40 冒険者デビュー
試験官は次々に受験者をさばいていくがつまらなさそうだ。
合間に短いインターバルを取りながらだが受験者の裁き方が上手いこともあって疲れた様子は見られない。
戦い振りを見た限り真利の屋敷に侵入してきた凄腕冒険者を自称する輩とは明らかに違う。
前に見たヘンドリック少尉ほどではないが同行していた自衛軍の兵士と互角ぐらいだろうか。
そうこうするうちに俺の番が来た。
舞台に上がると──
「ほう、落ち着いているのにふてぶてしそうなのが来たな」
面白いと言わんばかりに興味を示された。
別に殺気を放ったつもりはないし普通にしていたつもりだったのだが。
「たまにいるんだよなぁ。修羅場ってやつを知ってるのが」
どうやら雰囲気か何かで察したらしい。
なんだか面倒くさいことになりそうな嫌な予感がする。
こっちは早く終わらせたいのだが。
「どうだ、自衛軍に入らんか?」
そういえば日本の冒険者組合って自衛軍が管理運営しているんだっけ。
冒険者になったら自衛軍に所属する訳ではないのがややこしいところである。
「不合格で構いませんのでお断りします」
受験料がもったいないが別の日に受け直せばいいだけのことだ。
「おっと、それは困るな」
言いながらおどけた仕草を見せる試験官。
下手にしつこくされるよりはマシだが地味にイラッとした。
「それじゃあ始めるか」
審判役の係員に合図を送るとタイマーがカウントダウンを始めた。
適当にしのいでやろうと思っていたが、この試験官にはそこまで手抜きをするとバレるだろう。
加減の具合が面倒だ。
「なんだ、来ないのか。だったらこちらから──」
試験官が言い終わる前に眉間に手刀を突き刺す勢いで踏み込み、寸止めで止まった。
一瞬で周囲が水を打ったように静まりかえってしまう。
「くっ」
試験官は反応できずに冷や汗をかいている。
イライラしたせいで加減を失敗したな。
「で?」
やってしまったものはしょうがない。
無かったことにはできないのだから押し通るのみである。
往生際悪く反撃してくるなら投げ飛ばしてやろう、そんな風に考えていたのだが。
「こりゃ勝ち目ねえわ。降参だ、降参」
試験官はあっさり負けを認めて構えを解いた。
俺も手刀を引く。
「ただ者じゃねえとは思ったが、ここまでとはな。海軍のヘンドリックみてえな化け物だ」
あの少尉を知っているのか。
いや、同じ自衛軍所属なら知ってても不思議ではないのか。
オッサンは海軍じゃなさそうだけど向こうは有名人みたいだし。
「お前、フィールドダンジョンに潜ってた口だな」
そう考えない方がおかしいよな。
やり過ぎたのを悟っても後悔先に立たずである。
「さて、何のことだか」
無駄だとは思うが一応とぼけておく。
「いいんだよ、我々も助かるからな。その調子で強くなれ。だが、無茶はするなよ」
「矛盾していませんかね」
「ハハハ、気にするな」
サバサバした様子で試験官のオッサンは笑ってみせた。
俺は必要以上にやり過ぎたのもあって笑う気になれないけどね。
なんにせよ試験は終了した。
結果は文句なく合格。
英花や真利も合格したのは言うまでもあるまい。
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「やらかしたようだな、涼成」
免許証が発行されるまでの待ち時間に英花から軽く詰められた。
「スマン。試験官のふざけた雰囲気に惑わされた」
「謝ることはない。が、こっちの試験官たちが慌てていたな」
「あー、そっちまで見られていたのか」
「先に終わっていたからな」
そういえば、こっちの組は俺がラストだった。
「私の方も試験官の人がビックリしてたよ」
真利の方でも話題になってたとはね。
「あの氷室軍曹が手も足も出ないなんてって」
あのオッサン、軍曹だったのか。
映画の影響があるせいかもしれないが、なんだかイメージと違うな。
「自衛軍の中でも実力者みたいだな」
「ああ」
人生経験では勝てる気がしないけどね。
