8 ゾンビって本当に臭い
その日のうちに俺たちはゾンビ狩りを始めた。
あらかじめ千里眼のスキルでゾンビが数多くいる場所を探してから出向いたので効率的に経験値稼ぎができるはずだ。
アイツら何もないときの移動速度はカタツムリかよってくらい遅いからね。
一定以上の生命力を持った相手を見つけると急に素早くなるけど。
それでも弱体化した俺たちから見ても遅いと感じる程度でしかない。
やたらタフなのが厄介なだけだ。
そんな訳で現場に到着。
木の陰に隠れながら少し開けた場所に何十体といるゾンビを確認した。
「いるな」
「いるわね」
千里眼のスキルで索敵していたときとさほど変化した様子は見られない。
爺ちゃんの家で確認したときと異なることがあるとすれば周囲に腐臭が漂っていることだろう。
なかなかの悪臭だ。
これなら奴らが姿を隠しても即座に発見できる。
もっとも、連中が物陰に隠れるなどという知恵を働かせることはない。
脳みそまで腐ってるからさ。
冗談はさておき、後は奴らを打ち倒すのみである。
「行くぞ」
「了解」
英花と顔を見合わせうなずき合うと同時に俺たちは飛び出した。
間近にいたゾンビに向かって一気に距離を詰める。
間合いに踏み込んだ瞬間に後悔した。
もひとつ臭くなっていたからだ。
だが、躊躇っている場合ではない。
ゾンビの頭部を狙って正拳突きを繰り出した。
奴らがこれをかわせる訳もなく狙い違わず命中する訳だが。
「うっ」
腐りかけの柔らかい果実を叩き潰したかのような嫌な感触が拳から伝わってきた。
思わず顔をしかめてしまうが、ここで腰が引けると中途半端なことになるので歯を食いしばってゾンビを殴りきる。
その結果、爆散に近い形でゾンビの頭部を吹き飛ばすことになった。
派手に腐肉が飛び散っているが英花の方へ飛ばすようなヘマはしていない。
英花も俺と同じようにゾンビの頭を破砕したが俺の方にはゲル状の腐肉は飛んで来たりはしていない。
突きの勢いで前方へと吹き飛ばすことで被害を最小限にとどめた格好だ。
ただし己の拳は別である。
ゾンビの腐敗した体との接触は避けられないからね。
「くっさあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「鼻が曲がるううううううぅぅぅぅぅうぅぅぅぅぅぅ!!」
悲鳴を上げながらもゾンビを狩っていく。
臭いを消すために浄化の魔法を使えば楽になるのだけど。
それはこの場にいるゾンビを全滅させてからだ。
まだまだレベルが低いから魔力は節約しないとね。
そんな訳で激臭との戦いも同時に繰り広げている訳だ。
ちなみに蹴り技はなしで徹底している。
靴は言うまでもなく靴下やズボンまで汚しかねないせいで浄化の効率が悪くなるのでね。
「涼成ぇ、汚染肉が気持ち悪いよお」
これまで男前な態度だった英花が初めて泣き言を言ってきた。
「汚肉が耐えられないなら浄化していいぞ」
「ダメダメ。頑張るー」
決意の声は脱力気味ではあったが、ゾンビを殴り飛ばす拳は力強い。
中途半端に殴ると被害が拡大するのでね。
「やっぱり臭いよぉ」
決意はしても臭いものは臭い。
それでも次々とゾンビを撃破していく英花。
もちろん俺も傍観している訳ではなく同じようにゾンビの頭を潰しにかかっている。
「俺も臭いと思うよ」
英花の言葉に同意しながら目の前に来たゾンビに拳をお見舞いした。
頭が吹っ飛んだゾンビが地面に倒れ伏すまでの間に次のターゲットを選定する。
「鼻が曲がったら臭いなんてしないんじゃないのかい」
英花がそんな軽口を叩いてきた。
少しでも気を紛らわせないとやってられないというところか。
「いっそ本当に曲がってくれた方がいいかもな」
「かもね」
なんてやり取りができたのも最初の数体を倒したところまでだった。
