46 所長さんとお話です
「2層に降りる隠し階段があったですって!?」
受付のお姉さんが驚愕のあまり大声を出していた。
そのままフリーズすること数秒。
「しっ、失礼しました。少々お待ちください」
どうにか取り繕うと一言断ってから奥へと引っ込んでいく。
「あー、上に報告に行ったか」
「せめて全部聞いてからにしてほしかったな」
「なんだか周りもザワついてるね」
取り残された俺たちは遠巻きにして見られている状態だ。
ハッキリ言ってしまうと居心地が悪い。
ただ、この後もっと居心地の悪い思いをすることになるのが確定しているのだけど。
たっぷり羞恥心を味わわされること数分、受付のお姉さんが戻ってきた。
自分が担当していた窓口に[他の窓口にお回りください]の立て札を立てる。
思った通りの展開だ。
「奥へどうぞ。御案内します」
そうなるよなぁと俺たちは顔を見合わせるが抗うことは無意味である。
この場を強引にバックレても登録上の住所である真利の屋敷に自衛軍から誰か派遣されてくるだけなのは明白だからだ。
俺たちは素直に従ってお姉さんの後ろについてく。
そうして案内されたのは軍服姿のオジさんがいる応接室とおぼしき部屋だった。
「所長、お連れしました」
「スマンね、伍長」
「いえ」
ビシッと敬礼した後はそのまま部屋の片隅で待機するお姉さん。
「座ってくれたまえ」
目の前のソファを手で指し示しながらオジさんが言った。
失礼しますと言って右から俺、英花、真利の順で腰をかける。
柔らかすぎて座り心地はあまり良くない。
「さて、隠し階段を見つけたとのことだが」
「なんとなく違和感があったので調べてみたら引き戸になってました」
「ふむ。ダンジョンで引き戸とは聞いたことがないな」
そんなこと言われても知らんがな。
俺の中にいる謎の関西人が内心でツッコミを入れた。
「ウソをついても、すぐバレると思うんですが?」
「ああ、いや、そういうことじゃないんだよ」
苦笑して軽く手を振るオジさんである。
軍服を着ているのに堅苦しさをまったく感じない。
別の言い方をするなら威厳がないということでもあるが見てくれに騙されてはいけない。
こういうタイプの方が手強いというか油断のならない相手だったりするのだ。
「珍しい話だったから意表を突かれたというかね」
同意を求めるような視線が送られてきた。
あまりに馴れ馴れしくて反応に困るんですがね。
このペースに乗せられると迂闊なことを喋ってしまいかねない。
「それで君たちは下を見てきたのだろう?」
「ええ、まあ」
「どんな感じだった?」
「見た目は上の階層と同じでしたよ」
「では、魔物はどうだい」
「ここは今日が初めてだったので何とも言えませんが……」
「あー、上ではほとんど魔物と遭遇しなかったのか」
オジさんは苦笑しているが目の奥が光っていた。
『俺、なんか失言したっけ?』
念話で英花と真利に聞いてみる。
『さて、どうだろう。わからないな』
『うん。涼ちゃんが変なことを言ったとは思わないけど』
「ええ、まあ」
「どんなのが出たのか教えてくれるかい」
「最初はゴブリンでしたね。それから──」
ある程度ぼかしつつ報告していく。
ダンジョンコアを掌握したので2層も初心者がギリギリ対応できる程度に改変してきたのだ。
徐々に魔物が多くなるようにすれば撤退もしやすかろうと魔物の出現パターンを少し変更。
罠はあえてそのままにしたけど、アレで死ぬようなら冒険者は向いていない。
「ふうむ。オークだけでなくオークキングまでいるのか」
そこまで報告して、しまったと思ったが後の祭りである。
『ヤバい。さすがに喋りすぎた』
『無かったことにはできないぞ。ウソになるからな』
『戦わなかったことにすればどうかな?』
「も、もちろん見ただけで引き返してきましたよ。明らかにボスでしたからね」
実際は3人がかりで翻弄するように戦って完封してきたのだけど。
杖持ちが相手だったら魔法を連発してくるぶん多少の苦戦はしたかもしれない。
「それが賢明だね。良い判断だ」
「ありがとうございます」
オジさんの謎の反応といい余計な一言といい、この報告は薄氷を踏む思いをさせられるね。
「それにしても、そんな奥までよくたどり着けたね」
一難去ってまた一難。
さすがにこれを誤魔化すのは無理だ。
「試験を受けたときの実技担当の人のお墨付きですから」
確か氷室とかいう名前の軍曹だった。
「ああ、そのようだね。免許取得の試験で中級に飛び級させたと聞いた時はビックリしたけどねえ」
オジさんはハハハと声を上げて笑う。
考えていることも読めないし、どこまでも軍人らしくない人だ。
「オークキングを倒していたら昇級間違いなしだったよ」
なんて冗談めかして言ってくるが目が笑っていない。
これは倒したのを疑われていそうだ。
さすがにダンジョンコアを掌握したことまでは疑われていないとは思うが油断はできない。
ただ、氷室軍曹から情報が広まっていることを考えると事前に俺たちがフィールドダンジョンに出入りしていたことについても聞いていたのだと思う。
俺の発言からそのあたりに確信を持ったんじゃないかな。
「やめた方がいいですよ。明らかにオークとは格が違いますから」
「ほう。そういうのがわかるものかね」
「なんとなくですけど。倒して稼げなくなっても困りますし」
「おや、ボスを倒すとダンジョンは消滅するのかい?」
オジさんが興味を持ったのか少し身を乗り出すようにして聞いてきた。
「知りませんよ。そういうこともあるかもしれないという話です」
「なるほど。その可能性は考慮すべきだね」
「確かめてみたらどうです。自衛軍の精鋭に銃火器を持たせて送り込めば勝てるんじゃないですか」
「おいおい、私の一存でそんな真似はできないよ。特に銃はダンジョンでは使えない」
「どういうことでしょう? 別に法律で禁止されていませんよね」
自衛隊が解体されて自衛軍になったのもダンジョンに対応するためだったと聞いているし銃は使えるはずだ。
「銃があっても弾薬がなければなぁ」
オジさんがぼやきながらガリガリと頭をかいた。
「足りていないんですか?」
ちょっと予想外の展開だ。
そういえばヘンドリック少尉たちも銃を使っていなかった。
「スタンピードに対応するために備蓄しているんだよ。余程のことがなければダンジョン攻略では使えない」
要するに不足しているということだ。
余っているなら使っているはずだからね。
もしかすると製造が追いついていないのかもしれない。
「ダンジョンのボス討伐は余程のことじゃないんですか?」
「さあて、どうだろうね。その判断をするのはダンジョン管理所の所長さんでないのは確かだよ」
はぐらかされてしまったけれど是が非でも知りたいことでもない。
「じゃあ、新たに発見された2層の扱いも上の判断を仰ぐことになる訳ですか」
「そうなるねえ。とは言っても今まで通りということになるんじゃないかな」
ずいぶんと適当な話だ。
「オジさんの仕事は報告を上げるだけ。後は調査員が派遣されて難易度判定されるだろうね」
どこか他人事な雰囲気を感じるのは気のせいではあるまい。
やる気あるのかね。
「危険度は上がるけど、そこは自己責任ってことですか」
「そういうことだよ。スタンピードの兆候でもなければ入場禁止にはならないね」
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