70 遠藤大尉の戦い
「撃てっ!」
遠藤の合図とともに3人が構えた自動小銃が火を噴いた。
が、弾丸は樹海の木々に当たるばかりだ。
その合間を縫うように飛び跳ねる獣には1発も当たらない。
いや、命中はしているはずなのだ。
にもかかわらず3人とも手応えを感じられずにいた。
「くそっ、どうなってる!」
苛立ちを抑えきれず吐き出す氷室。
「当たれ、当たれ、当たれぇっ!」
弾を撃ちつくした兵士は弾倉を交換して撃ち続ける。
「氷室准尉」
「何です、大尉殿。撃ち方やめますか」
「奴らの姿を見たか」
「ハッキリとは見てませんな。ここからだと霧がまだまだ邪魔してます」
「彼は無理だろうな」
離れた場所で乱射している兵士をチラ見しながら遠藤が言った。
「完全にパニックになってますな。あれじゃあ敵の姿もまともに見えとりゃせんでしょう」
再び撃ちつくし弾倉を交換しようとするが手持ちにないため地面に転がっている小銃へと飛びつく。
その姿は錯乱しているのではないかと思わせるに充分なものであった。
最初の突入で恐怖を植え付けられてしまったのかもしれない、遠藤はそう思った。
「聞くだけ無駄だろうな」
まともに反応があるのかさえ怪しいところだ。
「何か心当たりのある魔物なんですかい」
氷室が聞いてくる。
「もしもアレが灰色の狐の姿をしているのならな」
「霧の切れ目から灰色がちらと見えた気もしますが」
その返事に距離を取ってこちらを翻弄する魔物の姿を凝視する遠藤。
「やはりアレのようだな」
その顔は苦虫を噛み潰してもここまで酷いものにはならないだろうというくらい苦い記憶を呼び覚ましたものになっていた。
「心当たりがあるんですかい」
「ああ、二度と思い出したくなかったがな」
その記憶の中でジョー・ヘンドリックだった頃の遠藤は直属の部下をすべて失い一人だけ生き残る。
断腸の思いを抱きつつ上官に報告を行ったが死んだ部下たち共々無能呼ばわりされた。
自分が無能だったのはその通りだと遠藤は今も思う。
部下を誰一人として連れ帰ることができなかったのだ。
故に当時もその言葉は当然のことだと受け止めることができた。
が、部下たちに対するそれは死者への冒涜だ。
ジョーは看過できずその上官を殴り軍を辞めた。
「おそらくファントムフォックスだ」
苦々しさを残した顔のまま己の中の答えを提示する。
「聞いたことありませんな。そんなにヤバいんですかい」
遠藤の表情を誤解した氷室が問うてくる。
ただ、まるっきり誤解でもないかと気付いた遠藤が内心で苦笑する。
「見た目は灰色の狐なんだが、堅いクリスタルの爪で攻撃してくる」
「見た目に反して攻撃力があるってことですか」
「それだけなら、あまり問題にはならんだろう」
「ですなぁ。当たらなければどうと言うことはないと何処かの少佐に言われそうです」
「准尉も言うじゃないか」
ニヤリと遠藤が笑ったが、すぐに表情を引き締める。
今は戦闘中だ。
そうそう気を抜いてなどいられない。
木々の間からヒョコヒョコと姿を見せては隠れることを繰り返す獣の姿をしているとおぼしき魔物に小銃を撃つのを繰り返しているが。
こちらが隙を見せればすぐにでも飛んで来るだろう。
いや、連中はいつ来てもおかしくない。
どんなに狙いが正確でも奴らに弾は当たらない。
自分たちは遊ばれているだけだということを遠藤は身をもって知っていた。
あの時は1匹だったが、今回は複数いるのは間違いない。
偶然が味方して生き残ることはできないだろう。
「奴らは攻撃を受けると、それを透過させる能力を持っているんだ」
「トウカ?」
「すり抜けるんだよ」
「ああ、その透過でしたか。そいつはシャレになりませんなぁ」
ぼやきながらも攻撃の手は止めない。
