53 訪問者は謎の組み合わせでやってくる
その日はうちのフィールドダンジョンで連携の訓練と経験値稼ぎの狩りをしていた。
一段落ついたところで確認するとレベル18になっている。
上がる予感はあったのだ。
先日、比較的近場のフィールドダンジョンを潰してきたのだけど思ったほどレベルアップできなかったからね。
だったら少し経験値を得るだけでレベルアップするだろうと思って今日の訓練である。
目論見通りとなって少しばかり浮かれていると紬から念話で連絡が入った。
『お客様です』
『わかった』
英花が応じて簡単な指示を出し念話を切り上げると爺ちゃんの家に設置したゲートで真利の屋敷へ戻った。
客からの指定のということで3人で玄関脇の応接間へと向かう。
応接間についたところで──
「失礼。離れにいたもので遅くなりました」
などと白々しく言いながら中に入る。
一瞬、ギョッとさせられた。
「よーう、また会ったな」
ニカッと笑って手を挙げるヘンドリック少尉。
少尉だけなら、さして驚きもしなかったと思う。
4人もいた上に組み合わせが、あまりにも妙だったものでね。
ヘンドリック少尉の他には氷室軍曹と大川伍長、そして見知らぬツンツン頭の若い男。
まず海軍と陸軍が一緒に行動するというのが謎だ。
冒険者として活動する際もパーティは小隊単位で編成することが多く、混成部隊になることは滅多にないと聞いたことがあるのだけど。
加えて民間人が同行している。
どういう組み合わせというか何を目的にしているのかがサッパリ読めない。
「ご無沙汰してますと言うには、まだ日も浅いですね」
「堅苦しいなぁ。もっと肩の力を抜こうぜ」
馴れ馴れしくはあるが嫌な感じがしないのがヘンドリック少尉の人柄なんだろう。
「ヘンドリック少尉はいいかもしれませんが、他の方もいますからね」
「構わないだろ」
俺の言葉に横を見て確認する少尉。
軍曹は苦笑し伍長は呆れている。
ツンツン頭の兄ちゃんは緊張した面持ちでこちらを見ていた。
「構わないみたいだぜ」
返事がないのを勝手に了承と解釈するとは強引だね。
陸軍組は反対しても無駄だと思っているから何も言わなかっただけだと思うのだが。
「あと最近、俺はヘンドリックじゃなくなってな」
「は?」
「帰化が正式に認められたから改名したのさ」
「それはおめでとうございます」
「だから今の俺は遠藤ジョーだ」
「張井涼成です。こっちは真尾英花、それと明楽真利」
初対面の相手もいるので自己紹介をしておく。
「陸軍所属の氷室誠一だ」
「同じく大川雪乃です」
大川伍長の名字は知っていたけど名前は初耳だ。
だから、どうということはないのだけど。
「えーっと、堂島洋一言います」
ツンツン頭の兄ちゃんが独特のイントネーションで自己紹介した。
真利がほとんど聞き取れない声量で関西人だぁと呟いている。
生で関西弁を聞く日が来るとは思わなかったので俺も似たような感想を抱いたけどね。
「先日はホンマ助かりました。おおきに」
堂島の兄ちゃんが座布団の上に胡座をかいたままで深々と頭を下げた。
「先日?」
英花の方を見る。
「いや、知らないぞ」
「真利は?」
問うと首をかしげてから首をフルフルと振った。
「人違いじゃないですかね?」
「ハハハ! 何を言ってるんだ、涼成」
俺が確認しようとするとヘンドリック改め遠藤少尉に笑われた。
「君たちと洋一は初対面じゃないぞ」
「「「はあっ!?」」」
見事なまでに3人でハモってしまった。
それくらい意外で俺たち3人の誰も心当たりがなかったのだ。
「少尉、堂島さんが普段着だからわからないんですよ」
大川伍長が助け船を出すように捕捉してくれた。
「彼はダンジョン系のニューチューバーのフレイムマンとして活動しています」
「「「フレイムマン!?」」」
またしてもハモってしまった。
「あー、すんません。自己紹介の時に言うといた方が良かったですなあ」
