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78 遠征ふたたび・奇妙な頼み事

 大阪に到着した翌朝、俺たちはホテルのゲストラウンジで朝食を取っていた。

 ロビーラウンジと違ってテーブルの間隔が広めに取られており、ゆったりした雰囲気だ。 そして、この場に合うクラシック音楽が耳障りにならないような音量で流れている。


「ちょっと高めだけど、ここにして正解だったな」


「リサーチ頑張ったもんね」


 真利がフンスと鼻息を荒くして胸を張る。

 そのタイミングで俺たちの席に人影が差した。


「お褒めにあずかり光栄です」


 その人物は高級スーツに身を包んだ初老の紳士であった。

 見られていたと知って真利が赤面し小さくなる。


「申し訳ございません。近くまで来たところで聞こえてしまいましたので」


 深々とお辞儀して紳士が詫びる。


「あー、気にしないでください。彼女は人見知りなので……」


 そっとしておいてもらえると助かるという言葉を視線で送ると紳士が小さく会釈するようにうなずいてくれた。

 察しのいい人で助かるよ。


「私、総支配人の内海と申します」


 ピシッとした綺麗なお辞儀で自己紹介する紳士。

 これは俺たちに用があるってことなんだろう。

 でなければ早々に立ち去ったはずだからね。


「ご丁寧にどうも」


 俺が頭を下げると英花や真利も続いた。


「それで何か話があるんですよね」


 そう切り出すと総支配人の内海氏はちょっと困ったような顔を見せた。

 ただ、それも一瞬のこと。

 すぐに元の穏やかな紳士然とした表情に戻る。


「はい。実はお願いがあって参りました」


 意外な言葉に俺たちは3人で顔を見合わせる。


「確認させていただきたいのですが皆様は銀の冒険者でいらっしゃいますね」


 内海氏はどうやら上級冒険者に用があるようだ。

 どうして俺たちがそうであると知ったのかは難しくない。

 ホテルにチェックインするときに冒険者免許を提示したからだ。

 等級に応じて全国の様々な施設で割引サービスが受けられるとあっては利用しない手はないよね。


 朝食時に総支配人が来るということは昨日のうちに報告が上がっていたのだろう。

 到着した当日に押しかけてこないのは好感が持てるかな。

 サービス業としては当然の対応なのかもしれないけど。


「そうですよ」


 携帯している冒険者免許を提示した。


「ありがとうございます」


 礼を言った内海氏は一瞬だがホッとした表情をのぞかせた。


「冒険者としての自分たちに用があるということは何らかの依頼ですか」


 冒険者組合の方では推奨されていないが、組合を通さず個人や企業が依頼する場合があるという話はよく聞くことだ。

 まさか自分たちが、そういう直の依頼を持ちかけられるとは思わなかったけれど。


「いえ、依頼ではなく本当にお願いなのです」


「はあ」


 思わず間の抜けた声を漏らしてしまった。

 依頼だと思っていたのにお願い?

 契約書を交わすつもりがないということだろうか。

 さすがにそれは組合から物言いが入ることになりかねない。


「契約書を交わさない依頼は受けかねる」


 英花がピシッと突き放す感じで言った。


「もちろん依頼をする場合には契約書を交わさせていただきますが、今回の話はそういうことではないのです」


 内海氏の言葉に再び3人で顔を見合わせる。

 お願いというのは、冒険者割引を使ってホテルに泊まってくれるなとかか?

 あれは任意でありサービスを行っている旨を提示していない場合は利用できないはずだ。

 HPでもわかりやすく記載されていたしフロントでもサービスが受けられるマークが掲示されていた。

 今更そんなことを言ってくるとも思えない。


「お客様は梅田ダンジョンに入られますでしょうか」


「ええ、攻略と観光で半々といったところですけど」


 内海氏はウンウンとうなずいている。


「ではダンジョンでドロップアイテムを得た場合には是非ともギルドに納品していただきたいのです」


「ギルドに?」


 おかしなことを頼んでくるものだ。

 普通はそんなことを言われなくても冒険者組合で納品するものである。


「はい」


「それはすべてのドロップアイテムということだろうか」


 何か思いついたらしい英花が問う。


「いいえ」


 内海氏は頭を振った。


「ドロップアイテムはご自分で利用される方もいらっしゃると聞き及んでおります」


 食材の場合は持ち帰って食べることも多い。

 うちの場合は備蓄用にも回しているので持ち帰る分量が多かったりするけど。

 それ以外の場合は加工して利用するためだよな。

 武器や防具の素材にすることが多いと聞く。

 あとは素材をアクセサリーにしてネット販売している冒険者もいるらしい。


「可能な限りで構いませんので食材はギルドに納品していただけないでしょうか」


 食材オンリーか。

 別に構わないと思うけど英花や真利はどうだろう。

 そう思って2人を見たが不服はなさそうだ。


「いいですけど事情は聞かせてもらえますか」


 嫌な予感がするというか何も知らないままだと妙なトラブルに巻き込まれそうな気がするのだ。


「もちろんです。実は──」


 そうして聞いた話は実に厄介なものであった。

 梅田ダンジョンは高級食材をドロップする魔物が多く界隈のホテルではそれを大阪の名物として夕食などで提供していた。

 ここまでは良かったのだが、ライバルのホテルがほとんどの地元冒険者と専属契約をしてしまい独占したことでサービスが滞っているというのだ。


「それでギルドに納品してほしいというのは、どういう了見かな」


 英花が疑問を抱いたようで内海氏に問うた。

 俺たちからじかに買い付けないということは他の同じ目にあっているホテルと分け合う形になるのは確実だからね。

 価格は組合が抑えるはずだから高騰することはないとは思うけど量が確保できなくなるのは間違いない。


「ここで当ホテルが買い占めてしまえば大阪のホテル業界は秩序を失ってしまいかねません」


 黙っていればわからないとは言わない。

 情報なんて何処から漏れるかわかったもんじゃないからね。


「それに最初は皆で頑張ろうと知恵を出し合って考え出したプロジェクトなのです」


 聞けば天変地異があった年に観光業は何処とも致命的な打撃を受け復興に苦労したという。

 大阪でも廃業したホテルは少なくなかったそうで業界全体で話し合いの場を設け苦境を乗り越える案を募った。

 その結果、生まれたのがダンジョンの食材を調理して提供するダンジョンディナープロジェクトだったのだ。


「専属契約は抜け駆けに相当すると」


「左様でございます」


 英花も納得したようだ。


「でも、どうして抜け駆けするホテルが出たんですか」


 それが疑問なんだよな。

 皆で頑張ろうと励まし合っていた中で急に裏切るような真似をするのは何か裏があるんじゃなかろうか。


「あそこはプロジェクト立ち上げ時には、まだ開業していませんでしたから」


「一人勝ちを狙って後から参入してきたのか」


 言いながら苦々しい表情を見せる英花。

 内海氏がいなかったら吐き捨てる感じで言っていたことだろう。

 俺も似たような思いを抱いている。


 裏を取る必要はあると思うけど今のところは内海氏の頼み事を積極的に受けてもいいと思う。

 内海氏が何かしらの不正を働こうとしているようには見えないし。

 皆で前に進もうという意思が見て取れるのは好ましい。


 問題は向こうがどう動くかだろうな。

 英花の言うように一人勝ちを狙っているなら妨害くらいはされそうだ。


読んでくれてありがとう。

ブックマークと評価よろしくお願いします。


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