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71 はじめての遠征・後始末の終わり

「危なかったな」


 英花が安堵の溜め息を漏らした。

 俺も同じように深く息を吐き出す。


「まさかファントムフォックスがいたとはね」


「物質透過能力なんてすごいよね」


 真利は興奮気味に話している。

 遠藤大尉たちがピンチだったことなど、すでに頭の中から追い出されているようだ。


「不完全だけどな」


「そうなの?」


「魔力を帯びていたり死角から攻撃されると透過できない」


「あ、そっか。だから回り込んで攻撃したんだね」


 回り込んでいる間に1匹が飛び出してしまっていたのは誤算もいいところだったけれど。

 ただ、遠藤大尉がファントムフォックスのことを知っていたので結果オーライと言えるだろう。


 あと、回り込んだのはファントムフォックスを死角から攻撃するためだけではない。

 距離を取って遠藤大尉から感知されないようにするためだ。

 霧が晴れてきたから近くにいると気付かれる恐れがある。

 出ていくタイミングを考えないと変に勘繰られてしまいかねないから大変だよ。


「ファントムフォックスが出ないよう設定変更しないとな」


「でも、それって怪しまれない?」


 本来なら存在しているはずのものが綺麗に消えてしまったなら誰でもおかしいと思うだろう。

 それが周知の事実であればね。

 幸いにしてファントムフォックスが樹海ダンジョンで出たという話は聞いたことがない。

 厄介な能力を持った魔物が広く知れ渡っていない時点で目撃情報はないと見て間違いあるまい。


「ここでの目撃情報はなかったようだし大丈夫だろ」


 見た者たちは行方不明者扱いになっているだろうからね。

 何とかに口なしとも言うけど。


「ただ、レアだけど危険な魔物ってことで注意喚起くらいはあるかもしれない」


「その方が都合が良いかもな」


 英花がそんなことを言った。


「どういうこと?」


 真利が首をかしげている。


「ここは遭難しやすいダンジョンだからな。奥には行かない方がいいだろう」


「あー、そうだね。遭難者は減るかも」


「逆に増える恐れもあるがな」


「えーっ、どういうことぉ?」


「ファントムフォックス見たさに奥へ向かう考えなしが増えるはずだ」


「それはありそうだね」


 驚いていた真利も理由を聞けば即座に納得した。

 いつの世もどんな場所にも、後先を考えない輩というのはいるものだ。

 そして、そんな連中に歯止めをかけることなどできないということも真利はよく理解している。


「どうにもならないことを考えてもしょうがないさ」


 そんなことよりも、すべきことがある。

 ファントムフォックスの設定変更が追加されてしまったのは誤算だ。

 ダンジョンコアのある奥まで行かねばならないのかと思うと面倒極まりない。

 せめて同じダンジョン内なら何処でも再設定できれば助かるんだが、ふとそんなことを考えたその時。


「お?」


「どうした、涼成」


 引き締まった表情で油断なく聞いてくる英花。


「ここからでもダンジョンの設定ができそうだ」


 設定し直したいと思ったら拡張現実のようにメニュー画面が出てきたからね。


「本当か?」


「ああ、ちょっと待ってくれるか。設定を済ませてしまうから」


 メニューを操作して魔物のリストからファントムフォックスを削除した。

 後は他に危険な魔物がリストに入っていないか確認する。

 うん、いないな。


「これで良しっと」


「設定が終わったのなら、他の冒険者が何処にいるかサーチしてくれないか」


「わかった」


 英花の提案を受け、俺は同行していた冒険者たちを検索する。

 変なところに迷い込んでいたら合流するのが遅れるだけでは済まない恐れがあるからね。


「んー?」


「どうした?」


「みんな引き返し始めてるみたいだ」


 マップを拡大表示させて確認していくが間違いない。


「霧が晴れてきたからだろう」


「はぐれたことに気付いたんだね」


「そういうことなら下手に探し回るのはよそうか」


「そうだな。あと我々も入り口まで戻っても大丈夫だろう」


「その方が迷ったことにできるもんね」


 英花や真利の言う通りだな。

 余計なことをしてやぶ蛇になっては意味がない。

 俺たちは遠藤大尉たちに見つからないよう密かに樹海ダンジョンから退去するのであった。

 大尉たちなら無事に帰ってくるだろう。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 遠藤大尉たちが駐車場に戻ってきたのは最後であった。


