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62 大川雪乃は見届ける

「何の用だ、ヘンドリクス。ここは我々の部隊が任務遂行中だ。邪魔をするな」


 田倉少尉が横柄な態度で遠藤大尉に声をかけた。

 この人は相変わらずらしい。

 研修などで鉢合わせしてしまった時には酷い目にあわされたものだ。

 上には媚びへつらい下には高圧的に押さえつけようとする。

 この男の直属の部下でなくて良かったと大川曹長は心の底から思った。


「お前に命令されるいわれはないよ」


「何だとぉっ!?」


 遠藤大尉の挑発に田倉少尉はさっそく激高している。


「貴様っ、上官に向かって何という口の利き方だ!」


 少尉が目を血走らせて激しい身振りで怒りをあらわにする。

 大尉は意に介した風もなく鼻で笑うのみであったが。


「部下に貴様と言われるとはね」


「何が部下だ! 断じて貴様などの下についたことはないぞっ」


 いちいちオーバーアクションで話す少尉。

 オペラの役者にでもなったつもりだろうか。

 生憎と口から紡ぎ出されるのは聞き惚れるような歌ではなく聞くに堪えないダミ声の罵声のみであったが。


「直属ではないって? こだわるねえ」


 遠藤大尉がクルリと首を巡らせこちらを見た。


「曹長、こういうのに適切な単語ってあるのかい」


「下僚が適切かと。自分よりも地位が下の役人という意味です」


「カリョウね……。ああ、下の官僚ってことか」


 大尉の理解が思った以上に早い。

 この調子で日本語をマスターしたのだろう。

 検定試験も受けずに日本語能力を認められただけのことはある。


「軍人が役人かという疑問は残るが他に該当しそうな単語もない?」


「下役くらいでしょうか。意味合いは同じかと思いますが、下僚よりも軽い言葉になるかと」


「なるほどなるほど。一応、気を遣っている訳だ」


 そんな必要もない相手だとは思うが、この方がより挑発になるよう大尉が調理してくれるはずだ。


「部下じゃなければ下僚でいいだろ」


 田倉に向き直った大尉が言い直した。


「とにかくお前さんは俺より下の階級なんだよ」


 言われた田倉は顔を真っ赤にしている。


「貴様は少尉ではないかっ。ワシは降格処分など絶対に認めんぞ!」


「その割には律儀に階級章を変更しているじゃないか」


「っ! 黙れ、黙れ、黙れぇーっ!!」


 さらに挑発する遠藤大尉に対しヒステリックにキレる田倉少尉。

 それを見た大尉がそっぽを向く。

 まるで隙だらけだが、それが誘いなのはわかっているので自分からは何も言わない。


「ああ、そうだ。今の俺はヘンドリクスじゃなくて遠藤だから間違えないでくれよ」


 しばらく待っても誘いに乗らなかったので大尉が次の挑発を始める。


「降格された奴には連絡が入ってなかったんだなぁ」


「くぅっ!」


 田倉は短く呻くとギリギリと歯噛みする。


「それじゃあ俺が大尉に昇格したことを知らんのも無理ないなぁ」


「何かの間違いだっ」


 そんな訳はない。

 自分たちの昇格は派手に広報されたのだから。

 外部に向けて大々的に発信したものが内部で徹底されていないなどあり得ない。

 もしも、そんなことがあるのならば組織の恥をさらすのは明白である。

 つまりは田倉が単に意固地になって事実を受け入れまいとしているだけなのだ。


「絶対にありえん! 誤報だ、誤報に決まっているっ」


 この男は何を言っているのだろう。

 大尉が勝手に自称している訳ではなく統合自衛軍という組織が決定したことである。

 間違いなどあるはずがない。


「おいおい、その年でもう耄碌しちゃったのか?」


「ふざけるなあっ」


「ふざけてなんかいないぞ。辞令が出ているものを認めないというのは認知能力に問題があるってことだろ」


「きぃ────────────────────っ!」


 何が気に障ったのか田倉が奇声を上げた。

 周囲で様子を見守っていた冒険者たちからどよめきが聞こえる。

