41 テンプレ案件
「いきなり中級からスタートか」
銅色のラインが入った免許証を眺めながら思わず呟いていた。
普通は水色の初級免許から始まり実績を積み上げてひとつずつ昇級していくものだ。
初級の次が中級で、いま俺たちが所持しているものである。
この上に銀色の上級、金色の特級、黒色の超級が存在しており先は長いと言えるだろう。
「完全に目をつけられたな」
英花が渋い顔で嘆息し苦笑した。
「自衛軍がストーカー化したら笑えないぞ」
「えーっ、尾行されたりするのぉ? やだなぁ」
真利が本気にしてしまったか。
冗談のつもりだったんだが、よくよく考えてみればそうならない保証がない。
「いくらなんでも、そこまで酷くはならないだろう」
英花はそんな風に言うが絶対の保証はない。
「常に活動をチェックされるくらいは覚悟しておくべきだな」
本当にそうなるのであればマジでストーカー被害者の心境が味わえそうだ。
そんなことには誰もなりたくないのだけど。
「それって、もうストーカーじゃないのかなぁ」
真利の意見には同感である。
追いかけ回されなくても監視されているだけで充分だ。
「そうは言っても、どうしようもないから放置するしかないか」
通報しても効果は薄そうだし。
「じかに接触してきた場合はどうするんだ?」
英花が先々のことを懸念してか聞いてきた。
「貸し借りないんだから相手にしなければいいんじゃないか」
「免許のランク上げで何か言われそうな気がするけどぉ……」
真利が不安そうな物言いをする。
「我々が頼んだ訳じゃない」
「そうだな。向こうが勝手にしたことだ」
「わかったー」
ゆるい感じで方針は決まったが、接触してくるとは思っていないが故だ。
せいぜい冒険者としての活動を逐一チェックされる程度だろうと踏んでいたのだけど、その予想は外れることになる。
まあ、それなりに日にちが経ってからのことであり、この時の俺たちは知る由もないことだ。
今はまず冒険者として真面目に仕事をするのみである。
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免許取得の翌日から俺たちはさっそく正規の冒険者として活動を始めることにした。
自分たちのフィールドダンジョンで狩りをするのは日課というかトレーニングみたいなものなのでカウントしない。
ちなみに3人ともレベルアップして現状はレベル15である。
「駐車場があるダンジョンってどうなんだ?」
英花が複雑な表情を浮かべている。
俺も言葉にはしなかったが気持ちはわかる。
当然のことなんだけど異世界のダンジョンにはそんなものなかったからなぁ。
どうしても違和感を感じてしまうのだ。
「えー、街中にあるんだし普通じゃないかなぁ」
異世界のダンジョンを知らない真利はあまり抵抗感がないらしい。
「それに移動が楽だよ」
ぐうの音も出ない御言葉です。
今日のところは近場で様子を見ようということになったけど、それでも片道数十キロはある。
自転車だと事故になりかねないので街中で本気を出して走ることはできないし。
常識の範囲内の速さで走った場合はそれなりに時間がかかる距離だ。
公共の交通機関を使うにしても色々と無駄に時間をかけてしまうので車以外の選択肢はない。
ないのだけど……
「キャンピングカーは目立つよな」
他の冒険者たちの視線を浴びることになって近場でこれはないと痛感させられた。
「うむ。利便性ばかり考えてそのことについては失念していた」
「だねー」
英花も真利もダンジョンに挑む前から辟易しているな。
「もう1台、近場用に買おっか」
自作の証券取引用AIのおかげで儲けている真利がブルジョアな発言をする。
「冒険者の活動で必要ということにすれば確定申告でも必要経費に回せるし」
ちゃっかりしてるな。
あと異世界のダンジョン攻略はこういうところを気にしなくて良かったから世知辛い気がしてしまう。
なんにせよ反対する理由がないので帰りに車を見に行くことになった。
それはともかく冒険者組合公認のダンジョン初潜入である。
受付で免許を提示すると係員が本人確認と同時に読み取り機の上にかざす。
