49 ダンジョン系厨二病患者?
結局、ボス部屋の近くまで来たのだが……
「変なのがいるな」
角から先を覗き込んで引っ込んだ英花が声を潜めつつ言った。
「全身、真っ赤だね。革のつなぎに鎧を着てるのかな」
真利の予測は正しい。
「千里眼で確かめたけど、それっぽいぞ。装飾とかしてるから特注品だろう」
「ファッション感覚でダンジョンに来ているのか」
英花が眉をひそめる。
「別にそれが悪いことじゃないだろう。ヒーローのコスプレをしているみたいだし無茶はしないんじゃないか」
「コスプレ? 何しに来ているんだ」
英花は目を丸くさせたかと思うと嘆息した。
「魔物を悪の組織の怪人に見立てているんじゃないか」
ヒーローになりたい系の厨二病患者ならば、あの出で立ちも説明がつく。
「そういうのは上の階層でやれ。初級冒険者がオーク相手に遊んでいると死ぬぞ」
「こんな場所まで入り込んでいるんだ。ああ見えて中級以上だろう」
「どうだかな」
フンと不機嫌そうに鼻を鳴らす英花。
それでも死人が出るのは嫌なのだろう。
「ミケ、偵察を。無謀な真似をしそうなら報告」
ここのところずっと連れてきているミケに指示を出した。
「アイアイニャー」
毎度のごとく敬礼してからシュバッとダッシュしつつ霊体モードになってボス部屋の前で妙な動きをしている冒険者の様子を探りに行った。
「何処かで見た気がするなぁ」
とは、やはり角の向こうを除いた真利である。
「思い出せそうか、真利?」
少しでも手がかりがほしいのか英花が問うている。
「うーん、どうかなぁ」
真利は自信なさげに首をかしげている。
「何処で見たのかも思い出せないから時間かかりそう」
「そうなのか? あんな派手な格好をして奇妙な動きをしている奴ならインパクト強そうだけどな」
俺がそう言うと真利はハッとした表情を見せた。
「そっか。Newtubeの動画で見た人だ」
「ということはニューチューバーってやつか」
「そうだよ。その中でもDunチューバーに分類されてる人だね」
「「Dunチューバー?」」
俺も英花もそちらの情報には疎いので思わず聞き返していた。
「ダンジョン系ニューチューバーの略だよ」
「そんなのがいるのか」
思い出せたようで何よりなのか思い出せない方が良かったのか。
どっちなんだろうなとは思ったものの、それをあえて声に出して言うことはない。
「ダンジョン系はマイナーだけどね」
「そうなのか?」
「だって冒険者はガチめの人が多いでしょ」
遊び感覚やファッション感覚など軽い気持ちで冒険者になる者は長続きしないからね。
当然だ。魔物相手とはいえ命のやり取りをするのだから。
「ゲームの配信ならガチでもいいけど、ダンジョン攻略って命がかかってるからねー」
「殺伐としすぎて敬遠されるってことか」
「まったく需要がない訳じゃないけど、そんな感じかな」
「それであの男が派手な鎧を着てクネクネと踊るように動いているのはどういうことなんだ?」
理解不能と言わんばかりに呆れた顔を見せている英花が真利に問いかける。
「あれが、あの人の売りになってるみたいだよ。架空の特撮ヒーローになりきって世界を救うんだって」
「世界を救う!?」
英花が目を見開いて驚きをあらわにしている。
掲げる目標に反しているとしか思えない奇妙な動きは先程からずっと続いているからだろう。
「そういう名目で面白おかしく配信するDunチューバーだよ」
「面白おかしく、ね」
再び呆れの表情へと戻った英花が溜め息をついた。
「あの奇妙な動きも決めポーズだって」
「なるほど。だから踊っているようでそうではない感じになるんだな」
そこだけは理解できたようだ。
そのタイミングで不意にミケが姿を現した。
「ただいま戻りましたニャ」
「御苦労。どうだった?」
「ボス部屋に至るまでの戦闘についてカメラに向かって身振り手振りを交えて報告してましたニャ」
「わかりやすくするためなんだろうな」
「側で見ていると痛々しかったですニャン」