どんなに完璧だと思っていても目論見通りにはいかないのが現実というものである。
確かにゾンビどもは腐臭さえなければタフなだけで鈍重なカモと言っていい。
向こうの攻撃も動き回っていれば、まず当たらないしな。
しかしながら俺たちには大きな見落としがあった。
俺たち自身が大幅にレベルダウンしているということを。
部分的には理解していたんだよ。
組み手をした結果、どのくらいでスタミナ切れを起こすのかとか基本的な攻撃力やスピードなんかはね。
「うわあっ!」
「なんだ、どうした、涼成!?」
「ゾンビ同士が衝突して腐肉が飛んで来たぁっ」
ちょうど2体が同時に俺に襲いかかってきたことで双方の肩が激しくぶつかって、ね。
液状化した肉片が散弾のように飛んできたのは想定外もいいところだった。
飛び散る汚い飛沫までスローになる訳ではない。
フェイントも同然だし今の俺にこれをすべて回避するなど不可能。
レベルが下がっていなければ話は別だが、それは無理な相談だ。
そして、ゾンビがまだまだ残っている現状は同じことが起こりうる訳で。
「ギャーッ!」
英花がおよそ女子らしからぬ悲鳴を上げた。
「汚い散弾か?」
今度は英花の方で汚い散弾が飛んだようだ。
「そうだよ。シャレになってなぁいっ!」
俺と同じように上半身の服にいくつもの染みがついている。
汚いだけならともかく、少量でも臭いったらありゃしないっての。
おかげで距離を取って仕切り直すこともできなくなった。
集中していれば簡単なこともミスが増え、そこから先はグダグダという有様。
結局、最後のゾンビを仕留めきる頃には俺も英花もドロドロに汚れる結果となった。
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「酷い目にあった」
「まったくだ」
俺たちは、ぼやきながら魔法で体に付着した激臭漂う汚れを浄化していった。
入念に浄化することしばし。
「どうだ?」
英花に問いかける。
「ダメだ。まだ臭いが残っている」
拳は言うに及ばず髪も含め全身を浄化をしたはずなのに腐肉の臭いが取れない。
汚れは何処についていたのかわからないほど落ちているというのに恐ろしいものだ。
「俺もだ。ここまで浄化しても臭いが消えないなんてヤバすぎだろ」
「これでレベルアップしなかったら発狂ものだったな」
「まったくだ」
英花の言葉に同意するに留まったが正直なところ俺1人だったら喚いていたと思う。
相棒がいるっていうのはありがたいね。
どうにか正気を保てているんだから。
「今後の方針を修正する必要があるな」
「ああ。少なくとも今回と同じ規模の群れと戦うのはまともな武器を手に入れてからだ」
俺もその提案には賛成だ。
その場合は数十体を超えるゾンビどもと戦うのはかなり先の話となるだろう。
「俺の方は、あと10回くらいレベルアップしないとダメかもしれない」
そのくらいまで初期装備を使っていたからというだけの薄い根拠なので違う可能性も充分に考えられるが。
「兵士長だろう」
「え?」
「召喚間もない頃に訓練を監督していたいけ好かない中年親父がいただろう」
「あー、いたなぁ」
確かに英花の言う特徴の男がいた。
でもって役職は兵士長だったのも間違いない。
「私が召喚されたときも同じ男が初めの頃の訓練を担当していた」
つまり同じオッサンが代々の勇者を訓練をしていたってことか。
勇者を魔王に変貌させるループを続けていた召喚者たちにとっては召喚のたびに役割を変えるのは面倒なんだろう。
奴には「道具に頼るな」とか言われて、ずっと安っぽい青銅剣しか使わせてもらえなかったんだよな。
今となっては柔い青銅剣でも喉から手が出るほど欲しくて仕方がないのだけど。
読んでくれてありがとう。
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