377 残り2ラウンド
ギガクラブが今回の前衛である真利に爪を伸ばしてきた。
まるで某ロボットアニメに出てくる水陸両用兵器のように蛇腹の腕を伸ばして。
『それを待ってたよー!』
広げた状態で突き出された爪を真利はスルリとかわした。
通常は甲殻がガッチリ守られている腕も伸ばしきってしまうと幾つもの隙間ができる。
真利は別々の隙間に鉄球を放り込んでいく。
が、すぐには変化が起きない。
ギガクラブはそのまま爪を引っ込めながら反対側の爪を伸ばしてきた。
『お代わりありがとー』
爪の攻撃をかわした真利はまたも隙間に鉄球を放り込んでいく。
『でもって次は──』
伸ばした腕が収縮するのを待って。
『ドッカーン!』
放り込んだ鉄球に向けて魔力を照射すると封入された魔法が起爆。
真利の発した擬音通りに爆発が発生しギガクラブの腕を吹き飛ばした。
甲殻がいくら堅牢であろうと内側でそれを支えているのは柔らかい筋肉だ。
鉄球に付与された爆炎球の魔法が発動すれば、ひとたまりもない。
千切れた腕が海底へと沈んでいく。
声にならない悲鳴を上げたギガクラブが憎悪の視線を向けてきた。
腕を伸ばして攻撃できないため接近するしかないのだが、それも叶わない。
後方に控える英花が手を打っていたからね。
『結界で固定したぞ。真利、トドメを刺せ』
転移トラップの術式を空間に固定させていることをヒントに結界で魔物を身動き取れないよう固定できないかと考えついたことから編み出した方法である。
ギガクラブは脚の関節を固定してしまうと、ほぼ身動きが取れなくなるのが大きいね。
腕だけはパワーが段違いだし可動域も大きいので先に潰したけど。
『英花ちゃん、ありがとー』
そう念話で言いながら真利はギガクラブに肉薄した。
『新魔法、行くよー!』
それは誰に対する宣言なのか。
聞かせているであろうギガクラブに通じるはずもないと思うのだが。
とにかく真利は両手を突き出して新技と言える魔法を使い始めた。
ただ、見た目には何の変化もない。
それは10秒経過しても同じことだった。
さらに10秒、また10秒と時間が経過していくが何も起こらない。
そのせいか怪訝な顔をしたネージュが待機する俺に近づいてきた。
『涼成、真利は何をしておるのだ? 両手を突き出しただけで何もしておらぬではないか』
『そんなことはないさ』
『なに、どういうことだ?』
『真利は新魔法だと言っただろう』
『うむ。だが、何も撃ち出されんし水流に変化がある訳でもないぞ』
『見えない魔法だからパッと見ではわからないんだよ。そろそろだと思うけどな』
『何がだ?』
チーンという音がした。
『これが新魔法なのか?』
ネージュが困惑している。
『違う違う。今のは真利のお遊びだよ。ほら、決着がついたぞ』
『何だと!?』
慌てて視線を俺から真利の方へと向けるネージュ。
『なっ』
ネージュが短く声を発したかと思うと絶句する。
その先にいたはずのギガクラブがドロップアイテムへと姿を転じていたからだ。
『新魔法マイクロウエーブ。簡単に言えば対象を加熱する魔法だ。通称レンチン』
『レンチンだと? それはホテルで使った食べ物を温める道具のことではないか』
驚愕の表情を浮かべるネージュ。
『正式名称は電子レンジだけどな。レンチンはレンジでチンするを略した言葉だ』
ギガクラブのような大物相手だと出力を上げても仕留めるのに同じ個所を照射し続けた状態で1分ほどかかってしまうのが難点である。
が、それは結界で固定してしまえば何とでもなる話だ。
条件を満たせば20メートル級の魔物が1分ほどで倒せてしまうのは大きい。
まあ、次のマッドホエールには使えないけどね。
30メートル級で機動力のある相手だと結界で固定するのも楽じゃないのだ。
マッドクラブは爪や脚は素早く動かせるが移動能力は低いから何とかなったけど。
『なんと、そうだったのか!?』
ネージュは相当なショックを受けたのか驚愕していた。
『悪いが話は後だ。次がまだあるからな』
すでにマッドホエールが現れ始めている。
真利と英花が急ピッチでドロップアイテムの回収を行っていたが、ギリギリのタイミングだろう。
となると、オープニングヒットは俺が担当しなければならない。
まずは目眩ましだ。
魔法で光を乱反射させて向こうから俺たちが見えないようにした。
光学迷彩の応用である。
展開している魔法陣の結界は攻撃魔法は防げても、現象に対しては無防備なのでキャンセルされることもない。
続いてマッドホエールの正面に半球状に結界を構築。
これで奴の突進を防ぐ。
見えない壁に阻まれて前に進めなくなるのだからさぞや混乱することだろう。
全身を覆うようなことはしないので魔力消費もそこまで多くはない。
ただ、この状態でもマッドホエールは何とか前に進もうと体をよじったりするだろうからマイクロウエーブでトドメを刺すのは困難だ。
マッドホエールの召喚が完了した。
全身の動きに連動して尾びれが上下動を始めたが前進する気配がない。
いかに狡猾な手を使ってくるような奴でも出てきてすぐに罠にはめられるとは夢にも思っていなかっただろう。
その油断を隙として突いた訳だ。
後は奴が暴れるのに合わせて結界の半球の向きを変えてやるだけでまともに移動できなくなる。
徐々に暴れ具合が激しくなってくるので結界の操作の難易度も上がってくるのだけど、それをする価値はある。
滅多矢鱈に暴れるということは怒りの激情に任せて思考を放棄していることに他ならないからね。
当然、隠蔽した魔法を使ってくる小細工はできないし、こちらが次の手を打っても感知できまい。
それで次の手だけど、まずは暴れるのをどうにかする。
あれだけデカいのが身をよじらせるだけで危険だし正確に急所を狙うことも難しくなるからね。
ネージュなら問答無用で全身を一気に凍らせてしまうんだろうけど。
今の俺たちではレベル80は超えないと難しいと思う。
それも単独では無理だ。
という訳でマッドホエールそのものに魔法をかけるのではなく周囲の海水を変化させる。
英花が奴の周りの海水を粘度の高い魔法の水に変化させていく。
普通なら大型の魔物の動きを制限させてしまうほどの液体なんてものは存在し得ないんだけど、魔法を使えば話は別だ。
そうこうするうちにマッドホエールの動きが鈍くなっていく。
暴れるのをやめようとはしないが狙った場所に攻撃を当てるのは難しくはない。
ここで真利の出番だ。
今回は鉄球の熱弾やトライデントは使わない。
より威力の見込める溶岩弾で攻撃する。
これを水流操作で流し込むようにマッドホエールの鼻の穴に送り込むのだ。
潮吹きをしない時はフタをして閉じているが、ここがもっとも外皮の薄い部分だからね。
しかも体の奥深くに送り込める。
真利は水流操作で道を作ると溶岩弾をマシンガンのように連射し始めた。
ほとんど流し込んでいるようなものだ。
鼻の穴に溶岩が流れ込んでくるなど想像するだけでも寒気がする。
実に凶悪な攻撃だ。
当然のことながらマッドホエールも今まで以上に、のたうち回ることになった。
しかしながら、すでに流れ込んでしまったものを排除しようにも溶岩は鼻息で吹き飛ばせるようなものでもない。
後は待つだけだ。
読んでくれてありがとう。
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