兵士が乱射し続けるのとは違って、なるべく無駄弾にならぬよう狙いを定めながら。
「そんな能力があるってのに連中はなんで距離を取るんですかね」
「俺たちをからかっているのさ」
「俺たちは遊ばれているわけですかい」
「ああ」
「そいつはまたいい性格をしてますなぁ」
氷室が呆れの言葉とともに嘆息してしまうのも無理からぬことだ。
「つまり我々の弾切れを待っているんで?」
「もしくは飽きるまで楽しむつもりだろうな」
「冗談キツいですぜ。いま飛び込んできてもおかしくないってことじゃないですか」
「そうだな。おそらく彼が折れたときだろう」
言いながら遠藤は案内してきた兵士の方をチラと見た。
「もう充分、壊れてますぜ」
ずっと叫びながら銃を取っ替え引っ替えしながら乱射している。
「持って帰る弾がどんどん減ってくれるのは助かるんですがねえ」
弾薬は無限にある訳ではない。
撃ち続けていれば、いずれ尽きてしまう。
その先のことを悲観して氷室がぼやいているのは遠藤にもわかった。
タフな男だ。
先の状況を理解しつつも折れない。
だからこそ死なせるには惜しいと思った。
それだけではダメだ。
俺の目の前では誰も死なせない。
遠藤はかつて死んでいった部下たちに誓ったことを胸に考える。
今の状況では3人とも助からないだろう。
だからこそ思い出さねばならない。
あの時、自分はどうやって助かったのか。
倒れた自分にファントムフォックスがのしかかってきたところまでは覚えている。
そこから先は意識を手放してしまったが何かをしたはずだ。
再び気がついたときには魔石と爪の形をしたクリスタルがかたわらに転がっていた。
何かの偶然であの厄介な魔物を倒したのだけは間違いない。
ファントムフォックスは不死身ではない。
弾丸はいくら撃ち込んでも素通りしてわずかにも傷つくことはなかった。
魔法が使えれば倒せるのかもしれないが、そんなものが使える人類を知らない。
いや、ひとつだけ方法はある。
魔法の元は魔力だと言われている。
ならば、それを内包する魔石なら通用するかもしれない。
張井涼成からもらい受けた物騒な魔石を試す価値はあるだろう。
だが、それだけではダメだ。
アレはひとつきりしかないし、どれほどの効果があるのかも不明である。
たとえ1匹を確実に仕留めることができたとしても残りのファントムフォックスはどうするのか。
やはりファントムフォックスを倒した方法を思い出すしかないようだ。
思い出せ! あの時の自分はどうしたのかを。
諦めなかったから今がある。
ならば今回もできるはず。
あの時、奴の爪をかわすために後ろに倒れ込みながら拳銃を撃ちまくった。
すべて透過されてしまい奴にのしかかられることになったが。
その先はとにかく足掻いた。
奴がのしかかってこられるなら触れることはできるはずとナイフを手にしたのではなかったか。
「うわあぁっ!」
気がつけば1匹のファントムフォックスが兵士にのしかかっていた。
考えている間に接近を許してしまっていたようだ。
「ちっ」
とっさに腰のポーチに手を伸ばし地面に転がりながら取り出した魔石を投げた。
ファントムフォックスの真横から上半身に命中。
魔石は突き刺さった直後に破裂し向こう側に臓器を飛び散らせた。
「当たった」
氷室が呆然とした様子を見せる。
それだけ衝撃的だったのだろうが気を抜いていいタイミングではない。
「氷室准尉、まだだ」
遠藤が起き上がり小銃を構える。
が、後続はなかった。
「アレしか飛び込んできませんでしたよ。他のはアレがやられた途端、逃げたみたいですぜ」
「そうか」
返事をした遠藤はホッと息をつくと座り込んだ。
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