80 遠征ふたたび・思っていたより広いかも
不意に電話がかかってきた。
だが、俺たちのものではなくチンピラ風冒険者の1人であるヘラヘラ男のもののようだ。
急に真顔になったヘラヘラ男が慌てた様子で通路の端へ行きコソコソした様子で電話に出る。
電話の相手は奴にとって頭の上がらない相手らしい。
しかも向こうは相当お冠らしくヘラヘラ男がヘコヘコ男になっていた。
ヘラヘラ男は安売りするかのように小声で「はい」を連発しながら何度も頭を下げている。
合間に言い訳じみたことを言っていたが、要するにライブ配信されていることを気付かぬまま調子に乗っていたことを叱責されているのだろう。
そうなるように仕向けたんだけどね。
構っていられないので俺たちはダンジョンの入り口へと向かう。
道を塞いでいた奴らは英花が無言で軽く殺気を放つと頬を引きつらせビクビクしながら脇に避けた。
そのまま通り過ぎるが追ってくる様子はなさそうだ。
まずは第1関門突破といったところかな。
ドロップアイテムを納品するまでは油断できないからね。
次は、そのタイミングかな。
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「あー、緊張した~」
ダンジョンに入って内側から音を漏らさないいつもの結界を構築したところで真利が盛大に息を吐き漏らした。
「でも、黙って立っているだけならできただろ」
「簡単に言わないでよぉ、涼ちゃん」
頬を膨らませて怒る真利だが幻影の魔法がキレた今は少しも怖くない。
「いつバレるかって冷や冷やしてたんだからねっ」
「そのおかげで幻の怒り顔に迫力が増したのだから何が幸いするかわからないものだ」
クスクスと英花が笑う。
「もぉう、笑い事じゃないよぉ」
笑われた本人はなかなか心の平穏を取り戻せない様子だけど。
「あまり気を緩めてもいられないぞ。ここはもうダンジョンなんだ」
まだだま入り口付近だがすでに魔物が出てくる領域ということを忘れてはいけない。
「うん、そうだね」
真利が返事をしてうなずく。
英花も表情を引き締めた。
切り替えがスムーズなのは慣れか、それとも人でごった返しているからか。
なんにせよ通路が広いタイプのダンジョンで良かったよ。
すれ違いに気を遣う必要がないのは後々の疲労度に影響してくるし。
開けた場所も多く他のダンジョンとは印象が明らかに違う。
そういう場所では複数のチームがバラバラにオーク狩りをしている姿も見受けられた。
入り口付近はね。
奥へ向かうほど開けた空間が減っていき通路は迷路のように入り組んでいく。
「さすがは難関と言われるだけあるな。初心者じゃ絶対に迷うぞ、これ」
「いや、初心者でなくても初めてだと迷うだろう」
英花の見立ての方が正確だな。
現にベテランでも迷うとネットでは評判だし実際に入ってみてそれが事実であると感じている。
まあ、俺たちには関係ないんだけど。
「地図作成のスキルがなかったら私たちも迷ってたね」
という訳だ。
俺や英花は異世界のダンジョンで使いこなしてきたから頭の中でオートマッピングできているし。
真利もダンジョンを巡ってきてスキルを鍛えてきたので俺たちとはぐれても迷うことはないだろう。
いざとなればミケもいるので合流するのは難しくない。
そのミケはダンジョンコアを探してもらっているのでここにはいないのだけど。
広いと言われているだけあって俺たちがあちこち回っても戻ってくる気配がない。
フィールドダンジョンならひたすら奥へ進めばいいだけなんだけどなぁ。
迷宮型のダンジョンはこういうところが面倒だ。
もしかすると、いつぞやのように隠し通路とかもあるのかもしれない。
そんなことを考えていると──
『ただいま戻りましたニャン!』
ミケがシュバッと霊体モードで帰参した。
『申し訳ございませんニャ。まだ時間がかかりそうですニャー』
時間がかかるこをと懸念して途中で戻ってきたのか。
思った以上に広いんだな。
あまり遅くなると英花がイライラしたり真利が心配したりするかもしれないから良い判断だと思う。
え、俺はどうなんだって? 俺は2人の間くらいじゃないかな。
「もう一度行くのか」
『今日のところは行きませんニャ』
英花の問いにミケはノーと答える。
『調べてきた範囲で御案内しますニャー』
「稼げる場所を見つけてきた訳か」
『そうとも言えますニャ』
部分的な肯定とは微妙な返事だ。
「どういうことだ」
英花がいぶかるのも当然というもの。
『放置するとヤバそうな湧き部屋をいくつか発見しましたニャ』
「湧き部屋か……」
そう呟き、しばし考え込む英花。
放置した場合のリスクがどれほどになるか考えているのだろう。
まあ、スタンピードにはならなくてもダンジョンに潜っている冒険者の被害が大幅に増すくらいはあると思う。
湧き部屋のキャパを越えると、いっせいに外へ吐き出され一時的に魔物との遭遇頻度が上がってしまうのだ。
梅田が初心者お断りのダンジョンである理由の一端でもあるな。
「適当に間引くくらいにしておいた方が良いかもな」
英花がそんな風に結論を出した。
「その心は?」
「すべて潰せば明らかに湧き部屋の周期が変わってしまうだろう」
「ダンジョン内の魔物が増加するタイミングがずれると被害が拡大するかもしれないと?」
「そういうことだな」
被害を減らすつもりで湧き部屋の魔物を全滅させて回っても、いずれ魔物があふれることになる。
それは湧き部屋が飽和するタイミングがずれることでもある訳で。
もし、それを計算に入れて活動している冒険者たちが多ければ悲惨な結果になりかねない。
冒険者組合ではそういうアナウンスはしていなかったが、それはダンジョンがパターン通りに読めるような存在ではないと理解しているからだろう。
パターンですべてが推し量れるならスタンピードだって予知できてしまう。
あれは予兆があっても、いつ起きるか読めないからね。
とはいえ、地元の冒険者たちが油断して大幅に減るようなことがあると面倒だ。
もしも俺たちの仕業だと知られるようなことがあれば厄介ごとに巻き込まれる恐れもある。
冒険者は自己責任が原則だけど難癖をつけてくる輩にものの道理などわかろうはずもないのだし。
「だったらあふれそうな所だけ潰すか。それならタイミングも大きくは変わらないだろう」
「ふむ、そうだな。それでいいか、真利」
「なんでもいいよー」
「ミケ、そういう訳だから」
『心得ましたニャン。まずはこちらですニャー』
どうやら複数の湧き部屋があふれそうになっているようだ。
「ほどほどのところで切り上げるぞ。明日もあるから根を詰めなくてもいいんだし」
『アイアイサーですニャ』
フヨフヨと浮いたままビシッと敬礼して案内のために先行するミケ。
もはや見慣れてしまったが普通に考えると異様な光景だよな。
霊体化したミケを見ることができる人間がいれば、さぞかし驚くことだろう。
猫の霊が人を引き連れて移動しているんだから。
そんなたわいないことを考えながらも周囲の気配に気を配る。
それなりに奥の方に来たはずだけど人間どころか魔物の気配すら感じられない。
嫌な予感がするとかはないので、たまたま空白地帯に来てしまったのだろう。
『この先ですニャ』
湧き部屋らしく重厚な扉で閉ざされており、中の気配も感知できないように遮断されている。
霊体で壁抜けができるミケでなければ中の様子を見て出てくることはできないのだから結構な危険地帯なんだが、今の俺たちにはただの狩り場だ。
経験値とドロップアイテムをたんまりと稼がせてもらおうじゃないか。
読んでくれてありがとう。
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