買い物をした時にレジでバーコードを通したようなピッという音がして画面に名前が表示された。
これでダンジョンの入場登録が完了という訳だ。
後はゲートをくぐってダンジョンに向かうのみだったのだが。
「よお、お前らダンジョンに潜んのは初めてなんだろう」
「俺たちがエスコートしてやってもいいぜ」
見るからにガラの悪そうな6人組に声をかけられた。
どいつもこいつもヘラヘラして軽薄そうに見える。
英花も真利もモデルのように背が高く整った容姿をしているから目をつけられたとしても不思議ではない。
今までの真利なら巨人と言われることはあっても美人と認識されることはなかったのだけど。
身だしなみに頓着しなかったからなぁ。
それが英花との共同生活の中で教わったりするようになって今では喪女の面影など見当たらない。
少なくとも表面上は。
そんな訳で面倒くさいのを引き寄せてしまったようだ。
こういうのも好事魔多しというのかね。
「手取り足取り教えてやるよ」
「お姉ちゃんだけだがな」
「チビに用はねえから帰んな」
奴らにとっては面白かったようで全員がギャハハと下品な笑い声を上げた。
「お前たちはバカなのか」
心底、軽蔑した視線を向けながら英花が言い放った。
「なにぃ!?」
「そんな浮ついた性根でよく今まで生き残ってこられたものだ」
「なんだとぉ!」
「ナンパがしたければよそへ行け。ここは盛り場ではない」
「言ってくれるじゃねえか」
「そっちは3人、こっちは6人てことを忘れてねえか」
「おまけにデカ女2人に男はチビ1人じゃ結果は見えてるぜ」
彼我の実力差を見極められず自分たちが絶対的に優位だと思い込んでいるとは残念な連中だ。
当初の余裕がある態度から、もう少し経験を積んだ冒険者なのかと思っていたのだが見込み違いだったな。
正直、初心者とさほど変わらないレベルまで下方修正が必要だろう。
「登録したてのルーキーに毛が生えた程度の連中が吠えるな」
「てめえ、調子に乗りやがって!」
調子に乗ってるのはどっちなんだか。
向こうは完全に殺気立って今にも腰に下げた武器を抜き放ちそうな勢いだ。
コイツら、わかってんのかね。
素手でのケンカならいざ知らず、ダンジョンの外で武器を使った暴力沙汰を起こせばどうなるのかということを。
しかも、ここは受付とは目と鼻の先の場所である。
他の冒険者たちだっているというのに後先をまるで考えていないのは明白だ。
「怒鳴れば相手が畏縮するとでも思っているのか?」
「お前はともかく、そっちの兄ちゃんはビビってんぞ。さっきから引っ込んだまま黙りじゃねえかよ」
「任せてるだけだ。お前たちが雑魚すぎて全員で相手をする必要性を感じない」
「「「「「野郎ぉっ!!」」」」」
見事にハモって全員が武器を構えた。
腕っ節だけじゃなくて頭の中まで弱いことが確定したな。
「冒険者資格を剥奪の上、逮捕案件だな」
淡々と語る英花。
「へっ、俺の親父は国会議員だぜ。こんなの揉み消すくらい簡単なんだよ」
リーダーとおぼしき輩が余裕の表情で嘲りの笑みを浮かべた。
「ライブ配信されていても、そんな減らず口をたたけるのか?」
「なにっ!?」
千里眼のスキルを使っていた俺が指摘してやるとリーダーだけでなく6人組全員が顔色を変えた。
今頃になって周囲を見回し始める。
「撮影している奴を探しても今更だぞ。力尽くで解決しようとすれば拡散して大炎上だ」
「ちっ、覚えてろよ!」
捨て台詞を残して逃げ去ろうとした6人組だったが受付前で警備担当の係員に捕まり連行されていった。
呆気ないものだ。
後日、この連中は英花が言ったとおりの処分と実刑判決を受けた。
それだけではなくリーダーの父親である国会議員も辞職に追い込まれる結果となった。
今回の件だけでなく過去の揉み消した案件も次々と明らかになったからだ。
親子そろって社会的に抹殺されたが誰からも同情を得られなかったのは言うまでもない。
天網恢々疎にして漏らさず、だね。
読んでくれてありがとう。
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