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48 ジョーが来た

「大川さん、今日もよろしくー」


 受付で入場申請をしつつ顔なじみとなった受付のお姉さんこと自衛軍の大川伍長に挨拶した。

 パーティ単位での申請になるので俺が代表して手続きしている。

 英花と真利はダンジョンアタックの準備を進めている。

 主に装備品のチェックだ。

 とはいえ向こうの方が俺の手続きよりも時間はかからない。

 武装と防具は手入れ済みだから目視で確認するだけだし。

 ドロップアイテム回収用という名目の大容量バックパックは損傷がないかを確認するだけ。

 まあ、バックパックは窓口へ持ち込む分だけを回収するためのダミーではあるけどね。


「今日も2層の探索ですか。精が出ますね」


「高級豚肉がドロップしますからね。そろそろ業務用の冷凍庫がいっぱいになりますけど」


「飲食店でも始めるつもりですか」


 大川伍長は登録作業の手は止めずに冗談を言ってくる。

 手慣れたものだ。


「まさか。備蓄みたいなものですよ」


「そんな大袈裟な」


 大川さんは、そう言ってアハハと笑う。


「そうでもないですよ。遠征もしようと考えているので、その時は買い物とかも行けませんし」


 遠征を考えているのは事実だが備蓄というのはちょっと違うか。

 周囲から怪しまれないよう見せる用に確保したドロップアイテムより俺や英花の次元収納のスキルで確保した方が圧倒的に多いから備蓄する必要がないんだよな。

 初めて洞窟型のダンジョンに入って以来、連日のごとく訪れているのは色々と改装しているためだ。

 万が一、ボス攻略されるようなことがあった時のためにダンジョンコアを地下深くに埋設したり。

 2層の通路を延長させて大勢が訪れるようになってもパンクしないようにしたり。


「そういうことですか」


 大川伍長の目が細められる。

 何だ?


