60 はじめての遠征・揉め事らしい
目的地の駐車場に到着した。
国道沿いの寂しい場所で周囲は木々に覆われているにもかかわらず、やけに広いのが気になるところだ。
正直、ここに来るまではこれほどの規模だとは思っていなかった。
「ほとんど道の駅だよな」
冒険者組合の出張所もあるが、事前に調べた限りでは入場の管理などは行われていない。
素材の買い取りが主な業務のようだ。
それと携帯の電波が不安定な場所だそうで、遭難者が出た場合などはここに駆け込めば各方面への連絡などをしてもらえるらしい。
「勘違いして入ってくる車もあるようだ」
英花の言うように、ちょうど入ってきた車が止まることなく引き返していく。
「看板とか一切ないから無理ないよ」
真利が言いながら苦笑している。
「誰も樹海ダンジョンの入り口がある場所だとは思わないよな」
そう。俺たちは今、青木ヶ原のフィールドダンジョン──通称、樹海ダンジョン──に来ている。
入り口というのは初心者から中級者向けの狩り場として有名な場所に通じる道のことだ。
道と言ってもあるのかないのか判然としない獣道の類いだけどね。
それが駐車場の奥の方からダンジョンの中へと続いている。
境界を曖昧にして狩人のつもりで森へ向かう獲物を誘う罠であるかのように。
「その入り口だが」
英花が言いながら俺たちを促すように視線をそちらに向けた。
「ん? 何かあるのか」
「もしかして入れないとか?」
俺と真利が釣られるようにしてダンジョンの入り口の方を見ると人だかりができていた。
手前にいるのは服や装備がまちまちで冒険者のようだが、奥の連中は迷彩服姿だ。
「自衛軍の人たちがいるね」
「しかも入り口を塞ぐように立ってるぞ、あれ」
簡単には突破できないよう横に広がりつつも列を作っている。
それに対して冒険者たちは詰め寄っていた。
怒号が聞こえてこないところを見ると感情的にはなっていないようだ。
「あれでは正攻法で中に入るのは無理だな」
英花が不穏なことを言い出した。
「おいおい、この樹海ダンジョンは入り口以外から入ると確実に遭難するって有名だって話じゃないか」
遠征の計画を立てた際に色々と調べたのだが、そういう情報を真利が仕入れてきたのだ。
「いや、最悪の場合は対策をした上でそうすることも検討するべきじゃないか」
「最悪の場合か。あの調子じゃ駐車場まで封鎖しかねないな」
「完全に揉めてるもんね」
よく見ると自衛軍の中に迷彩服じゃないのが1人いるんだが、その人物が冒険者の代表者と言い合いをしている。
どちらかというと軍服のオッサンの方が高圧的に喋っているようだ。
冒険者の代表は反論こそすれども感情をあらわにしているようには見えない。
話の内容はロクでもなさそうなので聞かないようにしているが、遠目に見ているだけでもそれがわかるくらいだ。
普段からあの軍服は横暴な振る舞いをしていそうに思える。
「どうしたものかな」
「まずは話を聞いてみたらどうだ?」
「えーっ、パワハラ野郎のところへ行けって言うのか」
英花の提案に俺は思わず顔をしかめてしまう。
この場で様子を見るだけでも辟易しているのに自分から近づくなど勘弁してほしい。
「そうじゃない。ほら」
苦笑しながら英花が促す方を見ると冒険者らしい男がこちらに向かってきていた。
「やあ」
近くまで来ると気さくに声をかけてくる。
俺よりは年上のように見えるがオジさんというほど老けているわけでもなさそうだ。
「どうも」
無難に返すと苦笑気味の笑みを浮かべながら男は目の前まで来た。
「すまないね。いつもはもっとゆるい感じの場所なんだけど」
「そうですか」
「君たちは遠くから来たのかい。初めて見る顔だけど」
「そうですよ。いつものダンジョン以外で経験を積もうということで遠征に来ました」
「へえ、若いのに中級かい?」
「上級です」
俺は免許を出して裏面を提示した。
冒険者免許は表だけでなく裏にも等級を表す色のラインがあるので冒険者同士で等級を確認する場合は裏面を見せる。
こうすることで個人情報を伏せることが可能なのだ。
「おおっ、銀色だ。これは失礼したね」
「いえ、最近上がったばかりですから」
「それにしたってスゴいことだよ。うちの地元ではまだ誰も上級になっていないからね」
「自分たちは冒険者一本でやっていますから」
「そうか、専業か」
男はしきりに感心している。
「ところで何か用があったんじゃないですか」
「おっと、すまないね」
俺に促されたことに気付いた男が苦笑しながら謝る。
「私は地元の冒険者チームでサブリーダーをしている磯野という者だ」
「張井です。あと真尾と明楽です」
サクッと自己紹介を済ませると磯野と名乗った男が話をし始めた。
それによると昨日から自衛軍が樹海ダンジョンの入り口を封鎖しているというのだ。
理由はもちろん、いつまで封鎖するのかも明かさないという。
「加えて、あの田倉とかいう将校が強硬でね。邪魔をしないと言っているのに拒絶されてるんだ」
磯野氏が溜め息をつく。
昨日から交渉しているそうだが、にべもなくあしらわれているのがよくわかる。
「最初は手伝うとも言ったんだけど足手まといだと言われてしまったよ」
「取り付く島もないのか」
英花が憤慨しているな。
「まさにそんな感じだよ。せっかく来てくれたのに申し訳ない」
「いえ、たまたま巡り合わせが悪かっただけでしょう。磯野さんが悪い訳じゃないですよ」
「そう言ってもらえると助かるよ」
安堵したように吐息を漏らす磯野氏である。
なかなかの苦労人のようだ。
「中島が──、うちのリーダーが中島と言うんだが、交渉を続けてくれてはいる」
昨日から何度断られても諦めないとは粘り強いことだと思う。
「だけど、あの有様だからな」
磯野氏が入り口の方を見た。
今もなお高圧的な軍服と中島氏らしき人物がやり取りをしているが、事態が好転したようには見受けられない。
「正直なとこ、期待できんのだわ」
申し訳なさそうな顔をする磯野氏。
「遠くから来てくれたみたいだが……」
言葉が尻すぼみになっていくのも気持ちの表れだろう。
ここには留まらない方が時間を無駄にしないで済むと言いたいのであろうことも理解した。
そのタイミングで──
「涼ちゃん」
真利が割り込んできた。
話の腰を折るように入ってきたからには何かあるはずだ。
「ここの状況を大川さんにメールで送ったら、もうすぐ到着するって」
「は?」
意味がわからん。
動画の添付メールでも送信したのだろうけど、即レスが限度だろう。
もうすぐ到着って何だ?
「どういうことだよ?」
「えっとね、元々こっちに来るつもりだったんだって」
「ああ、そういうこと」
樹海ダンジョンに用があるとは予想外だったけど遠藤少尉がオークキング討伐の周回に飽きたのかね。
だとすると真正面からぶつかっても倒せるようになっているかもしれない。
頼もしいことだ。
「ジョーさんが悪い人にお灸を据えに行くから待っててほしいって」
大川伍長らしからぬ文面で返してきたものだが、これは遠藤少尉がやらせたのかもしれないね。
イタズラ好きそうだもんな、あの人。
いずれにせよ、朗報だ。
「磯野さん」
俺たちの話に幾ばくかの困惑を見せていた磯野氏に声をかける。
「なんでしょう」
「もしかすると、あの自衛軍の連中を退かせることができるかもしれませんよ」
「ええっ、本当かい!?」
読んでくれてありがとう。
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