「それはいいんですが、わざわざ礼を言うために?」
「もちろんですがな。命助けられといて礼も言わんとか不義理にも程がありますやん」
そりゃまあ律儀なことで。
「そうは言っても我々はほとんど何もしてませんよ。ヘンドリック──じゃなかった、遠藤少尉が堂島さん、を救出したんですから」
「それは聞いてますけど、だからこそですわ。兄さんらが脱出の切っ掛けを作ってくれんかったらアウトやったって」
「そうそう。俺1人じゃ絶対に無理だったからな」
少尉がフォローしてくるから俺たちに逃げ場はなさそうだ。
別に逃げなくてもいいとは思うけどさ。
「はあ。それでは、お役に立てたようで何よりということでよろしいですか」
「えらい、あっさりしてますな」
ツンツン頭が半ば呆然とした表情でそんな風に感想を漏らした。
だって礼を受けなければ延々と押し問答のようにやり取りが続くだけなのが見えているし。
面と向かって言わないが、そんなのは面倒なだけだから早々に終わらせるに限る。
「そうですか? なんだかお土産までいただいたようですし普通かと」
そうなのだ。
応接間に入る前に紬から聞かされていたことだが目の前に出されているカステラは堂島氏が持ってきた品だった。
ピンク色の紙箱に入っていたというので、知らないメーカーのものだ。
「いやいや、手土産は用意させてもらいましたけど大層なもんとちゃいますわ」
顔の前でブンブンと手を振る堂島氏。
「関西ではデパートでも売っとる贈答品の定番みたいなもんですけど気軽に買えますねん」
「はあ」
「金装いう店の赤箱て呼ばれてるカステラなんですけど手頃やのに旨いんですわ」
熱の入れ様が普通ではないように感じた。
それは本人も思ったのだろう。
急に我に返って恥ずかしそうに縮こまってしまった。
「堂島さんがご厚意でお持ちいただいたものですから、お茶が冷めないうちにいただきましょうか」
堂島氏を恐縮させたままなのも居心地が悪いので手土産のカステラに皆の意識を誘導する。
茶が冷めると言われると、大抵の人間は気になってしまうものだ。
思惑通り皆のカステラに手が伸びる。
手づかみにする者もいればフォークを刺してかぶりつく者もいる。
前者は氷室軍曹で後者は遠藤少尉だ。
残りの皆はフォークで切り分けながら食べていく。
「うん、旨い」
「ちょっと甘めだが嫌いじゃないな」
豪快にかぶりついた氷室軍曹と遠藤少尉はあっという間に食べ尽くした。
おかわりと言い出さない分別はあるようだけど、お世辞にも行儀がいいとは言えない。
そのせいで大川伍長は呆れ顔で2人から目をそらしている。
状況が許せば他人のふりをしたいところなんだろうけど、隣に座っているのが氷室軍曹でさらに隣が遠藤少尉じゃどうしようもない。
挟まれていないだけマシと言えるだろう。
まあ、彼女にとっては針のむしろであることに違いはない。
「で、自衛軍の方々も何か話があるんでしょう」
ティータイムが終わろうかというタイミングで声をかける。
「おう。単刀直入に言うが自衛軍に入らないか」
「お断りします」
遠藤少尉が快活に勧誘してきたのをにべも無く断る。
「まいったね。ゼロタイムで切り返されたよ」
さして困った様子も見せずにハハハと笑う遠藤少尉。
それに対し大川伍長は渋い顔だ。
「先に言っておくと海軍がダメなら陸軍はどうかというのもなしでお願いします」
「理由をうかがってもよろしいですか」
諦めきれないのか大川伍長が聞いてくる。
「誰かに命令されるなんて真っ平です」
異世界ではほぼそういう状態だったからね。
俺も英花も二度と誰かの下で働きたいとは思わない。
それと真利は異世界に召喚されてはいないが知らない人間と関わるのを嫌がるからな。
伊達にずっと引きこもっていたわけではないのだ。
読んでくれてありがとう。
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