57 冒険者の強さを知る方法
それは夕食後に初の泊まりがけ遠征の計画を話し合っている時のことだった。
「大川伍長からメッセージが届いたよ」
スマホの画面を見ながら真利が言った。
「大川さん、なんだって?」
「オークキングに挑んで帰らぬ人となった冒険者がいるので私たちも気をつけるようにだって」
「我々には無用の心配だが、その心遣いには感謝だな」
英花が感じ入るようにうなずきながら言った。
それについては同意するところだが思うところがないと言えばウソになってしまう。
自衛軍は死者が少しでも出ないように工夫した案をひねり出したけど、賞金だけじゃ無謀な連中を抑え込むには足りない気がしたからだ。
現にダンジョンから未帰還となるケースが増えているらしい。
特に他の地域ではその傾向が少し強いようだ。
地元で一番になるなどの功名心に火がついたといったところか。
何処のダンジョンにもボスはいるのだから当然と言えば当然なのかもしれない。
将来性のある冒険者がそれで消えてしまうのは損失だと思う。
もし自分のレベルが確認できれば少しは無謀な挑戦をする者を減らすことはできるだろうか。
ゼロにはできないにしても他地域のパーティが全滅するケースを減らせるんじゃないかという気はする。
「涼ちゃん、どうしたの?」
真利が心配そうに聞いてきた。
どうやら俺は長々と考え込んでしまっていたらしい。
「深刻そうだな、涼成」
英花にそう指摘されるくらいだから顔にも出ていたのだろう。
「別に深刻にはなってないんだけど無謀な勘違いをする連中が多いなと思ってさ」
「涼成が気に病むことではないだろう」
「気に病むというか、もったいないと感じたんだ」
「もったいない?」
真利が首をかしげている。
「将来性のあるパーティが減るってことだからな」
「ふむ、ダンジョンの勢力拡大を止める面子が減るということでもあるな」
英花がいつの間にか目つきを鋭くさせていた。
「将来的なことを考えると心配だねえ」
真利も表情を曇らせている。
「だから、もうちょっと何とかできないものかと考えてた」
「なるほどな。だが我々で解決できる問題でもないだろう」
「そうだね。自衛軍でも無理なんじゃないかな」
「完全に抑え込むのは無理だと思うけど少しは効果があるんじゃないかという策はある」
俺の言葉に真利はもちろん英花も驚きをあらわにした。
「そんなことできるの!?」
「問題点はいくつかあるけどね」
「その口ぶりだとハードルは高そうだな」
英花が苦笑している。
「ああ、レベルを知られることになるのが最大のネックだ」
英花がサッと顔色を変えた。
「なるほど。レベルがわかれば判断の目安になるが我々にとっては諸刃の剣だな」
「どういうこと?」
真利はいまひとつわかっていないのかキョトンとしている。
「俺たちのレベルは今いくつだ?」
「21だよね」
「一般の冒険者はベテランでも6前後。あの遠藤少尉でも10には達していないはずだ」
異世界で培った経験と勘による判定なので絶対ではないが大きく掛け離れてはいないだろう。
「少尉は越えているかもしれない」
故に英花が異論を唱えてきても否定することはできない。
「ボス攻略を成功させると経験値ボーナスがあるからな」
守護者の撃破は通常の魔物よりも経験値が多いだけではない。
シューティングゲームなんかの面クリアボーナスのようなオマケがあるのだ。
たとえダンジョンコアを掌握しなくても、それだけは確実に入るので一般人でもレベルが上がりやすかったはず。
「そっか、遠藤少尉たちはオークキングと連戦しているんだっけ」
リポップの間隔を把握して効率よく周回すればレベルも上がっていることだろう。
「だとしても我々とは開きすぎているな」
「それだと何か不都合があるの?」
「他人に知られれば忌避される恐れがある」
「そ、そう?」
人の悪意にさらされたのが学生時代のイジメだけだからなのか真利はピンとこないようだ。
「猛獣が目の前にいるとしたら、どう思う?」
「怖いかな?」
返事が疑問系なのはレベルが上がった証拠だ。
ライオンや虎に噛みつかれても大きなダメージにはならないと本能的に判断してしまうからね。
「あー、でも、動物園から猛獣が逃げ出したら騒ぎになるよね。そういうことかぁ」
ようやく真利も理解したようだ。
「そんな風に見られちゃうんだね」
「絶対ではないが、そうなる恐れは充分にある」
確率的には高いんじゃないだろうか。
人ってのは自分と大きく異なるものを恐れるからなぁ。
「それだと迂闊にレベルを公開できないね」
「やはり、やめた方がいいんじゃないか」
真利も英花も否定的だ。
「俺もそう思うんだが、少し強くなっただけで冒険者が勘違いをして無謀な真似をするのは避けたいんだよ」
これは他人のことを慮ってのことではない。
「ダンジョンに対抗する戦力が減るのは俺たちにとっても好ましくないだろう?」
「先々のことを考えると、そうかもな」
「だったら具体的な数値を出さないようにすればいいんじゃない? 冒険者免許の色が変わるようにするとか」
「免許の魔道具化か。悪くないアイデアだが魔道具はスキルがないと作れない」
「それは免許を魔道具化させる魔道具を用意すればいいことじゃないか」
英花の指摘で自分の視野が狭まっていることに気付かされた。
「ただ、行政の協力をどうやって得るかが課題だ。魔道具があまり普及していない現状では説明も説得も至難の業だろう」
それなんだよなぁと思わず溜め息が漏れる。
「色んな魔道具を先に広めてしまうとか?」
真利の意見は間違ってはいない。
「一応はそれもやるつもりだけど時間がかかりすぎるからなぁ」
「派手にやると我々が目立ってしまうしな。そうなれば変な連中が群がってくるのが目に見えている」
「せめて魔道具作成スキル持ちが他にもいればいいんだけど」
できれば大勢。
「「「はあ……」」」
3人でそろって嘆息してしまう。
なかなか良い案というのは出てこないものだ。
沈黙が食堂の空間を支配する。
「別にレベルを表示する必要はないんじゃないですかニャ」
ミケが食堂の片隅で丸まったままそんなことを言ってきた。
「どういうことだ、ミケ」
英花が問う。
「体力を測定すれば強さの目安はある程度わかるはずですニャ」
「なるほど、一理ある。それなら我々は周りに合わせて加減をすれば目立たない」
「体力の測定って学生時代にやったアレ?」
「そういや春先にやったなぁ」
真利の言葉で懐かしいものを思い出した。
「ほう、こちらの世界では春なのか。私のところでは冬だったぞ」
「なんでまた、そんな寒い季節に」
「さあな。持久走がメインだったからかも?」
「そういえば長距離走はなかったな」
「1日で全部終わらせるからね」
「ところ変われば文化も変わるものだな」
少し寂しそうに英花が笑った。
どれだけ似通った文化を持っていても、ここは英花の育った日本ではないのだ。
しんみりした空気が流れそうになったので話を戻すことにする。
「体力測定で冒険者のランク付けをするとして、俺たちの提案を冒険者組合がまともに取り合ってくれるかだよな」
「それなら大丈夫だよ」
自信満々に真利が胸を張る。
「本当か?」
「組合じゃなくて大川伍長に言えば、たぶん……」
急に自信を失ったのか真利の発言は語尾が近づくほど尻すぼみのトーンになってしまった。
「いいんじゃないか」
「そうだな。いま大川伍長は遠藤少尉のチームにいるから、そちらから話をしてもらえば通りやすくなると思う」
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