79 遠征ふたたび・魔王様はお怒りです
「ひとつ大きな問題がある」
英花が鋭い視線を総支配人の内海氏に向けた。
「何でしょうか」
「我々はいつまでもここに滞在するわけではないということだ」
食材の確保する量が限られていることも問題だが、そこはあえてスルーしているみたいだね。
「はい。それは重々承知しております」
「では何故に焼け石に水のような策を使うのか」
根本的に解決する手を打たねば問題は残ったままだと言いたいようだ。
「焼け石に水ではございませんよ」
「何っ?」
内海氏の返事に英花が訝しがる。
この様子だと内海氏は色々と手は打っているようだ。
「お願いは最後の詰めだと思っていただければよろしいかと」
「意味がわからんのだが」
英花が困惑の度合いを深めているな。
「実は水面下で地元の冒険者の方々にはお声がけしているのです」
そこから先の話も聞いてみる。
内海氏の話によると、根気よく冒険者と接触し続けたことで例の契約書の写しを手に入れることができたそうだ。
それを弁護士に見てもらったところ色々とアウトなので一方的に契約を破棄して問題なしとのお墨付きを得ているのだとか。
法律のことはよくわからないが専門家が言うなら間違いないのだろう。
問題は誰が契約破棄の先鞭をつけるか。
自分からだと恨まれそうだから真っ先に破棄するのは勘弁してほしいと尻込みする者たちばかりなのだそうだ。
「我々は契約していない。それでどうやって契約した冒険者たちの先駆けになるというのか」
英花の言うことはもっともだ。
矛盾しているかどうかではなく脈絡がないのだから。
俺たちが組合でドロップアイテムを納品しただけで契約破棄と同じ効果があるとは思えない。
「向こうは必ず契約を持ちかけてきます。それを断っていただければ充分です」
内海氏はそう言うが、英花の表情は渋く納得しているようには見えない。
やるからには確実な効果を期待するからだろうな。
「今まで断るに断れず契約してきた方々ばかりですので実力のある方が断るだけでも大きな話題になります」
「我々が目を引けば契約した者たちも逃げやすくなる、か」
つまりは囮だな。
普通は囮になれと言われれば機嫌が悪くなりそうなものだけど英花は納得したようで渋面が薄らいでいく。
ただ、今の話は想定通りに進んだ場合のことだ。
向こうに睨みをきかせる強い冒険者がいると思惑通りには進まないことも考えられる。
そんな訳で気になったことを聞いてみることにした。
「このあたりは上級以上の冒険者はいないんですか」
「いませんね。梅田は難易度が高めと言われていますので無理をしない人が多いのです」
確か入り口近くからオークが出てくるんだったか。
オークを倒せるなら中級相当と言われているから初心者お断りと言って差し支えないだろう。
他のダンジョンで実力をつけて梅田で稼ぐというのが地元のパターンだそうだ。
「奥の方に進めるチームはいますか」
「それなりにはいるかと。入り口付近ではなかなか稼げないという話ですから」
そりゃそうか。
有名なダンジョンで稼げると評判なら人も集まる。
奥に進まない限りは他のチームと獲物の取り合いということになるだろう。
俺たちも入り口ではなく奥の方で戦うべきだな。
でないと地元の冒険者たちと揉めてしまうことも考えられる。
どのみちダンジョンコアの掌握も視野に入れているし何も不都合はない。
ダンジョンの攻略そのものは何とかなるだろう。
考えられる難点は妨害を視野に入れなければならないということか。
契約を断ればきっとそうなる。
英花もそれは織り込み済みだろう。
それでもやる気になっている。
汚い連中がいることに腹を立てているのは明らかだからね。
真利もそういうのは嫌うから、わざわざ確認するまでもない。
先程からフンスフンスと鼻息を荒くしてやる気になっているし。
