68 はじめての遠征・後始末の始まり
一旦ダンジョンコアを地中から引き上げて俺たち3人プラス1匹で魔力を注ぎ込む。
完全に掌握するまで数分はかかるのだが微妙に暇だ。
抵抗らしい抵抗はないし一定のペースで魔力を注げばいいので、気を張る必要もなければ制御する必要もない。
戦闘時の緊張感と比べると正反対である。
「結界で魔力を封じて正解だったな、涼成」
暇に感じているのは俺だけではないようで英花が話しかけてきた。
「あんなものを見てしまうとな」
ダンジョンコアを探している際に多数の死体を発見したのだ。
樹海ダンジョンに入って遭難した冒険者とおぼしき者たちがほとんどだが中には普通の格好をした者たちもいた。
生きることに希望を見いだせなくなって樹海に来た人たちだろう。
鬼面蜘蛛の餌食となったのは果たして希望に添うのかは不明だ。
いずれにせよ死後も翻弄されることは不本意だったのではないかと思う。
鬼面蜘蛛は樹海ダンジョン内で死亡した人間を傀儡に仕立て上げ己を守るための罠や盾として利用しようとしていた。
奴の巣があったこの場所では盾としての役割を負わせるつもりだったようだ。
冒険者の亡骸であれば装備を利用することも可能であっただろうから攻撃手段としても使われたことだろう。
生憎と魔力遮断の結界で奴の目論見通りにはいかなかったけれど。
「死者に対する冒涜だよ」
真利も憤っている。
それが真っ当な感覚というものだろうが遺体はすでにダンジョンに飲み込まれてしまった。
今までは鬼面蜘蛛がダンジョンの守護者としての能力で吸収させなかっただけだ。
奴が倒されてしまえば、その制限も解除される。
「それよりも問題は鬼面蜘蛛に代わる守護者を何にするかだと思うけどな」
済んでしまったことを論じるよりも今はそちらを考えるべきだろう。
「死者を操る以外は似たような能力を持ってる方が良いだろうな」
「えーっ、霧とか結界とか危険じゃない?」
英花と真利の意見が相容れないものとなった。
そうなると自然に俺の方へ視線が注がれることになるのだが。
「真利、俺たちのことがバレてもいいのか」
「どうしてそうなるの?」
「遠藤大尉は結界の効果に気付いている頃だろうよ」
「それだけで疑われるかなぁ」
「あの人、妙に勘がいいから何が切っ掛けになるかわからないんだよ」
「そうだな。あからさまにダンジョンの様子が変わるのは避けたいところだ」
英花からも援護射撃が入る。
「そっかぁ」
「どのみちダンジョンは危険なものだ。守護者の変更くらいで冒険者に与える影響は変わらんよ」
「そっか、そうだよね」
という訳で霧と結界の能力を持った魔物という縛りで考えることになったのだが。
真っ先に思い浮かぶのがアンデッドの上位種だったりするのがいただけない。
ドレイン攻撃があることを考えれば鬼面蜘蛛より凶悪だ。
シャドウタイガーは霧に紛れる暗殺タイプの魔物だが結界の能力はないということで却下。
幻夢貝は海の魔物なので森にいるのはおかしいし。
ちょうどいいのが簡単には思いつけない。
「よし、でっち上げるか」
「オリジナルってこと?」
真利が聞いてくる。
「そんなの考えてる時間ないから何かの亜種ってことにするのさ」
「例えば?」
「ゴブリンシャーマンなんかどうだ」
「ふむ、あれなら霧の魔法は使えるな。そこに結界の能力が加わったことにするのか」
「なんか弱そう」
英花の賛同は得られたが真利の一言により却下された。
「ならバーゲストはどうだ」
「わかんない」
真利は首をかしげる。
「バーゲストは鎖を引きずった赤い瞳の黒犬の姿をした邪精霊だな」
「霊体になれるのは反則じゃない?」
「分類上は邪精霊だけど霊体にはなれないぞ」
「霧の濃い夜に現れると言われているから霧の能力はあるな。あと、流れる水の上は渡れないとされているんだったか」
英花が補足説明してくれた。
「その黒犬に結界の能力を付け足すんだね」
「そのつもりだが、どうだ?」
「他にないんだったら、しょうがないんじゃない?」
特に反対されなかったのでバーゲストの亜種ということで結界の能力が追加されて採用された。
ちょっと強くなりすぎの気もしたけど逃げられるようにしておくことでバランスは取ったつもりだ。
そもそもレベルの低い者が徒歩でこの奥地にまで到達できるとは思えないので無駄な犠牲者は出ないだろう。
新しい守護者が決定したところで樹海ダンジョンの掌握も完了した。
再設定して後は帰還するのみ。
バレてないといいんだけどなぁ。
ちょっとドキドキする。
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転移で戻ってくると状況は変わっていた。
それも好ましくない方向に。
「幻惑ってこんなこともできるのか」
捜索隊がいくつにも分断されていたのだ。
前のチームの後ろについて行っているつもりが幻惑の効果により創出された影の後を追う形で少しずつ分けられていく。
個人ではなくチームごとにというのが、また嫌らしい。
組んでいる仲間とは会話もするから分断されると早い段階で気付いてしまう。
だから全員をバラバラにはしない。
それでも当初、守護者である鬼面蜘蛛が企図していた罠の最終段階で壊滅的な被害を被っていたはずだ。
先に突入していた自衛軍の兵士たちのように。
「霧の中で気配を感じる感覚を狂わされるとこうなるという見本だな」
英花が苦虫を噛み潰したような表情で俺たちの十メートルほど先を進む遠藤大尉たちの姿を見ている。
もちろん向こうは気付いていないし、振り返っても俺たちの姿を確認することはできないだろう。
幻惑の効果がなかったとしても霧が見通せなくしているからね。
じゃあ、俺たちがどうして大尉たちを視認できるのか。
結界の効果はレジストされているし霧の視認性の悪さも勇者スキルや英雄スキルの前ではさほどではなくなる。
レベル1のままだと厳しいものがあったけど現状はレベル25だからね。
あ、守護者を倒したことで26に上がってる。
ちなみに俺たちの前方に遠藤大尉たちがいるのはミケの誘導により転移した結果だ。
ミケにとって捜索隊の中では遠藤大尉がもっともよく知る人物だからね。
真利の屋敷に2回来ただけだけどさ。
「このまま、ついて行っていいのかな」
真利が漠然とした不安を口にする。
「これ以上は下手な小細工をせぬ方がいいだろう。何かの拍子に気付かれるようなことがあったら、そっちの方が誤魔化しようがないぞ」
「そっか、そうだね」
英花が転進するのは危険だと諭すと、真利もすぐに納得したので不安感もそこまで根強いものではなかったようだ。
「ふむ、少し開けた場所に出るようだな」
『あそこが罠の場所ですニャ』
英花が先の様子に気付いて言葉を発すると霊体モードのミケが目的地であることを教えてくれた。
「あそこだけ霧が薄くなってない?」
真利が疑問を口にする。
『相手の姿を見れないんじゃ罠の効果が半減しますニャ』
攻撃してくる敵が味方の姿をしているとわかるからこそ防戦せざるを得ない状況に追い込める。
そうでなければ反撃されるのがオチだ。
鬼面蜘蛛が操っていた死体はダンジョンに飲み込まれているだろうから罠ではなくなっているのだけど。
ただ、死体が集められていただけあって濃密な血の臭いが残っている。
遠藤大尉たちも何かを感じ取っているはずだ。
読んでくれてありがとう。
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