「なんだかお疲れですね」


「おうよ。厄介な魔物と出くわしてな」


 ファントムフォックスのことなのはわかっているが、それをおくびにも出すわけにはいかない。

 俺たちがあの場にいたのがバレちゃうからね。


「おまけに田倉少尉の尻拭いもせにゃならん」


 自動小銃をいくつも束ねて持ち帰ったことを言っているのだろう。


「そんなことより、すまなかったな。早々に引き返す判断をすべきだった」


「いえ、霧が出始めた頃から何か変な感じがしていたので大尉のせいじゃないと思いますよ」


「変な感じだって?」


 怪訝な表情をして聞いてくる大尉。


「何がなんでも遭難者を見つけなきゃならない気がしたんですよね」


 実は俺たちはそんな風に感じなかったのだが一緒に捜索に向かった地元の冒険者たちがそんなことを言っていたのだ。

 レベルが上がったために敵が仕込んでいた幻惑の暗示を無意識に弾いていたんだろう。


「他の皆も証言している。霧が晴れたら我に返ったから引き返したと」


 英花が補足してくれた。

 実際、俺たちより先に帰っていて心配されたからね。


「そうか、それも含めて罠だったんだな」


 少し考え込む素振りを見せる遠藤大尉。

 大尉は考えるときにアゴに指を当てるクセがあるからわかりやすいよね。


「何です?」


「いや、なんでもない。こっちの話だ」


 こう誘導しておけば俺たちが密かに守護者討伐しに行っていたとは思われまい。

 我ながら白々しいとは思うがバレないなら何でもいい。


「大尉!」


 大川曹長が足早にこちらに向かってくる。


「油を売ってる場合じゃないですよっ」


 歩きながらガミガミ言うことないんじゃないかと遠藤大尉がぼやいている。


「すみませんね。俺たちが引き止めてしまったんで」


 振り向いて謝罪する。


「いえ、張井さんたちは謝らないでください。悪いのはのんびり帰ってくる大尉なんですから」


 目の前まで来た大川曹長が笑みを浮かべながら言ったが、背筋が凍りそうだ。

 重圧を感じる笑顔とか迫力ありすぎるよ。


「のんびりしてたわけじゃないぞ。死にそうな目にあったからな」


「バカなこと言わないでください。大尉が死にそうになるんだったら彼は死んでいますよ」


 振り返りながら捜索隊を案内していた兵士の方を見る。


「ああ、やられる寸前だったな。とっさの攻撃が間に合わなかったら死んでたぞ、アイツ」


「え?」


 困惑の表情を浮かべる大川曹長が「本当に……?」と呟いている。


「そうだった、忘れてたよ」


 遠藤大尉がこちらを見た。


「あの破裂する魔石、助かったぜ。アレがなかったら俺たちは生きて帰れなかった」


「はあ……」


 戸惑ったふりをしておく。


「何があったんです?」


 大川曹長もようやく大尉の話を少しは信じる気になったようだ。


「その話は後でするよ。聞いても信じられないと思うがな」


 だろうなぁ。

 物質を透過する魔物が存在しますなんて誰が信じるだろうか。

 しかも魔法が使えないと苦戦は必至だし。

 魔法を普及させる手立ては考えておいた方が良さそうだ。

 魔石アタックだけじゃジリ貧になる日がきっと来るだろうから。


読んでくれてありがとう。

ブックマークと評価よろしくお願いします。


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