「浮気をするおつもりなんですね」


「人聞きの悪いことを言わないでもらえますかね」


「フフフ、冗談ですよ」


「まったく……」


 隣の窓口に並んでいた見ず知らずの冒険者がギョッとしてこっちを見てたじゃないか。

 勘弁してほしいよ。

 それだけ受付のお姉さんと親しくなったとも言えるんだろうけど。


「これで登録は完了です。お気をつけて」


 大川伍長が言い切る前から背後から不穏な空気が流れてくる。


「いい加減にしてくれないか!」


 英花の怒号が聞こえてきた。

 どうやら何かトラブルのようだ。


 振り返って見てみれば、英花の前に金髪をクルーカットにしたオッサンがいた。

 迷彩服に身を包んでいかにも自衛軍という格好をしている割に軽薄そうな雰囲気を醸し出している。

 何処かで見たことがある気がするのだが誰だったか。


「ヘンドリック少尉!」


 受付から出てきた大川伍長がダッシュでオッサンの元に向かう。

 見覚えがあると思ったらゾンビの群れに追い回されて撤退するしかなかった部隊の隊長さんか。

 うちのと揉め事を起こしてくれるとは予想外のことをしてくれるね。


 英花が睨み付け真利はその背後に隠れるようにして様子をうかがっている。

 大方、真利を相手にしつこくナンパでもしたのだろう。

 あの晩の印象とはまた違う一面を見せてくれるとは思わなかったよ。

 何にせよ、このままにはしておけないので英花たちへの元へと向かう。


「職務中にナンパをするなとあれほど言ったじゃありませんか」


「それは無理な注文だ、伍長。美しい女性を見たらまず口説くべきだろう」


 ガミガミと食ってかかる大川伍長に対して両手を小さく広げながら弁解をするヘンドリック少尉。


「何をバカなことを言ってるんですかっ。このことはセクハラ案件として海軍に抗議しておきますからね」


「オー、何とも無体な御言葉だ。そして任務に忠実な君もまた凜々しく美しい」


 確かに大川伍長も美人ではあるけれど、噛みつかれているのに口説きにかかるとは根っからのナンパ野郎なんだな。


「バカなことを言ってないで、さっさと調査に向かってください」


「そのつもりだよ。ソロだと寂しいから誘っていただけなんだ。もう少し待ってくれないか」


 2人が言い合っている間に俺はアイコンタクトとハンドサインで2人に入場を促す。

 ああいうのは関わらないのが吉だ。


 だが、敵も然る者。

 音も立てずササッと移動しようとした2人に、いち早く気付いた。


「君たち、返事を聞かせてくれてもいいだろう」


「我々は他の誰とも組むつもりがない。これで納得するか」


「つれないねえ」


 ヘンドリック少尉は肩をすくめて苦笑いしている。


「仲間が来たので失礼する」


 英花は相手にする気がないとばかりにシャットアウトする。

 真利にとっては頼もしい限りだろう。


「俺はジョー・ヘンドリックだ。縁があったらまた会おう」


 懲りないオッサンである。

 が、英花はまるで相手にせずスタスタと去っていく。

 真利もヘンドリック少尉のことはガン無視で英花について行った。

 俺も2人の後を追う。


「少尉、間違ってもダンジョンの中で今のような真似はしないでくださいね!」


 背後から大川伍長が釘を刺す声が聞こえた。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



「で、あの少尉はしつこかったのか」


 ダンジョンに入ってから聞いてみた。


「それなりにな」


 英花が答える。


「あまり粘着質な感じはしなかったが」


 そのあたりはナンパの間合いを熟知しているのだろう。

 どうやら経験豊富なようだ。


「あれは探りを入れに来たのかもしれないな」


「それだと後を追ってくるかもしれないか」


 今のところは、そういう気配がないけれど。

 自衛軍にはマークされてしまったか。

 少なくとも俺たちの情報は陸海空の軍すべてに行き渡っていると考えるべきだろう。

 試験でやりすぎたことが今更ながらに悔やまれる。

 事前にもっと情報を仕入れておくべきだったな。


「今日でここは引き上げて次からは別のところへ行こう」


 俺の言葉に真利が背中を丸めたままホッとした様子を見せる。


「そんなに嫌だったか」


「だって、なに話していいかわかんないんだもん」


「無視すりゃいいんだ」


「そう思って黙ってたら、ずっと喋り通しだったよ」


 向こうの押しを流しきれなかったか。

 人付き合いが苦手な真利らしいと言える。


「次からは、しつこいとか黙れと言ってやればいい」


「ううっ」


 恨めしそうな目で見られてしまう。

 語らずとも「できる訳ない」と抗議されているのは明白だ。


「俺たちが一緒の時は盾にすればいいけどさ。自分1人のタイミングだってあるかもしれないだろ」


「うー」


 不服そうに真利はうなった。

 そのタイミングでオークが登場。


「ほれ、鬱憤晴らしだ。狩ってこい」


 3匹いたがすべて真利に任せる。


「バカーッ!」


 この悪口はヘンドリック少尉に向けたものだろうな。

 八つ当たりされるオークからするとたまったもんじゃないだろうけど。

 どうせドロップアイテムになるんだし早々に諦めてもらおう。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



「スゲえ迫力だったわ」


 英花たちを見送ったヘンドリックが大きく息をつく。

 力が抜けたせいか気の抜けた顔になっていると大川伍長は思った。


「アイツら化け物だな」


 軽い口調の言葉であったにもかかわらず大川伍長はギョッとして少尉を見た。


「探りを入れたんですか、少尉」


「そんなとこだ。こういうのを藪をつついて蛇を出すって言うのかね」


「それは余計なことをして良くないことが起こったときに言うことわざです」


「ビビってちびりそうになったから半分当たりだな」


「本気で言ってるんですか」


 ヘンドリックの軽さに疑いの目を向ける大川。


「冗談めかして言わないとやってられねえぞ。後ろに隠れた姉ちゃんが一番弱そうだったが、それでも勝てる気がしなかった」


「蛇に睨まれた蛙になりかけた訳ですか」


「あ、それって日本のことわざだろ。どういう意味なんだ? できれば手取り足取り教えてもらいたいね」


 懲りない男だ。

 大川伍長はどうしたものかと嘆息した。


読んでくれてありがとう。

ブックマークと評価よろしくお願いします。


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