「別に離れていても痛々しくしか見えていないと思うが?」
英花のコメントが容赦ない。
「それよりも問題は1人でボス部屋に突入しようとしていることですニャ」
「バカなのか?」
「バカなんだろう」
「バカだね」
3人とも角の向こうで踊るような一人芝居をするDunチューバーに対する見解が一致した。
「止めた方が良くありませんかニャ」
「止めても行くだろう。力尽くでどうにかしても日を改めるだけだ」
「涼成の言う通りだな。それにそこまでする義理はない」
「一応、声掛けだけでもしておこうよ。なんだか罪悪感が湧いちゃうよ」
真利にそんなことを言われると、しょうがないなぁって気になるから不思議なものだ。
「偶然を装って近づくか。それで声掛けして、後は奴の判断しだいってところか」
ハッキリ言って成功確率は極めて低い。
それでも行動に移す。
万が一にも死なれちゃ本当の管理責任者として寝覚めが悪くなりそうだしな。
そんな訳で俺たちはボス部屋へ向けて移動を開始した。
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「こんちはー、冒険者ヒーロー見習いのフレイムマンでーす」
フレイムマンを自称した堂島洋一は挨拶に合わせて大きく体を傾けながら敬礼をした。
小さいアクションカメラを三脚に固定しての撮影は照れくささを感じなくなるまで時間がかかったものだが、今では慣れてしまった。
初期の動画を見るとフルフェイスの特注ヘルメットを被っていても恥ずかしがっているのがわかってしまうのだけど。
現にコメント欄には指摘する声が続いたものだ。
「今回もゆるーく始まりましたダンジョン正義チャンネル」
ここでフレイムマンの決めポーズを取る。
後で効果音を入れるとわかっていても空虚な時間だ。
「さて、今回は初心者向けダンジョンに来ています」
片手を耳に当てつつ前にぐいっと身を乗り出して視聴者の声を聞く仕草をする。
「ショボい? いやいや、そう決めつけるのは早計なのだよ」
チッチッチと舌を鳴らしながら人差し指を立てて横に振る。
「中級免許持ちのフレイムマンが何のネタもなく初心者ダンジョンに来ると思うたかー」
ぐいっと胸を張って力説する。
フレイムマンのマスクが邪魔をしてドヤ顔でアピールできないのが難点だ。
だからオーバーアクションで感情を表現している。
ただし口調はあえて抑揚をつけていない。
コメント欄に「ウザい」とか「うるさい」と書かれたので以後は修正した。
「ここはつい最近、新たな階層が発見されてボス部屋まで見つかったという今話題となっているダンジョンなのであーる」
くるっとスピン回転しカメラに向けて人差し指を突き出す。
「そしてフレイムマンは今、そのボス部屋の前にいるのですよー。HAHAHAHAHA」
腰に手を当てて反り返るようなポーズで体を揺らす。
「中にいるのは頭上に王冠のあるオーク」
ぐいっと前に1歩踏み出す。
「そう、オークキングなのです」
元の位置に戻って間を置いた。
「そろそろ上級に昇級したいと考えているフレイムマンは考えました」
腕組みをしてウンウンとうなずく。
「ここのボスって配下もいないしソロのフレイムマンでもワンチャンありそうだね、と」
人差し指を立てる。
「ここに来るまでにオークと何回か戦いましたが、どうにか怪我もせず勝てました」
腰に差した剣を抜き放ち掲げてみせた。
「オークキングも油断しなければ、ひと当てふた当てできそうです」
剣を軽く振るってから鞘に納める。
「見たところ入り口が閉鎖される様子もないようなので~」
後ろを振り返り中の様子をうかがう素振りを見せてから前に向き直る。
「これなら危なくなっても逃げられますね」
横を向いてスタコラサッサと逃げるジェスチャーで素早く足踏み。
「そんな訳でボス戦にチャレンジしてみたいと思いまーす」
最後にビシッとポーズを決めた。
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