378 本日は休日なり
マッドホエールのドロップアイテムを回収し終われば10層に用はない。
そのせいか後には何とも言えない空虚な時間が流れ始めたように感じてしまう。
まったりとまでは行かないが、研ぎ澄まされた感覚を凪いでしまうような雰囲気があった。
中ボス4連戦は今のレベルだと張り詰めた緊張の糸を維持できないようだ。
体力的にはまだまだ余裕があるんだけどね。
『11層を覗いたら帰ろう。つまらないミスをしてしまいそうだ』
取り繕っても良いことは何ひとつないので正直に今の自分の状態を白状しておく。
『今回は必要以上に気を張りすぎたのだろう。次はもう少しマシになるんじゃないか』
そう念話で返事をしながら英花が己の掌を見つめている。
『どうしたのー、英花ちゃん?』
『いや、大したことじゃないんだ。いつもより力みがあったせいで少し握力の感覚が、な』
どうやら英花も俺と似たような状態らしい。
次はマシになると言った言葉は俺にだけではなく自分に向けたものでもあったみたいだな。
『そうなんだー』
あっけらかんとしている真利は重圧を感じていなかったのだろうか。
だとしたら大物だよな。
異世界帰りの俺たちの方が見習わなければならないとは格好がつかないね。
けれども良いところは誰から吸収しても糧になるものだ。
次はプレッシャーなど綺麗に受け流してみせよう。
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11層は海ではなかった。
再び通常の洞窟型ダンジョンになっている。
出てくる魔物がどうなっているのかは今のところ不明だ。
「とりあえず一段落かなー」
ダンジョンが洞窟型に戻ったことで真利も気が抜けたようだ。
「油断するなよ、真利。どんな魔物が出てくるか分からんからな」
英花が引き締めにかかる。
勇者として異世界の数多くのダンジョンを見てきたからこその見解だ。
「そうなんだが、さっきも言ったように今日は引き返すぞ」
「えー、様子見もしていかないのー?」
「しない」
通路の先に何があるのかと興味津々の真利だが、ここは引き時だ。
英花も俺に同意するようにうなずいている。
「こういう時に大したことのない相手に痛手を負わされたりするものだからな」
「そうなんだー。わかったー」
真利も我を通すようなことは言わず素直に引き下がった。
こうして俺たちは途中で余計なことはせずに帰還。
冒険者事務所の受付に提出するドロップアイテムはストック分で対応した。
いつも通りのルーチンなので特に何か言われることもなかったのは幸いだ。
気疲れした分、頭が回らなくなっていたからね。
つまらないことでボロを出すことにならなくて良かったよ。
精算が完了したらホテルに直帰する。
大物の食材をゲットしたけど、神様たちを呼んでパーティを開くようなことはしない。
連日のようにやっていたから充分だろう。
それでも、あれが食べたいこれが食べたいというのなら食材だけ提供して帰らせてもらうつもりでいた。
幸いにして、そういう連絡は来なかったけどね。
ホテルに帰ったら飯、風呂、寝るって感じでバタンキューだ。
人外級にまでレベルアップしてステータスを上げても蓄積した疲労の前には抗いきれるものではないということを思い知ったよ。
こんな感覚は異世界で勇者をやっていた時以来だ。
おかげでというか何というか朝までぐっすり眠れたので悪いことばかりではないかな。
そして、朝食の席で今後の方針を相談する。
「今日は休もう。久々に大人の修学旅行の続きをしようじゃないか」
「それは賛成だが何処に行くんだ、涼成? 正直、ネタ切れしてないか」
英花が賛同しつつも懸念していることを口にした。
「東京神社巡りスタンプラリーほど面白いネタは難しいんじゃないかなー」
ネージュと出会う前にやった企画だな。
あれは確かに面白かったと思う。
スタンプラリーとは銘打ったけど実際は神社の写真を撮ることでその代用としただけだ。
でないとリアルにせよデジタルにせよ事前の準備が面倒だからね。
写真撮影だけなら手軽だし現地の写真は行った証拠にもなる。
そのせいか隠れ里の民たちにも受けが良かったよ。
だから別の日には神社巡りをスイーツ巡りに置き換えたりもした。
こちらは根っからの甘党以外には思ったほど受けなかったけど。
ちなみにドワーフたちからは酒蔵巡りを提案されたけど都内だと巡りとはならなさそうだったのでブルワリーも含むという条件で採用された。
ビールの醸造所って意外に多いことを初めて知ったよ。
何にせよ色んな銘柄のビールが手に入ったので、これはこれで成功だったかな。
アルコールが入るので車には乗れず時間がかかったから盛り上がりはもうひとつだった気がするけど。
1日で回れるものじゃないから最後の方はグダグダになったんだよね。
あと、アルコールが入るせいで肝心の写真撮影を忘れるポカが連発したのもグダグダの要因だと思う。
ドワーフはともかくエルフはそこまで酒に強い訳じゃないのも、それを助長した。
「なにもスタンプラリーにこだわる必要はないだろうに」
「えー、他に何かあるかなー? 観光名所は大体回ったよねー」
大抵の有名どころはね。
それでもまだ行ってないスポットもあるし、軽く見ただけでじっくり回っていない所もある。
行ってないスポットの中には東京と頭に銘打たれながらも住所が千葉だったりする所もあるけど。
「東京ディズリーキングダムはまだだぞ」
通称TDK。
言わずと知れた日本有数のテーマパークだ。
にもかかわらず真利や英花の反応は薄く、すぐには返事がなかった。
「そんなに嫌か?」
「人混みに酔いそうなのがねー」
「アトラクションの待ち時間が尋常じゃないだろう。疲れに行くようなものだ」
「なるほど、そういうことか」
2人とも行列に並ぶのはあまり好きじゃないもんな。
特に長蛇の列になってしまうとダメだからTDKがダメなのも納得だ。
「平日なら人も少ないかと思ったんだけどな」
「甘いなー、涼ちゃんは。最近は海外からの観光客でごった返しているから曜日は関係ないんだよー」
「リサーチ不足だな、涼成」
「そのようだ」
という訳で東京ディズリーキングダムは却下となった。
その後の話し合いで上野公園に決定。
主な目的は公園内にある動物園のパンダである。
ネージュが見たことのない生き物だから見たいと希望して採用された。
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上野動物園で1日を過ごし帰ってきた。
ネージュに見せたかったパンダも見られて全員がほっこりした気持ちになっている。
「肉食獣のような見た目をしているのに色が違うだけで愛嬌が出てくるとは不思議なものだ」
夕食の席で昼間の記憶を反すうししているネージュ。
満足してくれたなら行った甲斐がある。
「仕草も関係してるんじゃないかなー」
「確かにそうかもな。捕食活動を見ればまた違った印象になったかもしれぬ」
「ネージュ、パンダの主食は竹だぞ。動物園では他にも与えているそうだけど野菜や果物が多いらしいな」
「なんと!? あの体で肉を食わぬのかっ」
英花の説明に驚きをあらわにするネージュ。
初めて知ったなら、そういうものなんだろう。
「詳しいことは知らないが、動物園では肉そのものは与えないみたいだな」
実は与えれば食べるみたいだけど。
「面白い。世界にはまだまだ知らぬことがありそうだ」
何であれネージュが楽しめたようで何よりだ。
読んでくれてありがとう。
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