61 はじめての遠征・気付いた
「よおっ、お前らもここに来てるとはなぁ」
氷室軍曹と堂島氏ががこちらにやってくる。
遠藤少尉は大川伍長をともなって樹海ダンジョンの入り口の方へと向かっている。
「たまたまですよ、氷室軍曹」
「おっと、今は軍曹じゃねえんだ。つい先日、自衛軍の統合再編があっただろう。あれで准尉に昇進してな」
「それはおめでとうございます」
「2階級も昇進とはやりますね」
と言ったのは英花だ。
「それこそ、たまたまさ。統合再編で評価の抜本的な見直しがあったみたいでな。そこにオークキングを討伐したのが大きく加味されたみたいだ」
「ということは少尉や伍長も2階級昇進ですか」
「ああ、遠藤大尉に大川曹長ってな。昇進しねえのは堂島くんだけだ」
氷室准尉はワハハと笑った。
「当たり前やないですか。自分は軍人やのうて外部のアドバイザーなんですから」
「俺が採用担当官なら最低でも軍曹待遇で採用するけどな」
バンバンと堂島氏の肩を叩きながら言う。
それだけ評価されるということは相当な実力があるのだろう。
その上オークキングの討伐にも参加しているのだからレベルアップもしているはずだ。
冒険者で順位付けすれば日本でもトップクラスに入るんじゃなかろうか。
「勘弁してくださいよぉ」
嫌そうな顔をする堂島氏。
強く叩かれるのが痛くて嫌なのか勧誘が迷惑で嫌なのかは判断をつけづらいところだ。
「で、こっちの兄ちゃんは新メンバーかい?」
さして気にした様子も見せずに話題を変えてくる氷室准尉である。
「地元の人ですよ。親切にここの現状について情報提供してくれたんです」
「ほうほう、そうだったのか」
そう言うと氷室准尉はスッと真顔になり姿勢を正した。
釣られて堂島氏もピシッと直立する。
「すまない。君たちには迷惑をかけてしまった」
深々と頭を下げて謝罪した氷室准尉を前にして磯野氏が慌てる。
俺だって驚いたよ。
普段はヘラヘラした感じの氷室准尉が一瞬で真面目モードになったから。
空気が読めない入り口を占拠した将校に爪の垢を煎じて飲ませたいものだね。
「いえっ、俺たちは別にそんなっ」
「これは我々のけじめだ。謝罪するところから始めないと遺恨を残すことになりかねないからな」
謝罪を終えた氷室准尉が真剣な面持ちを残したまま言った。
「馬と鹿の放牧場にいる人はそんなことも考えないみたいですけど」
あからさまにバカというのは避けたが言ったも同然か。
「ハハハ、手厳しいな」
氷室准尉は気にした様子も見せないどころか笑っているけれど。
「今回、騒ぎを起こしたのはまさにそういう奴だよ」
「そうなんですか?」
「悪い体育会系とでも言えばいいのかね。根性さえあれば何でもできると思っているような輩であるのは間違いない」
「それはまた」
現場をじかに見てどういう状況かも聞かされた後だと、氷室准尉の言ったことがよくわかる。
「闇落ちした脳筋ほど質の悪いものはないな、涼成」
英花が嘆息しながら同意を求めてきた。
「まったくだよ」
何故か俺より先に真利が怒りながら同意していたけれど。
プクッと頬を膨らませながらなので迫力はない。
「闇落ちとは大袈裟だな」
「そうでもないぞ」
苦笑しながら言った俺の言葉を氷室准尉が否定する。
「田倉少尉は統合自衛軍になってから降格させられた口でな。プライドが高く、そのせいで独断専行してしまうことが度々あったせいなんだが」
「今回の件、もろにそれじゃないですか」
「だからこそ俺たちが派遣されたのさ」
そう言われても、いまひとつピンとこない。
「現場で勝手をするから上官を送り込んで対処しようってことだ」
そういうことか。
上官というのは遠藤大尉のことだな。
大尉と少尉なら明らかに格が違う。
渋々でも従うはずである。
「その割に話が長引いているようだが?」
英花がそんな指摘をした。
見れば将校──田倉少尉だったか──と遠藤大尉が面と向かって話をしているのが見えた。
揉めているっぽいので今回も音声を拾わずにおく。
田倉少尉の方がオーバーアクションで話しているところを見るとキレ気味なんだとわかるし。
