88 遠征ふたたび・倒して終わりじゃない
結局、俺たちは無手でギガバイパーと戦った。
真利が使った魔力を対象内部で反響させて破壊する掌底技を全員で使ったからだ。
真利が実演した直後に俺たちも試してみたら、あっさり成功したのでね。
「見ただけでコピーするなんて信じらんないよぉ」
密かに時間をかけて練習していたらしい真利はブーたれていたけどさ。
気持ちはわからんでもないかな。
苦労して編み出した技がいとも容易く真似されたわけだから。
それも1人だけじゃなくて俺と英花と紬の3人ともが成功させたからねえ。
「そんなこと言われても俺は異世界で何年も戦ってきた経験があるからなぁ」
「私もだ。勇者だった頃のことは思い出すのも忌々しいが、糧となった経験が役立つなら利用する」
俺も英花も勇者として戦ってきたから実戦経験は豊富なんだよな。
日本へ帰還するために経験値は全部還元してしまったけど実体験したことは消しようがない。
それを元に真利の新技を真似すれば容易に再現できただけのこと。
真利が思っているほど複雑な技じゃないからね。
さすがに本人を前にして、それを言うのははばかられるけど。
英花もそれは同様なようで黙っている。
紬は元々無口だから指摘するはずもない。
そんな訳で全員が使えるなら特定の誰かがトドメを刺す方法は不採用ということになった。
ギガバイパーを新技で弱らせた上でタイミングと位置取りでいけると思った者が頭を潰すというのが新プランである。
「いつまでも膨れてるなよ」
「だぁってえ……」
真利はずっと唇を尖らせてむくれている。
「編み出したのは真利だというのは覆しようのない事実なんだ。それじゃ不満か」
「そんなことないよ」
などと言ってはいるが、言葉とは裏腹に唇は尖ったままだ。
子供かよ。
思わずツッコミを入れそうになったが、どうにか堪える。
さすがにこれを言ってしまうと真利が本格的に拗ねてしまいかねないからね。
「そこまで愛着があるのならば自分で命名してはどうだ」
ほとほと困っていると英花がそんな提案をしてきた。
その程度で機嫌が直るとは思えないんだがと懐疑的な目を向けてしまったのだが。
「いいのー?」
真利はパッと瞳を輝かせて、今までの不機嫌さがウソのように上機嫌になっていた。
ウソだろ……
「何処に反対する理由がある? それとも我々に決めてほしいか?」
苦笑する英花にブルブルと頭を振って自らの意思を強く伝えてくる真利。
「じゃあ、魔響掌と魔勁だとどっちがいいと思う?」
ちゃっかり候補は用意していたんだな。
「どっちでもいいじゃないか。好きな方にすればいい」
「えーっ、涼ちゃん冷たぁい」
知らんがな。
俺の中の謎の関西人がすかさずツッコミを入れていた。
正直に言わせてもらうと俺は技の名前などに興味はないのだ。
どっちになっても厨二病くさいとしか思えない、とはさすがに言えないけれど。
「真利よ、人の意見を参考にする時点で自分で決めたことにはならないのではないか」
英花がもっともな指摘をした。
「うっ」
たじろぎ固まってしまう真利。
「悩むんだったら後でじっくり考えろ。今はギガバイパーだ」
そう。のんびり油を売っている場合ではないのだ。
今は新技と呼べばいい。
そうそう新しい技がポコポコ出てくるとは思えないしな。
「うー、後でも決める自信が無いよぉ」
そこまでは知らん。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
「まずは心臓っ!」
ギガバイパーが鎌首をもたげたところで懐に入って真利の新技を炸裂させた。
ヘビの魔物はダメージを受けても鳴かないようで仰け反るのみである。
だが、少なくないダメージを受けたのは見て取れる。
「まだまだぁ!」
真利がさらに下の部分に手をついて新技を使うと同時に伸身宙返りの要領でギガバイパーを飛び越えた。
あの位置だと肝臓があるあたりか。
心臓だけでなく肝臓も破裂したとなると動きは大幅に鈍るだろう。
いかに魔石が心臓の代わりを務めることが可能な魔物とはいえ大ダメージなのは明白だからね。
それでもギガバイパーは戦うことが己の義務であるかのように、ぐぐっと鎌首をもたげ戦意をあらわにした。
さすがはしつこさに定評のある魔物だ。
だが、すでに弱々しさが感じられるほど体をプルプルと震わせている。
機敏な動きはすでにできなくなっているのは誰の目にも明らか。
これを見逃す手はないだろう。
今こそ頭を新技で潰す時だとは思ったものの、奴が鎌首をもたげたことで掌底が撃ち込みにくくなっている。
どうしたものかと攻めあぐねていると高く跳躍する人影があった。
そのシルエットには狼の耳と尻尾がある。
「行けえっ、紬ちゃん!」
言うまでもなく、その正体は紬だ。
紬も真利のように腕だけでなく全身を伸ばす宙返りで掌底の新技を叩き込む。
ふわっと紬が着地するよりも先に地響きを立ててギガバイパーが地に伏した。
続いて紬がフワリと着地。
ひねりを加えて半回転していたのでギガバイパーに背を向けたりはしていない。
油断ならない相手だからな。
万が一にもトドメを差し切れていなければ反撃を受けかねない。
案の定、奴はブルブルと体を震わせている。
まだ死んでいない。
「えっ、あれでまだ動けるの!?」
驚愕する真利。
だが、俺や英花は油断なく隙をうかがう。
首を切り落としていないからね。
これくらいはあり得ると思っていたよ。
奴のしつこさは異世界で散々見てきたさ。
ただ、さすがに反撃に転じるために体を動かすことはできないようだ。
「今から首を切り落とすまでもないか」
そう言った英花に対してギガバイパーは毒液を水鉄砲のように拭きだしてきた。
「無駄だ」
英花が瞬時に反応して魔法で毒液を凍らせる。
氷の塊となって急減速したそれは英花には届かず落下。
地面に落ちても割れて飛散するということはないようだ。
さすがのギガバイパーも抵抗はそこまでだった。
最後の力を振り絞って毒液を飛ばしてきたのだろう。
力尽きドロップアイテムを残して消えていった。
「なんか呆気なかったね」
「勘違いするなよ」
「もちろんだよ。3発も食らってあちこちズタズタのはずなのに動けたもん」
それがわかっているなら真利も油断はしないだろう。
もっとも、このULJダンジョン2ndは潰してしまうので再びここで奴と相見えることはないのだけれど。
それでも真利の糧になったはず。
修羅場としては甘い方だとは思うけど、その経験はゼロではない。
いつか役立つ日が来るかもね。
「さて、後はダンジョンを消滅させるだけか」
「それなんだが、涼成」
英花がストップをかけてきた。
今更のことに驚きを禁じ得ない。
「少し細工をしないか」
「細工だって?」
「大阪に来る前に潰したダンジョンのコアがあるだろう」
「ああ、リアへの土産になるだろうな」
「それをここのものと入れ替えないか」
「なにっ?」
「もう呪われてはいないだろう」
「そりゃそうだが」
英花の意図が読み取れない。
何もそんな面倒なことをしなくてもと思うのだが。
読んでくれてありがとう。
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