39 免許を取ろう
戸籍謄本と住民票を取得すべく役所に行ってきた。
窓口では本人確認できるものを提示するように言われたが、それがないから申請したのだ。
車の運転免許証はおろか健康保険証すらない。
もちろんマイナンバーカードだって俺たちは持っていない。
真利は確定申告が楽だからと持っていたけど、ずっと異世界にいた俺や英花には無理な相談である。
「そういう場合は公共料金の支払い明細や署名入りの診察券などがあればいいですよ」
要するに公的な書類に自分の名前が入ったものが必要ということか。
銀行の通帳とかでもいけるのかね。
最近はそういうのも電子情報になっているみたいだから逆に不便になっていると言えそうだ。
いずれにせよ俺の場合は実家とともに通帳とかの類いは消失しているのでダメだけど。
「2種類提示していただくことになりますが」
おまけに面倒くさい。
聞けば過去に不法取得されて犯罪者に利用されるケースがあったため厳重になったらしい。
成りすましとかありそうだよな。
そういうことなら仕方がない。
俺は携帯の契約情報を見せてひとつはクリアしたが、そこまでだった。
英花は言わずもがなである。
ただ、4年前から多少はゆるくなったみたいで、いくつか本人にしか知り得ない質問をして正しく答えられた場合は本人確認ができたことになるという話をされた。
だったら最初からそうしてくれと思ったが、段階を踏むことで不審者をあぶり出す目的もあるらしい。
場合によっては通報されることもあるとか。
これは後で調べて出てきたネット上の噂なので信憑性は微妙なところだけど。
「書類の申請っていうのは疲れるものだな」
すべてが終わった頃には俺も英花もゲッソリやつれたようになっていた。
ゾンビとの戦闘の方がまだマシかもね。
「それでも戸籍も住民票も手に入れられた」
英花はしみじみと言いながら証明書が入った封筒を眺めている。
気持ちはわからなくもない。
英花は不自然にならないように振る舞っていたけど内心では冷や汗ものだったと思う。
何にもないものをミケの能力で捏造した訳だし。
「おいおい、もう終わった気でいるのか」
思わず苦笑が漏れる。
むしろ、ようやくスタートラインに立てたようなものだからね。
「わかってるさ。携帯の契約に運転免許と冒険者免許、それにパスポートだろう」
「ああ」
他にも車とか移動手段も買わなきゃいけない。
冒険者になったら武器や防具も調達する必要がある。
材料さえあれば作ることも可能だけど市販品を用意しておかないと他の冒険者から不審に思われかねないから購入するのだ。
魔改造はするけどね。
「今日は携帯を買って、それで終わりにしよう」
やることは他にもある。
屋敷内のトラップを増やして警備体制を強化したり。
他にもちょっとした魔道具を作ってストックしておく。
これは折を見て売りに出す予定だ。
一応はこちらの世界でも魔道具は世の中に出回ってはいる。
ただし、簡単なものでも高級品である。
ダンジョンの宝箱から出るレアものなので普及率が悪いのだ。
ネットオークションで簡単な魔導コンロに高級車並みの高値がついているのを見たときは我が目を疑ったさ。
しかしながら、それで魔道具のレア度の高さがうかがい知れたのは収穫である。
最初は高額で売りさばいて換金するけど本当の目的は魔道具の普及だ。
珍しいものは他人から目をつけられやすいけど普通に目にするようになれば興味を持たれなくなる。
そう上手くはいかないと思うが今よりも目立たなくなるのは間違いないはず。
「運転免許はともかく冒険者免許は今日でも大丈夫だろう?」
「今日は真利がいない。先に免許を取ってきたと言ったら拗ねるぞ」
「……日を改めて皆で行こう」
わかってもらえたようで何よりである。
真利が拗ねると復活させるのに苦労させられるからね。
その後、英花は問題なくスマホを買えた。
新型に機種変した俺に合わせたので色違いのおそろいである。
「ガラケーしか使ったことがないので、よくわからないんだ。同じ機種の方が教わるのも楽だろう」
という色気のない理由ではあったけれど何故かショップの店員には英花の彼氏だと誤解されていた。
この店員とはこれっきりになるだろうし、いちいち否定するのも時間の無駄なのでスルーしたけどね。
そして翌日、今度は真利と3人で車の免許センターにいた。
筆記と実技の試験を受けて自動車の運転免許を無事にゲット。
事前に過去問を解いたり真利お手製のシミュレーターで練習していたので特に難しいとは感じなかった。
移動も含めて1日仕事にはなったが、ダンジョン攻略のために遠征することも考えると車は必須である。
鉄道網は4年前に寸断されており完全復旧の目途は立っていない。
道路網は早期に分断個所が無くなったそうだけど。
で、その日のうちに真利が前々から目をつけていた中古のキャンピングカーを購入した。
もちろん魔道具として魔改造する予定である。
キャンピングカーは燃費が悪いそうだし軽量化は必須だな。
あと、乗って帰った際に気付いたんだけど乗り心地が今一つだったので、これを良くしたい。
さらに翌日、俺たちは市のコミュニティセンターだった場所に来ていた。
ここが冒険者組合──通称ギルド──の建物になっており免許取得のための試験が行われているからだ。
先に筆記試験が行われたが真面目に勉強していない者は意外に多くて半数近くが不合格になっていた。
「テキストとか問題集が売れる訳だよ」
俺はもっと合格者がいるものだと思っていた。
「おそらく本気かどうかを見極めるための試験なんだろう」
「どういうこと?」
英花の推測したことが真利には想像もつかなかったようで首をかしげていた。
「ダンジョンでは命を張るから覚悟のない者は試験で落とそうとしているように感じられたってだけだ」
「なるほどー。それじゃあ実技も渋くしちゃってるかもね」
なんて話をしていたんだが試験官を相手に模擬戦をすることになるとは夢にも思っていなかったさ。
難易度を跳ね上げているなと内心で愚痴っていたらクレームをつける奴がいた。
「勝てる訳ねえじゃんかよ」
「誰も勝てとは言ってない。制限時間内に舞台の上から落ちずに降参しなければ合格だ」
「本当だな」
試験官がウソつく訳ないだろうとは思ったが、こんなことでケチをつける奴が真っ当な思考をしているはずもないか。
そうは言っても時間が来れば試験が始まる訳で。
いくつかの組に分かれて受験番号順に呼び出される格好で舞台の上に上がっていく。
俺の組はクレーマーがトップバッターだった。
「行くぜ!」
気合いの入った掛け声と共に正面から突っ込んでいくクレーマー。
試験官は闘牛士ばりに引きつけてから脇に避けて背後に回り込んだかと思うと背後から腰を押し出すように蹴りつけた。
「うわあっ!?」
クレーマーは訳もわからぬままバランスを失ってゴロゴロと転がっていき舞台から転落。
失神したようで係の人間に運び出されてしまった。
アレは失格だな。
次の受験者は待ちの体勢に入って耐え忍び合格を勝ち取った。
そうすると以降は真似をする奴が続出したが、これは良し悪し。
少しも反撃をしない奴は猛攻を食らって降参する羽目になっていた。
猪突猛進は論外としても攻撃する気のない奴は生き延びる気がないと見なされるみたいだな。
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