遠藤大尉もまともに相手をしていない。
そっぽを向いたり肩をすくめたりと遠目にも目の前の相手に真剣に向き合っていないのがありありとわかる。
というより、あれはからかい半分でわざと怒らせようとしているな。
「挑発してるなぁ」
ただ撤収させるだけなら普通に命令すればいい。
いかに強硬な態度で昨日からダンジョンを封鎖していた少尉といえど、階級がふたつも上の上官に命令されて従わないなんてことはないだろう。
封鎖組が撤収していない時点で命令はまだされていないのは明白。
「わかるか?」
俺の言葉に氷室准尉がニヤリと笑う。
「狙いまでは読めませんけどね」
「殴らせるつもりだよ。部隊を撤収させるんじゃなく統合自衛軍からお引き取り願おうってことだ」
「うわぁ」
なかなかに、あくどいことを考えているものだ。
「チャラい割にやることがエグい男だな」
英花が呆れたように言うのも無理はない。
罠にはめて地獄に落とそうというのが真意なのだから。
問題があるとすれば……
「体を張るだけの価値はあるよね。痛そうだけど」
真利が引き気味にそんなことを言った。
「たぶん痛くないぞ」
「え?」
「俺たちも以前より強くなったからな。後ろで踏ん反り返っている奴の軟弱な拳じゃ撫でたのと変わらんだろうよ」
その言葉は単なる比喩的な表現ではなさそうだ。
レベルアップの恩恵を受けて頑丈になっていくからね。
撫でるは言い過ぎだとしても口の中を切ったりはしないものと思われる。
「田倉少尉とかいう人は殴り損ってことですか」
上官を殴ったことで処分を受けることが確定する上に殴ってもダメージがほぼないんじゃ憂さを晴らす要素が何処にもなくなってしまう。
同情はしないがね。
「ハハハ、そういうことになる」
俺たちは笑い話にしているが磯野氏は引いていた。
「異世界アニメとかでよくある、ザマア展開ってやつですよ」
「いや、そうじゃなくて……」
どうやら違うようだ。
「殴っても痛みを感じなくなるなんてあり得るんですか? だとしたらゲームみたいにレベルアップしているんじゃ……」
気付いたか。
俺たちは平常運転だったけど、そうはいかないのが氷室准尉と堂島氏である。
「言われてみれば、そうかもしれんな」
神妙な面持ちで考え込む氷室准尉。
「自分は前からそうじゃないかとは思てたんですけど」
堂島氏も薄々は気付いていたのか。
「お前、そういうことは早く言えよ」
「無茶言わんといてください。なんとなくでレベルアップしたかもとか言うたら頭おかしいんちゃうかと思われんのがオチですやん」
准尉が文句を言うが堂島氏も負けてはいない。
「とにかく、これは後で検証する必要がありそうだな」
「条件がわからんのにどないするんです」
前のめりになる准尉に対して堂島氏は冷静にツッコミを入れる。
「やりようはあるだろう。もしゲームみたいだというなら魔物を倒すことで経験値を得ているってことになるんだろ?」
「そりゃそうかもしれませんけど、強くなったのをどないして証明するつもりですの?」
「そんなもん、体力測定でやりゃあいいじゃねえか」
「コンディションとかでばらつき出ますやん」
「それでもレベルアップを繰り返せば大きな差になっていくだろう」
「それが事実として、これからも同じようにレベルアップできると思てますか」
「なに?」
「もしゲームと同じ仕様やったらレベルが高くなるほどレベルアップしにくなるのが定番でっせ」
「ゲームならそんなもんだよな。それがどうした」
「ワイらは強なったて言うてたやおまへんか。レベルに換算したらどのくらいかは知りまへんけどレベル1でないのだけは確実でっしゃろ」
「おう、そうだな」
「今から明確に差が出るほどレベルアップすんのはめちゃめちゃムズい思いまへんか?」
堂島氏の冷静なツッコミの連続に氷室准尉はついに撃沈した。
やっぱりレベルを計測する魔道具を用意しないとダメかな。
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