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51 助けたのは

「死にたくなければ立て!」


 知らない男の声に洋一は我に返った。


「痛ててっ」


 痛みを堪えながら、どうにか立ち上がる。


「ボヤボヤすんな。さっさと逃げろ!」


 無茶を言ってくれると洋一は思った。

 動こうとすると激痛が走るのだ。

 男の方を見るだけでもひと苦労である。

 自衛軍の迷彩服が視覚情報として目に飛び込んできた。

 オークキングと正対して牽制している。


「ホンマに逃げてええんかい」


 洋一は男に確認するように問うた。

 この男でもオークの王に勝てるかは怪しいところだ。

 ダンジョンに潜る自衛軍は精鋭ぞろいと聞いてはいるが、オークキングのヤバさを目の当たりにした後では噂を信じる気にはなれない。

 男の焦りようからしても勝率は五分にも満たない気がする。

 先程の攻撃を無効にした割り込みは不意打ちだったから成功したに過ぎない。


「お前が逃げねえと俺が逃げらんねえだろうが」


 見捨てるという選択肢はないのだろう。

 でなければ助けに入ったりはしないはずである。


「悪い。行かせてもらうわ」


「おう」


 右腕をダラリと下げた状態で洋一は痛みに悲鳴を上げ続けている体に鞭打ってボス部屋の出口を目指す。

 ハッキリ言って速くはない。

 歩くよりはマシという程度だ。


「強く蹴りすぎたか」


 という男の声が聞こえてきたが、それがなければ洋一は死んでいたことだろう。

 感謝こそすれ恨むことはない。

 ただ、腕の痛みが体を動かそうとするのを邪魔してくるのはいただけないが。

 それになんだか頭がぼうっとしてきたような気がする。

 意識に空白ができるというか靄がまばらにかかったような……


「伏せろっ!」


「えっ」


 振り返った瞬間、顔面を影が覆った。


「うわぁっ!」


 男の間近にいたはずのオークキングが自分の間合いに飛び込んできたことに洋一は驚き、そして怯えた。

 それが脚をもつれさせてしまい、結果として尻餅をついてしまう。


 オークキングの振るった剣が目の前を通過する。

 もしも尻餅をついていなかったら胴体が真っ二つになっていたかもしれない。

 太刀筋にそう思わせる勢いがあった。


 シャレんならん!


 洋一はゴロゴロと転がって間合いから逃れた。

 腕の痛みになど構っていられない。

 相変わらず頭がぼうっとするが動けないわけではない。

 裏を返せば、ハッキリとものを考えられないおかげで恐怖感が薄れて動けているのだが。

 もちろん洋一がそのことに気付くことはない。

 目の前の状況に対処することで目一杯だ。


 次が来る。

 直感的にそう思って死に物狂いで逃げたが、後が続かない。

 痛みも増し息も荒く立つこともままならなくなってきた。


 ヨロヨロとした動作でどうにか立ち上がりふらつきながら、より明るい方へと足を前に出す。

 その足取りは覚束ないしボンヤリとしかものが見えなくなっている。

 もはや何がなにやらだ。

 時間の感覚すらわからなくなっていた。


 俺もアホやなと内心で悪態をつく。

 こんなモタついとったら、すぐ追いつかれてぶった切られてしまうやないか……

 しかし、体が動いてくれないのだからどうしようもない。

 さあ来る、いつ来る?

 頭の中でそればかりが反芻されるが何も起こらない。


「逃げるぞ!」


 遠くで男の声がした気がしたと思ったら不意に体が大きく揺れた。


「グエッ」


 男に担ぎ上げられたのだと理解することなく洋一は意識を失った。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



