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69 はじめての遠征・後始末の続き

「氷室准尉、わかるか?」


 呼びかけられた氷室誠一は一瞬なにを問われたのかわからず戸惑いそうになったが。


「っ!」


 すぐに嗅覚へ届いた不穏な情報に周囲の様子を探り始めた。


「おそらく前の方からだと思うんですがね」


「ああ、ここからは慎重にいくべきだろう」


「えっと……」


 案内していた兵士は何がなんだかわからず困惑するばかりだ。


「ぼやっとするな。血の臭いに気付かないなら俺たちの後ろに下がれ」


「血っ」


 狼狽え気味だった兵士も血と聞いて表情を引き締める。

 仲間のことは心配なようではあるものの我を出さず素直に氷室准尉の指示に従った。

 が、しかし……


「大変ですっ!」


 血相を変えて前をいく2人に呼びかける。


「どうした?」


 ただならぬ雰囲気に遠藤と氷室の両名は足を止めた。


「後続の冒険者たちがいません」


「なにぃっ!?」


「准尉、声が大きい」


 それを言うなら呼びかけた兵士もとがめるべきなのだが。


「申し訳ありません」


「いや、自分のミスだ。気配感知のスキルが役立たずになっていることに気付いた時点で確認するべきだった」


 こういう状況を後悔先に立たずというのだったか。

 だが、そのことに気を取られすぎて何もできなくなってしまうようでは話にならない。

 この場にいる3名で次にどう動くべきか考えなければなるまい。

 何もなければ撤退すべきだ。

 誰かがこの情報を持ち帰り霧が晴れるのを待って捜索隊を送り込むのが次善の策であろう。


 しかしながら血の臭いを嗅ぎつけてしまった以上、それを無視することもできない。

 遭難者がいるなら要救助の状態であることは充分に考えられる。

 死んでいなければの話だが。

 そこは何とも言えないので確認する必要があるだろう。


「はぐれた冒険者たちのことは保留だ。まずは血の臭いの出所を確認する」


「しかし……」


 兵士が戸惑いの声を漏らす。


「一度にできることは限られている。血を流している者が生きているなら先に救助すべきだ」


「了解」


 そうして遠藤大尉たち3人は警戒しながら血の臭いがする方へと歩みを進めていった。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



「どうやら後続がいないことに気付いたか」


「血の臭いが切っ掛けになったようだな」


「こっちに戻ってくるかな?」


「いや、先に血の臭いの方へ向かうだろう」


 真利の推測を英花が否定する。


「生死が不明なら救助すべき者がいると考えて行動するはずだ」


「そっか。生存者がいないことを知っているのは私たちだけだもんね」


『合流しないのですかニャ?』


 ミケが聞いてきたが今のところそのつもりはない。

 英花も同じことを考えているようだが真利は何か言いたげにしている。


「しばらくは様子見しておこう。結界の効果が切れ始めてから合流しに向かった方が自然だろう」


「罠もなくなっているしな」


 真利を安心させるためか英花が補足してくれた。


「わかったー」


 真利も納得したところで引き続き距離を取ったまま様子をうかがう。

 英花の読み通り遠藤大尉たちは血の臭いがする方へ向かったな。

 その先には少し開けた場所があり霧が薄くなっている。

 本来であれば、そこで鬼面蜘蛛が魔力の糸で操った兵士たちの死体が待ち受けていたのだが今はもういない。


「守護者の罠は二重になっていたのかもしれないな」


 ふと、英花がそんなことを言った。


「なんだって?」


「どういうこと? 英花ちゃん」


「涼成、平和ボケしていないか。血の臭いがわざとらしいほどしているんだぞ」


 気付かない方がどうかしていると言いたげな英花の発言に俺はようやく気付かされた。


「確かにボケていたようだな。あんなの魔物に寄って来てくださいと言っているようなものじゃないか」


「あ、そっか。なるほど」


 真利は俺の言葉で理解したようだけど、実戦経験の差があるからしょうがない。


「どうする?」


「今の遠藤大尉なら何とかするだろう」


「血まみれ兵士の人は?」


 俺が楽観的に言うと真利が足手まといになりそうな面子のことを聞いてきた。


「氷室准尉もいるさ」


 1人でカバーしきれなくても2人ならなんとかなるはずだ。

 そもそも案内をしていた兵士とて、どこぞの少尉に選抜されて送り込まれた人員である。

 まったく使い物にならない訳ではないだろう。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



「ここだけ霧がポッカリと抜け落ちたみたいになってますな」


 開けた場所に辿り着いた中で真っ先に口を開いたのは氷室准尉であった。

 そのまま呆れた様子で溜め息をつく。


「意図的なものを感じると?」


 遠藤大尉が確認するように問う。


「それ以外に何があります?」


 逆に聞き返されてしまったが遠藤は気にしない。


「ないな。周囲の木々に飛び散った血があまりに多すぎる。わざとぶっ掛けたとしか思えん」


「問題はそちらよりも散乱している自衛軍の装備でしょうよ」


 遠藤が溜め息をついた理由のひとつがこれだ。


「罠が不発に終わったとかありそうだよな」


 冗談めかして遠藤が言った。


「罠ですか? だとすると田倉少尉の企みということになりませんかね」


 違うだろう、と問いかけるように案内してきた兵士の方を見る氷室。

 視線を向けられた兵士は慌てて首をブルブルと横に振った。


「そんな命令は受けていません。とにかくダンジョンのボスを発見し討伐しろとしか」


「それで自動小銃を勝手に持ち出して部下に使わせるとかアホだろ、あのオッサン」


「同感ですな。これをすべて回収するこっちの身にもなれってんですよ」


 樹海ダンジョンに持ち込んだ兵士たちが行方不明の今、回収のための人員は自分たち3人だけである。

 これらをすべて一度で持ち帰るのは困難だ。

 魔物の襲撃を受けないという保証もないまま山ほど荷物を抱えて移動したくはない。


「弾だけ持ち帰るか」


 弾を撃てない状態になれば銃が誰かに持ち去られたとしても危険性は低いと言える。

 統合自衛軍の失態として叩かれることになるだろうが仕方あるまい。


「それはそれで面倒ですなぁ」


 苦笑する氷室。


「ん?」


 それは3人で弾薬の回収作業を始めて間もない頃のことだった。

 遠藤は霧の向こうから迫り来る殺気に気付いた。

 見れば森の中の霧も先程より薄くなってきている。

 やはり、この霧は感覚を鈍らせる何かがあるのは間違いないようだ。


「こんな時に来るんじゃねえ」


「どうしました、大尉?」


 少し離れた場所で回収作業をしていた氷室が小銃を手にしたまま近づいてきた。


「魔物が来る」


「嬉しくないお客さんですな」


 遠藤は軽口を叩く余裕があったが案内してきた兵士は離れた場所で立ち尽くしている。


「ボヤボヤするな。迎撃準備!」


 遠藤が叱咤するように命令を下すと指示に従いはしたので戦意は喪失していないものと思われる。


「数が多いぞ。最初にフルオートでなぎ払う」


「いいんですかい。許可されていない武器ですぜ」


「責任は田倉少尉が取ってくれるさ。奴が勝手に持ち出したんだからな」


「酷え」


 とか言いながらも失笑を禁じ得ない氷室である。

 ネットの掲示板ならwの文字が数個ほど末尾に並んだことだろう。


読んでくれてありがとう。

ブックマークと評価よろしくお願いします。


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