 まさか軍人がこんなキレ方をするとは思わないだろうし無理もない。

 それまでの応対でもドン引きしていたのだけど。


 理性を残していたとは思えないキレっぷりを見せたにもかかわらず田倉は大尉に殴りかかってこなかった。

 後がないということが骨身に染みているのかもしれない。

 考えていた以上に臆病なようだ。


「おやおや、認知能力に問題があるだけでなく情緒不安定でもあるのか。これで現場の指揮を執っているなど看過できないな」


 さらに大尉があおる。

 今度は言葉もなく憎しみをあらわにした顔で大尉を睨み付けたかと思うと田倉は地団駄を踏み始めた。

 奇声の次は地団駄とは……

 本当に統合自衛軍の仕官なのだろうかと思ってしまう。

 五十過ぎの男というだけでも疑わしくなってくる。

 大川雪乃の中で田倉という男の中身は幼児として修正された。


「黙れっ! 私の立案した作戦が成功すれば、すぐに元の階級に返り咲いてみせるわっ」


「立案? 作戦の提案すらされていないものを勝手に実行しているのか」


 大尉がこちらを見た。

 確認を取れということだろう。

 このやり取りは大尉が密かに装着しているカメラを通して司令部に送られている。

 その上で向こうの連絡担当官がリアルタイムで対応する手はずになっていた。


 タブレットを用いてチャットを開始するが田倉少尉から作戦の提案なしとのことだった。

 なお、ダンジョンで訓練を行う場合は事前に計画書の提出が義務づけられているが、それもないということであった。


「提案なしです。訓練計画の提出もされていません」


「はい、アウトォ」


 野球の審判のようなジェスチャー付きでダメ出しをする大尉に田倉も虚を突かれたのかたじろいでいる。


「勝手な行動は慎めと上から言われていただろうに、やっちゃったねえ」


「うるさいっ、手柄を立てれば問題ないわっ」


「あー、それがダメなんだなぁ」


「なんだとっ!?」


「もしも田倉少尉がダンジョンに関わる作戦を実行していることが確認されれば即座に拘束し作戦を中止させろという命令を受けてきているんだな、これが」


「知らんぞ、そんな話は聞いていない」


「当然だろ。少尉に情報を流していた奴が我が身かわいさにお前を売ったんだから」


「なにぃっ!?」


 驚愕をあらわにして固まってしまう田倉に対し、その背後で控えている彼の部下たちは動揺の色を隠せない。

 下手をすれば自分たちまで何かしらの処分を受けることになるかもしれないのだから当然だ。


「という訳で諸君」


 そんな動揺を残したままの兵士たちに大尉が呼びかけた。


「少尉をとっ捕まえようか」


 軽い調子で指示を出す。

 およそ命令しているように聞こえないが、有無を言わせぬ迫力があった。


「何をバカなっ!」


 田倉があり得ないとばかりに吠えた。

 部下が大尉の言うことを聞くはずがないと高をくくっているようだ。


「少尉と運命を共にしようというなら何もしなくていい」


 この一言に向こうの面々がギョッとしていた。

 兵士たちだけでなく田倉さえも。

 運命という言葉に不穏なものを感じ取ったのだろう。


「田倉少尉には実に厳しい処分が下される予定だ」


 挑発した大尉が殴られれば懲戒処分が確定だったのだが。

 現状でも見苦しい姿を一般にさらしてしまっているので何かと理由をつけてそうなるだろう。

 などと考えている間に兵士たちも結論を出したようだ。


 まず田倉の間近にいた2名が田倉の両脇を抱え込んで身動きが取れないようにした。

 残りの兵士たちも塞いでいた道から退くことで田倉の指示には従わない意思を示した。


「貴様らっ、こんなことをしてただですむと思うなよ!」


 田倉が喚いているが誰も耳を貸さない。

 それどころか冷たい視線を返すばかりである。

 兵士たちは皆一様にアンタと心中するのはゴメンだよという顔をしていた。


読んでくれてありがとう。

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