だけが完全に浮いている。
当の本人はヒートアップしているせいで、まったく気付いちゃいないがね。
読んでくれてありがとう。
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