82 遠征ふたたび・晩ご飯で交流します
結局、地元冒険者たちと晩ご飯の席を共にすることとなった。
やはり英花が言ったおごりというのが大きいようだ。
地元冒険者たちもタダ飯と言うことで盛り上がっていた中、不意に俺の袖がくいくいと引っ張られた。
これは真利だな。
そちらに振り返ると内緒話をするように口に手を当てて話しかけてきた。
「今日はフグだよ」
ボソボソと俺にだけ聞こえる声で言ったけど主張としては強い。
前々から楽しみにして色々と調べていたからなぁ。
おまけに人見知りを発動しながらも言ってくるくらいだから推して知るべしだろう。
ただ、懸念材料はある。
「英花がおごりってことにしてしまったけど?」
フグでおごりとか結構な値段になるような気がするのだが。
ダンジョンで稼ぐようになったから英花も支払えるとは思うものの痛い出費になるのは間違いないはず。
「白梅庵に行くんだから」
再びボソボソと喋った真利によって行く店まで指定されてしまった。
「英花の負担にならないか?」
「それくらい私が払うよ」
真利にしては珍しい強気の発言である。
よほど、その店でフグを食べたいんだな。
そうなると後は英花に確認を取る必要がある。
「英花」
「どうした、涼成?」
地元冒険者たちと雑談していた英花が振り返る。
「真利が行きたい店があるから支払いは任せろだってさ」
「そうなのか?」
英花の問いに真利は無言でうなずいた。
「それはすまないな。で、何という店なんだ?」
「白梅庵だったか?」
俺が店名が正しいか確認すべく聞くと、やはり真利は無言でうなずく。
「白梅庵やったら自分知ってますわ」
「ここから近いのか?」
「徒歩で10分かからんくらいとちゃうかなぁ」
「じゃあ、歩きだな。案内頼むよ」
「任せてえな」
という訳で店の場所を知っているという男に先導してもらうことになった。
道中も英花は地元冒険者たちと雑談しながら歩いている。
一方で真利は俺の隣で無言を貫いていた。
20人近くいる地元冒険者たちの誰1人として近寄ってこない。
誤解なのに完全に怖がられているな。
まあ、真利のメンタル面で考えるとその方が都合が良かったりするのだけど。
人見知りを克服するという話は何処に行ったと言われそうではあるが、苦手なものがそう簡単に克服できる訳はないのだ。
そうして到着した白梅庵は高級そうな料亭だった。
割と気軽に入れる割烹よりも敷居が高いのは間違いない。
「ホンマにここかいな」
「大阪で白梅庵ゆうたらここしかないで」
「お前入ったことあるんか」
「なんでやねん。ある訳ないやんけ。お前らと同じだけの稼ぎしかないんやぞ」
「そら、そうや」
店の前まで来たところで地元冒険者たちは即興で漫才を始めて誤魔化すほどビビっていたけど無理もない。
俺も真利がスポンサーでなければ腰が引けていたと思う。
にもかかわらず真利がスタスタと入っていった。
「うおー、男前な姉さんやなぁ」
「さすがレッドバイソンの小田をひと睨みで黙らせただけあるわ」
「惚れてまうやろー」
「バカなこと言ってないで入るぞ、諸君」
英花が促して皆が続々と入っていく。
大阪の一等地に店を構えているのに庭とかあるんだよな。
「普通こういう店は完全予約制とちゃうんか?」
「アカンねやったら他の店に行ったらええだけやん」
「ワイらはついて行くだけや」
「スポンサーの姉さんが入り口のとこで待っとるがな」
「すっごい顔で睨んでるわ。急げっ」
軽く駆け足で入り口前に集まり整列。
これで防具や武器を装備したままだったら物々しい雰囲気になっていたことだろう。
そのあたりは冒険者組合の事務所に設置してある貸しロッカーを利用したので問題ない。
全員がそろった後は英花が先頭で中に入る。
「いらっしゃいませ」
着物を着た女性が応対してくれるようだ。
女将さんなのかな。
こういう店を利用したことないからわからん。
そういうことにしておこう。
「21人いるが大丈夫だろうか」
改めて聞くと無茶な人数だと思う。
にもかかわらず女将さんがにこやかに応対してくれた。
「はい、問題ございませんよ」
女将さんの話によると観光客をメインの客層にしている店とのことだ。
ちょうど事故か何かで当日キャンセルが出たのだという。
それで予約なしでも入れたんだな。
客席に案内されてフグのコース料理を注文することしばし。
料理が運ばれてくる。
「ホンマおおきに」
「「「「「ゴチになります」」」」」
地元冒険者の代表者らしい男が礼を言うと、残りの面子がいっせいに頭を下げた。
ノリでやっているのかマジなのかがつかめなくて返しをどうすればいいのか戸惑うところだ。
「気にしないでくれ」
苦笑しながら英花が応じてくれたが。
「いや、気にしまっせ」
「こんな高そうなとこ、入ったことありませんわ」
「せや。てっさなんて食うたことあらへん」
「てっさだけやあらへん。てっちりもや」
並んだフグの刺身と鍋を初めとする料理を前に恐縮する一同。
これならカニの方がもう少し砕けた感じになったかもしれないな。
ただ、今日は真利のリクエストでフグと決まったのでどうしようもない。
それ以前に料理が並んでいる時点でドタキャンするなど非常識にも程がある。
「晩ご飯のスポンサー様が自分の食べたいものを選んだ結果だから心配無用だよ」
というより誰も箸をつけないせいで真利がお預けをくらっている。
先に食べればいいのにとは思わない。
これだけの人数で集まっている中で自分が真っ先に食事を始めるのは目立つからね。
人見知りの真利にはハードルが高い。
それでいて食べたいものを食べられないことでストレスが蓄積していってる。
機嫌を損ねるのは勘弁願いたい。
とはいえ向こうにしてみれば俺たちが食べないと遠慮してしまうのは仕方のないところか。
しょうがないので英花と視線を交わして俺たちから食べることにする。
それでようやく冒険者たちの箸も動き始めた。
徐々にかしこまった雰囲気もほぐれていき、気がつけば真利も気配を消しながら黙々とフグ料理を食べていた。
これで一安心。
真利に関わろうとする者もいない。
スポンサーを怒らせるのはマズいと思っているのかもな。
代わりと言っては何だけど英花が地元冒険者たちとあれこれ話をしている。
梅田以外のダンジョンについてとかオススメの観光スポットとか。
俺も隣に座った冒険者と話をする。
こっちの地元のことを聞かれたりしたなぁ。
「へえ~、隠し扉なんてあるんやぁ」
「えっ、マジで!? 他のダンジョンでもあるんやろか」
「無いとは言えないな。ただ、地元のダンジョンはそれで難易度が上がったから注意が必要だ」
「ええことばっかりちゃうっちゅうことやな」
「もし梅ダンで見つけても深入りはせん方がええやろ」
「他の皆にも教えとくわ」
慎重派なだけでなく情報共有も怠らないあたり横のつながりもしっかりしているようだ。
それもあって内海氏たちを困らせている専属契約からも抜けられないのかもね。
まあ、ここで俺が口出ししても良い方向へ変わるとも思えない。
しばらくは様子見しておこう。
読んでくれてありがとう。
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