59 はじめての遠征・車中にて
「遠征で旅行することになるなんてねー」
真利がいそいそと準備を進めながら鼻歌を歌っている。
「何を言ってるんだ。最初からそうなると言ってあったじゃないか。でなければキャンピングカーなんて必要ないだろう」
英花が呆れた視線を向けながらツッコミを入れた。
「そうなんだけどー、こんなに早く行くことになると思わなかったんだよ」
「それはあるか」
真利の言葉に英花も納得する。
「泊まりがけの遠征はレベル25になってからと決めていたからな」
先日、思っていたペースより数ヶ月も早くレベル25となった。
それもこれも真利が新たにレアなスキルを得たからなんだが。
「まさか英雄のスキルをゲットするとはな」
「まったくだ」
英花が感心するように言うのも無理はない。
前に遠藤少尉が超レアなスキルの話をしていたけど、こっちの方がレアだからね。
どのくらいレアかというと、千年に一度その星に1人現れるかどうかと言われるくらいの確率である。
異世界からそういう存在として召喚すれば確実に勇者スキルを得る勇者とは違う。
そのくせ英雄は勇者の劣化コピーと言われてしまうのがつらいところだ。
「でも英雄って勇者の劣化コピーなんだよね?」
「勇者の従者として肩を並べることができる唯一無二の存在なんだぞ」
そのせいなのか勇者と同じパーティにいれば英雄スキルは取得できる確率が上がるのだ。
それでも簡単にゲットできるものじゃないので真利も時間がかかるだろうと踏んでいたのだけど。
「なんか変わったスキルが生えたよ」
「生えたって言うな」
「どんなスキルだ?」
「えーっとねえ、英雄だって」
「「なぁにいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」」
あの日の真利があっさりと覆してくれた。
おかげで経験値がとても得やすくなり想定よりも早くレベルアップできたという訳だ。
「うーん、そうなのかなぁ」
真利はイマイチピンときていない様子だ。
確実に強くなっているというのに昔と何も変わっていない。
「とにかく悪いことじゃないんだから、素直に喜んでおけばいいのさ」
「でも、人には言えないよね」
「そうだな。妬みにやっかみは言うまでもないことだし、利用しようと企む輩も出てくるかもしれん」
「えー、やめてよぉ。そんな怖い顔で言われたら本気で逃げたくなっちゃうよ、英花ちゃん」
目つきを鋭くさせて真剣な表情になった英花に真利がビビっている。
「秘密にすれば大丈夫だ。真利なら大丈夫だろう?」
「うっ、うん」
顔見知り程度の相手でも人見知りモードが発動して自発的に喋らなくなるくらい人見知りが激しいからな。
「あとは人前で次元収納を使うなよ」
「え、使えるの?」
「ああ、容量は勇者ほどじゃないがな」
伊達に劣化コピーと言われている訳じゃないということだ。
「あ、ホントだ。次元収納がある」
手持ちのスキルはこまめにチェックしないと知らぬ間に増えていることがある。
特に保有スキル数が多くなってくると見落としてしまい勝ちなんだよね。
「こっちに持っていく荷物、全部入れちゃおうかな」
「やめとけ。人前で出すに出せないなんてことになりかねないぞ」
「あっ」
真利は指摘されて初めて気がついたと言わんばかりに目を丸くさせている。
「言わんこっちゃない」
「えへへ」
真利はテヘペロで誤魔化しているけど、この調子では危機感が足りているのか心配になってくるな。
「事前に気付けたのだから構わないじゃないか」
英花が割って入ってきたのは俺が小言でも繰り出すと感じたからか。
俺だって小言マシンガンになりたい訳じゃないんだが。
そんな風に見えているというのなら何も言わないのが吉だろう。
という訳で軽く片手を挙げて応じておいた。
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「見慣れぬ風景が流れていく車窓の眺めはワクワクしますニャー」
キャンピングカーの助手席に陣取るミケが御機嫌である。
後ろの2人も運転席からは確認できないがくつろいでいるものと思われる。
運転している身としては安全にも気を配る必要があるので、俺にはそこまでの余裕がない。
最初の目的地までは俺が運転を担当するからしょうがないんだけど。
「目的地まで自動で走る車はできないもんですかねっと」
つい口をついて出る愚痴だが、それほど不満を抱いている訳でもない。
要するに暇なのだ。
妥協で購入した中古のキャンピングカーなのでナビもなければカーステレオもない。
前のオーナーのこだわりで、あえて外してあるそうだ。
おかげでスマホのナビを使うことになっているため音楽再生もままならない。
長距離移動だからバッテリーの残量にも気を遣わないといけないもんな。
「科学技術は日進月歩と言いますニャ。いずれできるようになりますニャン」
「俺は今すぐ欲しいんだ」
「無茶を仰いますニャー」
もちろん、その自覚はある。
それに何がなんでも欲しいとまで言うつもりはない。
「人間、暇になるとロクなことを考えないものなんだよ」
などと他愛もない会話をしながら車を走らせる。
「どうして後ろの居室と会話ができる道具を置かないのですかニャ」
不意にミケがそんなことを聞いてきた。
「買ってから気付いたんだが、キャンピングカーは人目を引くんだよ」
「それと何の関係がありますかニャ」
「中を見せてくれと言われた時に魔道具なんて置いてたら騒ぎになりかねんからな」
「断ればいいじゃないですかニャ」
「車っていうのは車検や点検で専門業者に見てもらわなきゃならないものなんだよ」
「すでに魔改造しているのに大丈夫なんですかニャ」
「だから最低限にとどめてるしバレないように工夫もしてある」
軽量化とサス強化は俺たち以外の人間が乗ると無効になるし、ゲートもわからないように設置した。
ゲートは誤って作動しないように条件設定もしてある。
あとは泥棒などに侵入されないよう魔法的な鍵も密かに設置してあるが、これに気付ける者も出てこないだろう。
「では魔道具でなければ問題ないということになりませんかニャ」
「そうかもしれんが、運転がおろそかになる気がするからダメだな」
「最初からそう言えばいいじゃないですかニャー」
「そうでもないぞ」
「どういうことですかニャ?」
「ミケと話してたおかげで時間が潰せた」
「ニャー、これは一本取られましたニャン」
別に上手いことを言ったつもりはないのだけど。
「お、そろそろ到着するな」
何だかんだと話している間にスマホのナビが到着地付近を告げてきた。
画面が小さくて見づらいけど、それでも何とかなったな。
「お疲れ様でしたニャン」
「おう、サンキュー」
あとミケを助手席に乗せておいて正解だった。
運転中は居室とやり取りできないのが、このキャンピングカーの弱点だからなぁ。
向こうと行き来するドアを開けっぱなしにしても固定されるようにしておくべきかな。
そうすれば無線とか用意しなくても済むし。
なんでそれを先に思いつかなかったのか自分でも不思議だけど。
読んでくれてありがとう。
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