375 10層こそはと言いたいけれど
マッドホエールは密かに準備して放った必殺の氷槍を乗っ取られて自分に返ってくるという不運に見舞われた。
おまけにそれらは全弾命中し、致命傷となる。
そして、何の見せ場もなくマッドホエールはドロップアイテムと化した。
『これも自爆なのかなー?』
ある意味、どうでもいい疑問を口にしながらドロップアイテムを念動で回収している真利。
『ネージュが見破れなければ、この結果にはならなかったからどうだろうな』
同じく念動で回収している英花が己の見解を述べる。
『フフン、あの程度の偽装を見破ることなど容易いことだ』
ドヤ顔でそんなことを言うのは矛盾を感じないではないのだけど、看破できなかった俺が指摘するようなことじゃないな。
言ったところで、ひがみにしか聞こえない。
『涼ちゃんはどう思うー?』
どうして、そこで聞いてくるかな。
せっかくスルーを決め込んでいたというのに。
『さあ、どうだろうな。自分の技を食らったという点では自爆かもしれないが、それもネージュがカウンターで返したからこそだし』
ネージュが満足げにウンウンとうなずいている。
これは戦勝気分に水を差すと機嫌を損ねてしまう恐れが大だ。
やはり余計なことは言わないに限る。
ただ、ネージュの方はもっと褒めろとばかりに期待に満ちた目を向けてくるんだよな。
ここで何も言わないのも機嫌を損ねそうな気がする。
これって前門の虎後門の狼状態じゃね?
『マッドホエールの魔法を見切って自爆に追い込んだってところじゃないか』
実際は異論を差し挟む余地が大いにあるところだとは思うが個人の見解なんだから気にしてもしょうがない。
どうぞ反論してくださいってなものだ。
しかしながら、それをしてしまうと内容しだいでネージュの機嫌が悪くなるのは容易に想像できる。
口は災いの元ってね。
沈黙こそが金だとばかりに誰も何も言わない。
ネージュも充分に満たされたのか、それ以上はコメントを求めてこなかった。
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明けて翌日。
昨晩の宴席で飲んだ酒はたしなむ程度に抑えられたので残っていない。
鯨肉が手に入ったことで神様たちのテンションは大盛り上がりして、かなり勧められたけどね。
そこは「明日もダンジョンに行きますので」でなんとか回避したさ。
完全にはかわしきれずに多少は飲むことになったのはしょうがない。
そして、今日もダンジョン探索である。
昨日まではお台場ダンジョンもそろそろ終盤戦かと思っていたのだけど、そういう気配は眼前に広がる海を見てしまうと消え失せてしまう。
「中ボスが3回も続いて次こそはと思ったら、また中ボスだったのになぁ」
あまりに呆気ない終わり方をしているせいでサクサク進んではいるけど、普通に考えたら難関続きだ。
いい加減にラスボスが来てもおかしくないと考えるのが道理というものだろう。
「愚痴っても海は消えないぞ、涼成。気持ちは分からんでもないがな」
英花にたしなめられてしまった。
「そろそろミケちゃんが戻ってくるんじゃないかなー」
真利がそう言ったタイミングで──
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーンですニャー。ただいま戻りましたニャン!」
ミケがシュバッと姿を現した。
「それで、どうだった?」
今度こそ守護者のいる階層であってほしいという気持ちが前に出てしまっているせいか早口になってしまっている。
自分でも分かってはいるが止められない。
「残念なお知らせですニャー」
そう言われたことで前のめりだった気持ちがしぼんでしまった。
それだけで希望は叶わなかったと察することができたからね。
「11層があるんだな」
「その通りですニャ」
「どこまで大きいんだ、このダンジョン」
英花も呆れている。
「まずはこの階層の魔物の構成を把握するのが大事だよー」
「そうだな」
終わりが見えない苛立ちが募っているが、ここを突破しないことには先には進めない。
この階層の魔物どもで鬱憤を晴らすのも悪くないだろう。
「残念ながら、具体的なことは事前にはわかりませんニャー」
「どういうことだ、ミケ」
険しい表情を見せて問い詰める英花。
どうやら終わりでないことに落胆していたのは俺だけではないようだ。
「ここは召喚トラップの階層ですニャ」
つまり、召喚されていないから何が出てくるかはわからないと。
それで腹を立てるのはさすがに理不尽だろう。
英花もそこに思い至ったようで食い下がることはなかった。
「最初の発動条件は海に入ることだと思われますニャー」
「最初って、どういうことー?」
「空間に固定された魔法陣が4段重ねで存在しますニャン」
「4連戦しろってことか」
不機嫌さを隠すこともなく英花が言った。
「そうじゃないかと愚考しますニャ」
「ということは大物が来そうだな」
外連味のある仕掛けをしてくれたものだ。
「他に何がある?」
怪訝な表情を見せて聞いてくる英花。
「数で押してくることも無いとは言えないだろ」
「くっ、それは面倒だな。一応は警戒しておくか」
「えー、でもでも涼ちゃんは大物だって言ったよー」
「絶対そうだとは言ってない。こういう回りくどい仕掛けをする奴なら大物との4連戦を仕組んでそうだと思っただけだ」
やっとの思いで突破してきたと思ったら大物との4連戦なんてことになったら、他の冒険者たちだと心が折れそうな気がする。
戦えば戦うほど体力も魔力もどんどん消耗していく上に休む暇がない。
1戦ごとに撤退しようとしても翌日にはリセットされて最初からやり直しになりそうだし。
次の戦いに備えることが許されるのは次の魔物が召喚されるまでの短い時間なんじゃないかな。
そう考えると嫌な仕掛けと言えるだろう。
「そういえば7層へ下りる転移トラップも面倒なことをしていたな」
そう言いながら苦々しい顔をする英花。
「どんな仕掛けがあるにせよ、押し通るまでだ。倒してしまっても構わないのだろうってね」
こちらは頭をひねらなくて良いので転移トラップよりも気は楽だ。
「言うじゃないか。どんな魔物が出てくるかわからんというのに」
そう言いながらも英花は不敵な笑みを浮かべる。
すでに戦う気満々だ。
英花もフラストレーションの発散する場を求めていたか。
「それはなんとなく想像がつく」
「なにっ!? どういうことだ、涼成っ」
「そんなに興奮するなよ。想像がつくってだけで絶対にそうだとは言ってないんだぞ」
「そうは言うが手がかりなど何もないだろう」
「そんなことはないさ。4段の魔法陣があるというのは大きなヒントになると思うぞ」
俺の言葉に英花は困惑の表情を浮かべる。
「それは4連戦になるという予告にしかならないだろう」
「それだけじゃないさ。ここに来るまでに大物が4種類いただろう?」
6層のクラーケン、7層のギガイール、8層のギガクラブ、そして9層のマッドホエール。
「こじつけが過ぎやしないか」
英花は如何なものかと言わんばかりの目を向けてくる。
「だから断言はしない」
けれども、今まで戦ってきた大型の魔物を次々に繰り出すなど、これ以上ないくらいの嫌がらせではないだろうか。
「が、ここのダンジョンコアは外連味たっぷりな仕掛けを好むようだから絶対にないとも言い切れないだろう?」
「それは……」
俺の問いかけに反論の言葉は出てこなかった。
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