終わってみれば掌の上で踊らされた気がしてならないし。
「ダンジョンに潜ってたのがバレたくらいだ」
「それは涼成の自業自得だろう」
返す言葉もございません。
「上手く立ち回ってもバレたと思う」
「かもな。こちらも変に警戒されてしまったから人のことは言えないんだが」
「私もだったよー」
英花だけでなく真利の方でも試験官はかなりの腕の持ち主だったみたいだな。
当然と言えば当然か。
試験を受けに来る奴の中には思い上がった常識のないのもいるだろうし。
そういう類いの輩は力でわからせないと調子に乗るのが世の常だ。
最初に世間知らずの頭を押さえつける必要もあるということか。
自衛軍が冒険者組合を管理運営するのも、そのあたりが関係していそうだな。
それから互いの試験官との模擬戦についての話となった。
英花も真利も相手の攻撃をすべてかわしたり去なしたりしたという。
他の受験者たちの戦い振りを見て、そうしようと示し合わせたんだってさ。
模擬戦の舞台が隣同士だからできたことだな。
とにかく試験官が猛攻を繰り出してきても徹底して避け続けていたら時間切れで終了。
その後、試験官たちがアイツらヤバいと話し込んでいるのを耳に挟んだらしい。
「そっちもやり過ぎたんじゃないか」
「否定はできないな。向こうがギアをどんどん上げてくるものだからつい、な」
「私もー。途中で距離を取って仕切り直しをした方が良かったかなぁ」
「それはそれで場数を踏んでいると見られて警戒されたと思うがな」
「どっちにしてもダメだったってことだね」
俺たちは3人ともそれぞれの試験官にしてやられた訳だ。
老獪な相手というのは厄介なものだね。
あれこれと話をしているうちに免許と引き換えになる発行証が配布されるアナウンスが入った。
窓口の近くに集まって呼び出されるのを待ち、受け取ったら別室へ行き簡単な講義を受ける。
このあたりは運転免許センターに近いものがあるな。
講義が修了したら免許の受け取りだ。
これまた呼び出されて発行証と引き換えで受け取れば後は帰るのみ。
だというのに俺たちの名前が呼ばれない。
順番が発行証の受け取りとは違っていたので最初はそういうものかと思っていたけれど。
残りの合格者が少なくなるにつれ俺たちは3人で顔を見合わせ無言で同じ結論を出すに至った。
意図的に俺たちが残されている!
理由は不明だけど向こうがそうする必要があると認めたからこそなんだろう。
まさか自衛軍へのスカウトか?
誰に何度言われようと御免だね。
特に俺と英花は異世界ではあるが国家権力に都合のいいように使われて酷い目にあったから絶対にお断りだ。
真利も俺たちがノーと言えば絶対に首を縦には振らないだろう。
1人また1人と去っていくごとに苛立ちが募っていく。
俺たち3人だけが残された時には仏頂面が出来上がっていた。
隣を見ずとも英花が俺と同じ状態なのはわかる。
真利もそんな俺たちを見て不信感をあらわにしていた。
そうでなくても俺たちだけになった途端に名前が呼ばれなくなったのだから何かあるのは明白である。
どういうことなのか説明のひとつくらいあっていいはずなんだが、それもない。
このまま帰ってやろうかと思ったところで不意に廊下の方から人が近づいてくる気配がした。
「いやぁ、待たせたな。すまないねえ」
などと軽い調子で入ってきたのは先程の軍曹である。
「上に掛け合って君らの免許証を上位のものに書き換えさせてもらってきたよ」
「「「は?」」」
思わず3人でハモってしまったじゃないか。
冒険者登録の初っ端から飛び級とかラノベとかだとお約束のテンプレ展開なんですがね。
「それだけですか?」
「ああ。待たせてしまったのは申し訳ないが、そこは勘弁してくれ」
ということで無事に免許証が発行され俺たちは解放された。
やれやれ、一時はどうなることかと思ったよ。
読んでくれてありがとう。
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