47 大尉と伍長の評価は
「ところで話は変わるけど、君たちドロップアイテムはどうしたんだ」
あまり聞いてほしくないことをオジさんが聞いてきた。
「今日はそんな準備をしてこなかったものですから……」
冒険者組合に買い取りを依頼する準備はしてこなかったという意味ではあるが。
もちろん、戦利品は持ち帰らせていただきますよ。
「ああ、なるほど。オークと戦闘になるとは思わなかっただろうからね」
オジさんは勝手に納得してくれた。
「ということは今頃はダンジョンに吸収されているか。もったいない話だね」
ドロップアイテムも回収しなければダンジョンが飲み込んでポップするための材料にしてしまう。
このあたりは、こちらの世界でも認識されているみたいだな。
「次からは是非とも持ち帰ってほしいな。買い取り額は相場になってしまうがね」
「全部は無理ですけどね」
「それなら、こちらで荷物持ちの人員を用意してもいいぞ」
「俺たちが守らなきゃならないんですよね」
「その心配は無用だ。自衛軍の中でもダンジョン探索に適性のある者を同行させるよ」
「それってどうなんですかね」
「というと?」
「最初は問題なくてもドロップアイテムが増えてきたら動きが鈍くなりますよね。探索を続ければ疲労も蓄積していきますし足手まといになると思うのですが?」
言葉だけでなく、そこまでちゃんと考えているのかという視線も上乗せしておく。
こちらの手の内を見せるだけでも論外なのに足手まといのお守りもしなきゃならないなんてお断りだからね。
「こりゃ参ったな。君の言う通りだ」
オジさんはガハハと笑ってあっさりと引いた。
やる気があるのかないのか本当に読めないんですがね。
これは額面通りに受け取らず腹の黒いタヌキさんが化かしにかかっているくらいに思っておいた方が良さそうだ。
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新人冒険者3人が帰ったのを見届けて田原大尉は大きく溜め息をついた。
「大川くん、彼らはどうだった?」
その声掛けで今まで部屋の壁と同化するように身動きひとつ取らなかった女がソファに腰掛けたオジさんに向き直った。
「得体が知れませんね」
涼成が受付のお姉さんと内心で呼んでいた大川伍長が嘆息しながら言葉を続ける。
「何も見えませんでしたよ、所長」
「ほう。君の看破の魔眼で見抜けない相手がいるとは思わなかったよ」
愉快そうに笑うオジさん所長、田原大尉。
「買いかぶらないでください。海軍のヘンドリック少尉の時もダメだったんですから」
「ああ、彼か。あの男は特別だからなぁ。よくぞ日本に来てくれたものだと思うよ」
田原は穏やかな笑みを崩さずに言った。
「つまり、彼らはあの怪物少尉と同等かそれ以上ということか」
その言葉に大川伍長の顔色が一瞬で変わる。
「まさかっ。彼よりも上だなんてこと……」
「信じられない気持ちはわからんでもないが感情で判断を見誤ると痛い目を見るぞ、伍長」
「は、はい。でも、そんなことがあり得るのですか?」
大川はヘンドリック少尉の経歴を思い返す。
少尉はアメリカの海兵隊特務部隊に所属していた魔物討伐の専門家だ。
それが急に自己都合により退役したかと思うと日本に帰化申請を出し日本で魔物討伐にいそしんでいる。
渡日するだけでなく帰化までしようとした理由が「日本のアニメを堪能したい」というのには呆れさせられてしまったが。
「現実とは時として信じ難いものだよ」
「所長にとっても信じ難いことなんですね」
「そうだな。ボスと戦わなかったと言っていたが本当かどうか」
「それは……」
もしそうだとすれば、世界中の誰も達成したことがないダンジョンのボスを討伐して生還したことになる。
偉業中の偉業と言わざるを得ない事を成し遂げて吹聴するでもなくサラッと窓口で秘密の階段を発見したことだけを報告してくるものだろうか。
「君の看破の魔眼でも彼らの能力はおろか言葉の真偽さえ見抜けなかったのだろう?」