「ふうっ、酷い目にあったぜ」


 ボス部屋の外に逃げ出してきた男が担いでいた真っ赤なつなぎのコスプレ男を地面に降ろすと、頭を揺らしてコキコキと首を鳴らした。


「助かったぜ、助太刀ありがとよ」


 バンバンと俺の肩を叩いてくるその男は自衛軍のヘンドリック少尉だ。

 革鎧を着ているので何ともないが平服だと痛いんじゃないだろうかってくらい力のある叩き方だ。

 加減というものを知らないのだろうか。


「ヘンドリック少尉が先にボス部屋に突入してくれたから間に合ったんですよ」


 実際は別ルートから先に飛び出してきた少尉を追い越さずに任せてみたのだけど。

 結果は失敗だ。

 赤い男は死ぬことはまぬがれたものの骨折した上にボロボロになってしまったからね。


「君らも、このマスク男がボス部屋に突撃するのを見たんだな」


「でなきゃ駆けつけたりしませんよ」


「そりゃ、そうか。ハハハ」


 笑ってボス部屋の方を振り返るヘンドリック少尉。


「ボス部屋が閉鎖タイプじゃなくて良かったよ。ありゃあ倒せねえわ」


 こちらに向き直り冗談めかして言う。


「自動小銃を使えばいいじゃないですか」


「フレンドリファイアを怖がる上が許可なんて出さねえよ」


「あー、ダンジョンじゃ民間人もいますからね」


 弾が貴重品と言われるより納得できてしまう理由だ。

 たとえ意図的ではない事故だったとしても銃撃により怪我を負うことの忌避感は日本では外国の比ではないくらいに根強い。

 しかもダンジョンは戦場ではない。

 免許が必要とはいえ民間人も出入りする狩り場や採取場というのが世間に根付いた認識である。

 銃撃による事故はあらゆる方面から叩かれることだろう。

 弓などは認められている上に事故も起きているのに騒がれないのは不条理と言う他ない。


「そういうこった」


「ボスを倒すことに限定してもですか」


「弾をばらまいた以上の成果があるなら話は別だろうが、ちょっと肉が多めにドロップする程度しか見込めないだろう?」


 貴重品というのもウソではない訳か。


「だが、今日は収穫があった。アレに近いものなら許可が出るだろう」


「アレですか?」


「君らが使った手だよ」


「あー、デスソースカプセルですね」


 ヘンドリック少尉が助けられるならと様子を見ていたけど、これはマズいと介入する際に使ったものだ。

 これはデスソースを薄い袋に詰め細工をしたカプセルトイを入れる容器に封入したものだ。

 安全確保用のテープを剥がすと少しの衝撃でカプセルが開き袋が破れる仕掛けになっている。


 それを俺たち3人でオークに投げつけた。

 投てきスキルがまだカンストしていない真利が顔面で俺と英花が両腕を狙って命中させた。

 顔面についたソースを手や腕で拭おうとすると被害が悪化するという寸法である。

 目論見通りの結果となったことでヘンドリック少尉は赤い男をボス部屋から連れ出すことができた訳だ。


「でも、自衛軍の装備にそんなものがあるんですか」


「ある訳ねえだろ、あんな恐ろしいもの」


 辟易したと言わんばかりの顔で少尉は否定する。


「近いものって言ったろ」


「はあ」


「要するに目潰しするものだよ」


「あー、スタングレネードですね」


 強烈な光と爆音で至近距離にいる者の目と耳を一時的に使えなくする武器だ。

 確かにあれなら相手に位置を察知されることなく攻撃できるようになるか。

 オークキングの場合は無茶苦茶に暴れそうな気もするけど、事故は起こりにくそうだ。

 仮に事故ったとしても銃撃を受けるよりは批判されることも少ないだろう。


「知ってるのか」


 軽い驚きを見せる少尉である。


「前にテレビで見たことがあるんですよ。テロ鎮圧の特殊部隊が使ってましたよ」


「なるほどねえ。なんにせよ用意がいいな」


「万が一の保険ですよ。役に立ったでしょ」


「そうだな、助かったよ。この借りはいずれ返させてもらうよ」


「別にいいですけどね」


 こちらは様子見してたわけだし感謝されるほどのことはしていないのだから。


読んでくれてありがとう。

ブックマークと評価よろしくお願いします。


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