89 遠征ふたたび・2ndの末路とその後
「今回の事故でULJが責任問題を問われたらどうなると思う?」
そう問いかけられて、ようやく何が言いたいのか理解した。
「経営が傾きかねないな」
施設の管理責任を糾弾されて各所で炎上すれば経営危機に陥りかねない。
「そこでだ。弱いダンジョンコアに置き換えてダンジョンを残す」
「ええーっ、そんなことしたら危ないよ!?」
英花の大胆とも言えるアイデアに真利が仰天しているが無理もない。
近くにあるULJダンジョンのように周囲と隔離された場所ではないのが厄介だ。
工場や商業施設なら移転すれば片付く話だけど、ここは老若男女が集まる遊戯施設の真下だからね。
「ダンジョンから魔物が出てくるのはスタンピードの時だけだ。それも予兆はある」
英花は真利ほど心配はしていないようだな。
ダンジョンに入る資格のない一般人が入り込めないようにさえしておけば事足りるという考えか。
「ここを弱体化させた状態で残せば責任を追及されるのは避けられるだろう」
ダンジョンを消滅させれば痕跡も残らないからなぁ。
その場合は運営会社の管理ミスとして各方面から追及されることになるはず。
被害者なのに加害者として見られてしまうなど哀れと言うほかない。
そう考えるとULJが営業できなくなる恐れもある訳で、行き着く先は大量の失業者が出てしまう未来である。
「敷地内にダンジョンができたことで安全面を危惧されそうだけど大丈夫かなぁ」
真利はまだまだ不安が拭いきれないようだ。
「加害者として責められるより被害者として見られる方が危機は乗り切りやすいはずだ。その後のことまでは知らない」
俺たちが関わったことで倒産でもされたら寝覚めが悪いから消滅はなしにするという考えだが、ダンジョンが残ったことについてまでは関知しないという訳だ。
何から何まで面倒を見るようなのは違うよな。
敷地内にダンジョンができたのは俺たちのせいじゃないし。
それは運が悪かっただけのことだ。
まあ、おそらくだけど悪い流れにはならないと思う。
天変地異が起きた頃と違ってダンジョンが新規にできるのは割と珍しいことだが、世界中にダンジョンがあることから人々は慣れている。
よその国のことまでは知らないが日本では理解がある反応をされることが多いようだ。
今回の一件も命に関わるような怪我をした人はいなかったようだし。
同情されることはあっても批判一辺倒になることはないだろう。
何にでも噛みつく輩はいるので、うるさく言う者が皆無とは言わないが。
「安全と経済のバランスを考えると英花の意見の方が建設的だと思うがな」
「そっかー。いまダンジョンが無くなっちゃうと従業員さんたちを路頭に迷わせちゃうかもしれないんだよね」
どうやら真利も納得してくれたようだ。
「でも、ダンジョンコアを入れ替えるって難しくないの?」
「そんなことはない」
真利の疑問を否定する英花。
「まずはダンジョンコアの魔力を周囲から切り離す」
言いながら英花が言葉通りのことを実行する。
「えーっ、それだとダンジョンが消滅しちゃうよ?」
真利がアタフタしているが慌てなければならないような話でもない。
ダンジョン内に残った魔力が抜けていくのに合わせて徐々に消滅していくからだ。
強制的に魔力を排出させた場合はその限りではないが。
「完全に消滅するまでタイムラグがあるだろう」
英花もそれを理解しているので落ち着いている。
「あっ! その間に入れ替える方のコアと接続させるんだ」
「その通り」
次元収納から引っ張り出した小さめのダンジョンコアをここのダンジョンに接続させる。
内包した魔力を排出させてダンジョンの魔力に馴染ませるだけの簡単なお仕事です。
ものの数十秒で接続は完了した。
「最初から掌握状態なんだね」
「当然だろ。魔力を制御して接続させたんだから」
それはつまりダンジョンコアを掌握していることを意味する。
こんなことは英花がダンジョンコアを制御している時点で気付いて当然のことなんだが。
「あっ、そっか」
「まったく……」
真利の天然ぶりに思わず嘆息させられてしまう。
こればっかりは昔から治らないんだよな。
忘れた頃に天然ボケをかましてくれるから心の準備もままならないし。
「涼成」
ガックリきているところに英花から呼ばれた。
「どうした?」
「ここのダンジョンの構成をどうしたものかと思ってな」
あー、フィールドダンジョンに出没するような魔物ばかりがリストアップされているのか。
一部がそうであるなら問題はないんだが全部となるとさすがに不自然ではあるね。
「まず、メガワームを入れておこうか」
メガワームは全長1メートルほどの巨大ミミズだ。
ただし、普通のミミズより胴が太いのでミミズっぽく見えなかったりする。
「あれをか?」
嫌そうな顔をする英花。
まあ、見た目は気持ち悪いよな。
おまけにドロップアイテムに謎肉があるから気持ち悪さは倍増だ。
味も微妙だし。
魔石も質は良くないし、他のドロップアイテムはというと肥料しかない。
冒険者は敬遠したがるだろう。
「あれは攻撃力こそ低いが初心者が倒すには苦労するぞ」
それくらいにはタフな魔物だ。
非武装の一般人には充分な脅威と言えるだろう。
「万が一を考えたときに逃げやすいだろ」
「そういうことか。ならば頭突きウサギやマッドボアは除外だな」
英花も納得してくれたようだ。
「なら、次。ジャイアントバット」
全長1メートルほどのコウモリだが血は吸わないタイプだ。
コイツは飛ぶことができるものの遅いので逃げやすいはずである。
一応、牙で攻撃してくるが攻撃力は高くないため初心者向けだが冒険者からの人気は低い。
低品質な魔石以外のドロップアイテムが黒革だけだからね。
実入り的に美味しくない相手と言えよう。
「冒険者が集まらなくなるぞ」
見事にキモい系だけで儲かる訳でもないから指摘通りになるであろうという自覚はあるのだが。
「弱くて足が遅いのはなかなかいないんだよ」
そういう事情があるのだ。
「無理して限定する必要はないだろう」
英花の言う通りかもしれない。
という訳で残りは弱いが素材がそこそこ需要のある魔物にしておいた。
頭突きウサギがリストに復活したのは言うまでもない。
リストをあーでもないこーでもないと相談しながら作成しダンジョンを再起動させる。
これで危険度の高い魔物はポップしなくなった訳だ。
「問題はまだあるんだよなぁ」
「何っ!?」
聞き捨てならないとばかりに英花が反応した。
「いや、これは俺がそう思ってるだけ。世間的には何の問題もないよ」
そう説明すると困惑の表情を浮かべる。
詳細を説明しないわけにはいかないらしい。
ここの名前のことだから、そんな複雑な話でもないんだけどな。
「俺は勝手にULJダンジョン2ndとかネーミングしてたんだが……」
「アハハ。涼ちゃんは違う名前になったら違和感がーとか思ったんだね」
言い淀んだ俺のことを笑いながら、その先までズバリ言い当てる真利である。
「なるほどな。そこは受け入れて慣れるしかあるまい」
英花には苦笑されて終わりだった。
結局、勝手にネーミングしたULJダンジョン2ndで定着するのだが。
この時の俺たちには知る由もないことであった。
読んでくれてありがとう。
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