大川伍長は返答に詰まる。
己に発言した看破の魔眼のスキルは相手のスキルや発した言葉の真偽を見抜くことができるのだが、強者相手だと精度が落ちる。
同じ陸軍の氷室軍曹などはスキルがあるのがわかる程度だ。
海軍のヘンドリック少尉は何も見えなかったし話をした内容の真偽も不明であった。
信じ難いことだが新人3人が少尉と同等以上というのは認めざるを得ない。
それでもボスを討伐できるとは思えないのだ。
「ま、その辺は確かめようがないから今後の彼らの活躍を静観しようじゃないか」
「それは彼らをマークするということですか?」
「あー、変につきまとうのはやめておくべきだろうな」
「そうでしょうか? 危険人物でないという保証もありません」
「彼らが妙な真似をするようなら、その時に対処すればいい」
「そんな悠長な」
「どうせ我々はいつも後手後手だ。それなら変に刺激しない方がいい」
「いくらなんでも無責任ではありませんか」
「藪をつついて蛇を出したくはないだろう? 下手をすると出てくるのがドラゴンかもしれんぞ」
「まさか……、私には彼らがそこまでの相手とは思えません」
「君は見てくれに騙されているぞ」
皮肉げな笑みを浮かべる田原大尉に眉をひそめる大川伍長。
「そうでしょうか」
「私の見立てでは、あの青年と金髪のお嬢さんは死線を何度もくぐり抜けてきているぞ」
「どうしてそう思うんです?」
「半分は勘だな」
「勘って、そんな不確かなことで話を盛るのはやめてください」
「半分はって言っただろう」
「じゃあ、残りの半分は何なんですか」
「目配りや呼吸を始めとする所作だよ。あれは強者のものだった」
それを聞いても大川伍長は疑わしげな目を向け続けている。
「君も鈍いな。気付かなかったのか」
「何をです?」
ムッとした表情を隠そうともせず問う大川伍長。
「ここに入室したときの彼らの様子だ」
「別に何もありませんでしたが?」
「それだよ。あのくらいの若者がいきなり呼び出しを食らって施設の責任者と話をするとなったら平然としていられるか?」
大川伍長はよくよく思い返してみたが何の印象もなかった。
欠片ほども緊張していなかったということになる。
「……あっ」
そして何も感じなかったことの方が異常であることに大川はようやく思い至る。
「動揺を押し隠すのでもなければ虚勢を張っているのでもない。おまけに隙がない」
大川は厳しい訓練やダンジョン攻略の実戦でも感じたことのない寒気を覚えていた。
「あそこまで自然体を崩さずにいられる若者を私は見たことがない」
実際は涼成たちが動揺する瞬間もあったが、それを見抜かせなかったということだ。
異世界での濃密な時間は無駄ではなかった訳だが涼成たちがそのことを知る由もない。
「それほどですか」
「ああ。彼らの機嫌を損ねるのは得策じゃない。氷室が優遇しようと動いているのは正解だ」
「もし機嫌を損ねたら……」
田原大尉は澄まし顔で肩をすくめた。
「表面上は何もないかもしれんが、何かあっても助力は得られないだろうな」
「スタンピード、ですか……」
「そこまで大袈裟な話じゃない」
田原大尉は苦笑する。
「例えばフィールドダンジョンで行方不明になった冒険者の捜索を手伝ってもらうとか」
そういえばと大川伍長は先日、耳にした話を思い出す。
詳細は不明だがフィールドダンジョンに任務で赴いたヘンドリック少尉の部隊が危うく帰還できなくなるところだったそうだ。
彼らがもし遭難していたら救出部隊を送り込んだとしても救助できたかは怪しい。
少尉と同等以上の能力を持つと思われる3人でもなければ……
「大袈裟ではないかもしれませんが軽々に考えて良い話でもないですね」
「そういうことだ。もう1人のお嬢さんも軽んずることはできんよ」
「もちろんです」
大川伍長はうなずき思った。
所長が言った2人ほどではないにしてもヘンドリック少尉以上と目されるのだからと。
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