76 遠征ふたたび・近場で寄り道
梅田ダンジョン攻略のために大阪へ向かう日となった。
「今日は私が最初に運転するね」
そう言って真利が運転席に向かう。
前回の帰着時に運転していたのが英花だったので次は自分だと言いたいようだ。
別にリセットしてジャンケンで順番を決め直してもいいんだけどね。
ただ、真利のやる気に水を差すのも悪いかと思い直してスルーした。
助手席にはミケが乗り込んでいるので退屈はしないだろう。
それと居室から運転席に通じるドアも開けたままにしておけるように改造済みだ。
前回の俺のように寂しい思いをすることはないと思う。
そうなったのも行きの運転は俺が一番長かったからだったりする。
その反省もあって帰りはこまめに休憩を挟んで交代するようにした。
今回も同じようにする予定である。
最初は順調だった。
いつもは通らない道ではあったが新たに導入したナビは画面も大きく優秀だ。
「このナビ使いやすいねー」
御機嫌で運転している真利である。
「そうか、吟味した甲斐があった」
「ドラレコもいい感じ。後ろが見やすいよ」
ナビと同時にバックモニター付きのドライブレコーダーも買った甲斐があるというものだ。
「俺たちが運転するときが楽しみだな」
そう英花に話を振ったのだが。
「ん? ああ、そうだな」
何か様子がおかしい。
やや渋い表情をして心ここにあらずといった具合だ。
「どうした、何かあるか?」
「明確にこうと言えないんだが違和感がある」
英花の表情からすると良いものではなさそうだ。
警戒を強めた方がいいだろうか。
「ミケ、何か感じるか?」
こういう時に頼りになるのは自称忍者のケットシーであるミケだ。
「進行方向に嫌な感じのするダンジョンがありそうですニャ」
助手席に陣取っているミケは何か感知しているようだ。
英花は違和感として気付いていたみたいだけど俺は言われて初めて気がついた。
「近いのか」
「そうですニャ。このまま高速を走り続けていたら、あっという間に行きすぎてしまいますニャー」
「次で下りよう。ミケ、案内を頼む」
「お任せくださいですニャン」
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
「あの神社の斜面になったところですニャー」
境内へと至る階段脇に小さなフィールドダンジョンができているようだ。
木々に覆われているため脇にそれても目立ちはしないだろう。
「少し離れたところにコンビニがあるから、そこに停めるね」
そうしてキャンピングカーから降りて神社へと向かった。
「ガソリンスタンドに併設されてるコンビニで良かったな」
「駐車場が狭い所もあるもんね」
「呑気なことを言ってる場合じゃないぞ」
近くに来てから英花がずっとイライラしている。
「そんなにヤバいダンジョンか?」
ミケが嫌な感じがすると言ったことから普通ではないとは思うが最大限の警戒が必要なようには思えない。
隠蔽が上手いのかもしれないので油断はできないが。
「何とも言えないが呪いの気配がする」
『具体的に言うと憎悪が転化したものですニャ』
霊体モードになったミケが念話で補足してくれたが存外に物騒だ。
「あー、それで英花が気付いたのか」
「どういうこと、涼ちゃん?」
真利には見当もつかなかったようで不思議そうに聞いてくる。
「呪いの権化たる魔王が呪いに気付かぬ訳がなかろう」
問いに答えたのは英花だった。
「それでピリピリしてたんだね」
納得の様子を見せる真利だったが。
「でも最初は違和感しかなかったんだよね」
「呪いの対象が消えて時間がたっているからだろうな」
「じゃあ、このまま呪いも消えちゃうの?」
「それはない。この呪いは情念が転化したものだからな」
ミケと同じことを言う英花。
「放置しておくと良からぬモノが引き寄せられ呪いの贄になりかねない」
良からぬモノならダンジョンの中でいくらでも湧き出すからな。
不幸中の幸いと言うべきか、こまめに魔物は狩られているようだけど。
「下手をすれば元の呪いより強くなりかねない」
「神社の近くなのにそんなことってあるの?」
真利は驚いている。
「あるさ。鳥居の外はたとえ敷地内でも結界に守られてはいない」
「そうなんだ」
「という訳で、涼成」
「浄化だろ」
「頼む」
「任せろ」
俺たちは神社の階段を途中まで上り林の中へ入っていく。
ダンジョンの境界の手前まで来たところでダンジョンまるごと浄化の魔法をかけた。
(ダンジョンに呪いをかける輩がいるとはな)
苦々しげに呟いたかと思うと英花は小さく舌打ちした。
(そんなにマズいの?)
(考えてもみろ。ダンジョンも異世界の呪いの産物なんだぞ。呪いの重ね掛けをしているようなものだ)
(うわぁ……)
(ここは規模が極小クラスなおかげで魔物が瘴気を溜め込む前に狩られているからマシだが放置などされてみろ。ロクなことにならん)
(例えば?)
(もっとも代表的なのはスタンピードだ)
(あー、それはダメだよね)
(もしくはダンジョンの巨大化と出現する魔物の強化)
(それは、まだマシじゃない?)
(ダンジョンの消滅も掌握も困難になるのにか? 言っておくがスタンピードと同程度の規模になるんだからな)
うっと言葉に詰まる真利。
一度スタンピードが発生すると瞬く間に街が壊滅するというのは周知の事実である。
それと同等のものがダンジョンに内包されると考えれば、抑えきれずに巨大化したり魔物が強くなるのも頷けようというものだ。
(そうだよね。軽率でしたー)
(いや、わかってくれれば何も問題ない)
そこから先は沈黙の間が続く。
俺はダンジョンの呪いを解くのに集中しているので話題を振ることなどできない。
それに静かな方が気が散らず集中しやすいので好都合だ。
どれほどの時間がたったことだろう。
ここの呪いは思っていた以上にしぶとくて、なかなか解呪できない。
こびりついた油汚れのようだ。
この調子だと先に魔力が尽きかねない。
そう判断して、浄化の魔法を中断させる。
「ふう」
無意識のうちに大きく息を漏らしていた。
「どうした、涼成? まだ終わっていないだろう」
「想像以上に厄介な呪いなんだよ。魔力が足りなくなる恐れがある」
「では、儀式魔法の形式でやってみるか」
英花がそんな提案をしてきた。
「いや、それでもダメだろうな」
「なにっ!?」
「呪いが次から次へと浮き上がってくるんだよ。大したことないように思ってたけど考えが甘かったな」
「そんなにか」
英花も愕然としてしまうほど厄介極まりない状態だ。
「何か手はないの?」
真利が聞いてきた。
「ダンジョンを消滅させてから浄化する方がいいと思う」
「危険じゃない?」
「こんな質の悪いダンジョンを放置する方が危険だ」
「涼成の言う通りだな。それに」
英花が勿体ぶるように言葉を切る。
「それに、何?」
「元魔王の私に呪いを見誤らせたダンジョンがいかほどのものか見てみたくなった」
真利の問いに答えた英花は不敵な笑みを浮かべた。
「涼ちゃん、英花ちゃんのスイッチが入っちゃったみたいだよ」
「いいんじゃないか。油断するよりよほどいいさ」
そうしてダンジョンに突入した俺たちだったのだが、さほど苦労することなく消滅させることに成功した。
その上で浄化すると、拍子抜けするほどあっさり解呪できたので正解はこちらだったのだろう。
読んでくれてありがとう。
ブックマークと評価よろしくお願いします。