問題は観光をしているときに向こうが罠にはめようとしてくることか。
暴力沙汰に巻き込んで警察に逮捕させるよう仕組んでくるとかはありがちな話だ。
あるいは飲食店で毒でも仕込んでくるとかも考慮しておいた方がいいかもしれない。
その後も内海氏と話を続けて得られるだけの情報を確保した。
後は実際に梅田ダンジョンに向かうだけだ。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
梅田ダンジョンの受付で入場登録を済ませ入り口へと向かう。
そこへ進路を塞ぐ形で強引な割り込みをしてくる冒険者チームの一団がいた。
ずいぶんとマナーの悪い連中だ。
「なあなあ、アンタらよそから来たんやろ」
そのうちの1人が馴れ馴れしく声をかけてきた。
「どけ、邪魔だ」
魔王様は機嫌が悪いね。
「うっわぁー、怖いお人やなぁ」
ヘラヘラしながら言っているから本気でそう思っている訳ではないだろう。
「よそから来たんやったら、ええ儲け話があるねん。どないや?」
手に持った紙をヒラヒラさせながら言ってきた。
もっと雑談でこちらの気を引いてくるのかと思ったが話が早いな。
関西人はせっかちだと聞いていたが、なるほど納得である。
「不要だ」
「アンタら上級の冒険者やろ。絶対損はさせへんて」
「不要だ」
「ええやん、そないなこと言わんと話だけでも聞いてえなぁ」
「聞くつもりはない。どけ」
「つれないなぁ。ドロップアイテムを高価で買い取りしてくれる所を紹介するさかい」
にべも無く英花に断られてもめげないヘラヘラ男。
「何度も言わせるな、どけ」
「絶対儲かるから、なっなっ」
「そっちの姉ちゃんはどうや?」
ヘラヘラ男が苦戦していることで奴の仲間が真利に声をかけてきた。
が、真利は黙ったまま鬼の形相でジロリと睨み返す。
180センチの背丈がある真利に見下ろされながら睨まれた男は、うっと短くうなって黙ってしまった。
いつも通りの真利であれば、こうはいかないのだけどね。
内海氏から情報を得ていたことで先に手を打っておいたのだ。
幻影の魔法で真利の表情をリアルタイムで変えられるようにしただけのお手軽さだから魔力もほとんど消耗しない。
問題は真利の姿勢や態度までは変えていないということだ。
そこは必死で頑張っている。
おかげで緊張感がハンパないことになっており怒気あふれる表情と噛み合ったのは誤算だったけどね。
それでも声をかけてきた奴を黙らせられたのだから結果オーライだろう。
「そっちの兄ちゃんはどない?」
別の男が俺に声をかけてきた。
「詐欺師の話は聞かないことにしている」
「ちょっ!」
まさか詐欺師呼ばわりされるとは思わなかったのだろう。
男が言葉に詰まってしまった。
「それと、うちの魔王様をあんまり怒らせないでくれ」
続けた俺の言葉にチンピラ風冒険者たちが呆気にとられたかと思うと、次の瞬間には爆笑し始めた。
「ギャハハハハ! 魔王様だってよ」
「ウヒャヒャヒャ。魔王って何だよぉ」
「うけるぅ~」
「きゃー、こわい、まおうさまぁ」
「助けてえ~」
「お許しをぅ~」
完全にからかう方向へシフトしたな。
ノリだけで生きているのか、コイツらは。
後先考えずに面白おかしく日々を過ごせればそれでいいって手合いのようだな。
だからこそ金で釣られて利用される走狗に成り果ててしまったのだろうけど。
哀れだとは思わない。
目先の欲に溺れず先々のことまで考えていれば違う選択もできたはずなのだ。
なんにせよ割と最初の方から注目を集めていたが今や衆目の的だ。
それにも気付いていない連中だから隠しカメラでライブ配信もしていることには気付かないだろう。
世界中に恥をさらしていると知ったらどうするのかな。
読んでくれてありがとう。
ブックマークと評価よろしくお願いします。