63 はじめての遠征・血まみれの兵士
「決着、かな?」
入り口を塞いでいた将校が両脇を抱えられて連行されていく。
「ジョーさん、殴られずに終わっちゃったね。いいのかなぁ」
真利が氷室准尉の語った予定と異なることに心配の色をのぞかせている。
「さて、どうにかするのではないか? 何事も予定通りに行かないのは世の常だ」
英花はさして気にしていない。
このあたりは性格の差だろうな。
「世の常とは手厳しいね」
氷室准尉が苦笑する。
「おそらくプランBだろう」
遠藤大尉が殴られなかった場合ってことだろうな。
「田倉がアホな真似をしている自供が取れればGOサインを出してもいいってことになってたんだよ」
殴る方へ誘導できない場合はそちらへ持っていく作戦だったってことか。
なんにせよ解決するなら問題ないんじゃないかな。
ただ、終わり良ければすべて良しという訳にはいかないのも世の常だったりする。
突如としてダンジョンから飛び出してきた者がいた。
そのまま倒れ込みあたりが騒然とする。
当然だ。その兵士は血まみれだったのだから。
近くにいるのは冒険者だけで即応できていない。
下手に触るとマズい場合もあるとはいえ、まごついてしまうだけなのはいただけない。
次の瞬間には氷室准尉がダッシュしていたので対処はするはずだ。
「俺たちも行こう」
「手伝うつもりか」
「自衛軍の人たちに任せた方がいいんじゃ……」
英花と真利はあまり乗り気ではないようだ。
「氷室准尉に頼まれれば多少はね」
「ワイは遠藤はんに知らせてきますわ!」
俺の言葉で我に返ったらしい堂島氏がそう言うなり駆け出していった。
遠藤大尉と大川曹長は駐車した自衛軍のトラックの向こう側にいるため死角になっており、こちらの様子に気付いていないようだ。
とはいえ騒がしくなっているので、すぐに気付くだろう。
呼びに行く必要があるのかは微妙なところである。
「自分も行こう」
今まで静かだった磯野氏が声をかけてきた。
「あんな風に囲んでいたんじゃ邪魔になる。中島は当てにならんし」
という訳で4人で怪我人の元へ向かい、傍観者と化している冒険者たちに活を入れて回る。
「しっかりしろよ、中島」
「あ、ああ、磯野か。スマン」
磯野氏が自分たちのチームリーダーだという仲間を真っ先に叩いて正気づかせていた。
(何か変だな)
声を潜めながら英花たちに声をかける。
(ああ。軽い状態異常といったところか)
(そんなことできる人がいるの?)
(魔法を使えば魔物でなくても可能だ)
(それって涼ちゃんと英花ちゃんだけじゃない)
世間では魔法が使える者はいないということになっている。
魔力の存在は明らかになっているのに不思議な話だ。
学者の間では魔力は魔道具を動作させるためのもので人間が魔法を使うことはできないというのが定説になっているらしい。
納得のいかない有志が魔法が使えないか色々と仮説を立てて検証している動画をNewtubeに上げたりしているけど成功しているものがない。
魔法が使えない理由は呪文を優先させているからなんだけどな。
イメージを強く持ちそれを魔力と結びつけることができるかが鍵だ。
呪文に気を取られているようでは魔力にまで気が回らないだろうから、いつまでたっても成功しないだろうね。
ニューチューバーがアップしている動画の中にはイメージが大事だと主張するものもあるので、そのうちの誰かがいずれ成功するかもしれない。
(逆説的に言えば魔物の仕業ってことになるだろ)
「っ!」
思わず大きな声が出そうになった真利が反射的に手で口を押さえた。
(どうするの?)
気を取り直して聞いてくる。
(どうもしないさ。何かの条件で発動するよう兵士に仕込んでいた1回きりの魔法みたいだし)
(大した効果もないしな)
(そうなんだ)
(という訳で残りの連中を正気に戻すぞ)
その後はボンヤリした他の冒険者を起こして回った。
そして全員を正気づかせたところで血まみれの兵士が目を覚ました。
「ビックリさせやがって」
氷室准尉が安堵の息を漏らす。
「何とか逃げてきて、出口だと思ったら目の前が真っ暗になったんだ」
「極度の緊張状態から解放されたせいだろうな」
准尉はそう言うが違うと思う。
魔力を一気に失った反動で失神した症状を語っていたからね。
今もダルそうにしているし魔力がスッカラカンになった人間の症状と見ていいだろう。
「怪我はどうだ? 痛むか」
「この血は俺のじゃないから痛みはしない」
そう返答した兵士だったが沈痛な面持ちである。
「そうか。他にも逃げている者はいそうか?」
「わからない。奥に進んでいたら霧に覆われて気がついたら血を浴びてしまったんだ。後は無我夢中で来た道を引き返してきた」
そう証言する兵士に影が落ちる。
「そいつは聞き捨てならない話だな」
影の主は堂島氏が呼びに行った遠藤大尉だった。
大川曹長はいないが、拘束している将校の監視で残っているものと思われる。
あるいは尋問か。
「大尉、どうします?」
氷室准尉が問いかける。
「こんな話を聞いて捜索隊を出さない訳にはいかないだろう」
「まあ、そうなりますよね」
「まずは話を聞いてからだ。二重遭難するわけにはいかないからな」
ということで脱出してきた兵士に詳しく話を聞き始めた。
作戦内容は樹海ダンジョンのボスを討伐すること。
そのために田倉少尉の指示で自動小銃を持たされたという。
奥に進むまで敵とは遭遇しなかったが霧が出始めたところで霧の向こうに大きな影を発見したそうだ。
田倉がポケットマネーで用意しているという賞金に目がくらんだ者たちが我先に殺到。
連発される銃声がそこかしこから聞こえてきたが次々に悲鳴が上がり始めた。
悲鳴が間近で聞こえると同時に大量の血を浴びてしまい、そこからは何がどうなったのかはわからないと言って兵士は締めくくった。
「あんのクズ野郎がっ。ロクなことをしやがらねえ」
氷室准尉が吐き捨てるように言い放った。
「査問は確定だな。自動小銃の勝手な持ち出しと許可なく作戦を決行して部下を失ったであろう失態を犯したんじゃ3アウトだ」
「それを言うなら一発退場のレッドカードでしょうよ」
野球ネタにする遠藤大尉に対抗したのか氷室准尉はサッカーで切り返す。
「とにかく早急に受け入れ体制を作って捜索隊を送り込まないとな」
「受け入れは田倉の部下を使いましょう。元よりバックアップ要員として置かれていたようですし」
「捜索に誰を送り込むかだが」
「自分が行きましょう」
真っ先に氷室准尉が手を挙げた。
「いや、俺が行くべきだ。准尉はあの馬鹿を移送する手配を頼む」
遠藤大尉は即座に否定する。
この後、多少の押し問答があったものの残るのは大川曹長と堂島氏となった。
要するに捜索に行くと言った両名ともが出向くことが決定された訳だ。
あと道案内として同行する面子として脱出してきた兵士が加えられたのは言うまでもない。
「俺たちも行きます」
地元の冒険者チームを代表して中島氏が言ったが。
「ダメに決まってるだろう」
遭難者を増やしたくない遠藤大尉が拒否した。
「ただ、入り口付近に見張りを置く余裕がないんだよなぁ」
などと正反対のことを付け加えもしたけれど。
勝手に入ってくる分には好きにすればいいということだ。
その際に生じる事故などは一切関知しないとも言ってるんだけどね。
要するに自己責任という訳である。
読んでくれてありがとう。
ブックマークと評価よろしくお願いします。