370 7層で待ち受けるもの
『それじゃあ、最後の一歩だ。準備はいいか?』
『オッケーだよー』
『こちらも問題ない。いつでもいいぞ』
『カウント行くぞ。3・2・1』
『『『ゼロ!』』』
念話で連絡を取りつつ3組で同時に6層から下りる階段から初めて外に出る。
最後の一歩を踏み出した直後、両脇に別の階段を下ったはずの真利や英花たちの姿があった。
「よしっ! レアの言った通りになったな」
つまり、ここはトラップが発動して飛ばされた6層ではなく7層である。
7層だよな?
そのはずなんだけど誰も何も言わない。
元から口数の少ない紬はいつも通りなので、それは問題ないとして。
英花は呆然としているし、真利は困惑している。
ネージュは眉間にシワを寄せて不機嫌そうに前を見ていた。
かく言う俺も愕然とした思いを抱いているんだよね。
目の前の光景が信じられなくてさ。
またしても砂浜から続く見渡す限りの海だよ。
一瞬、6階層に飛ばされたのかと思ったくらいだ。
「まぎらわしいな。底意地が悪いったらありゃしない」
「ダンジョンとはそういうものだろう」
つい愚痴ったら英花に言われてしまった。
「そうは言うけど、これはもう最上級の嫌がらせだろう」
「確かに。見た瞬間は固まってしまったからな」
弱々しく苦笑する英花。
「これで6層と同じようなパターンで魔物が出てきたりしたらドン引きだよねー」
あえて考えないようにしていたのに真利はこのタイミングでどうして言っちゃうかな。
まあ、海に入るまでには考えないといけないんだけどさ。
できれば心の準備が整うまで少し待ってほしかったよ。
何というか、攻略する気力が半減したからね。
「ミケ~」
ダレた感じでミケを呼ぶ。
「ハイですニャ」
対照的にミケはキビキビした動きで眼前にシュバッと現れた。
「悪いけど7層のチェック頼むわ」
「了解ですニャン!」
ビシッと敬礼しながら返事をしたかと思うと瞬間移動かと錯覚するくらい素早く去る。
いつもの光景なんだけど、今日は少し速い気がしないでもない。
「張り切っているなぁ」
「6層では仕事をさせてもらえなかったからだろう」
普通に感心していると何でもないことのように英花が言ってきた。
「それもそうか」
「ふと思ったんだけどー」
何か気付いたことでもあるのか真利が話し始める。
「ミケちゃんが霊体化すれば7層に来られたと思うんだよねー」
「だろうな」
何を当然のことをとばかりに英花が返事をする。
転移の魔法は霊体も運んでしまうがトラップは霊体では引っ掛からないからね。
「眷属召喚のスキルって眷属のいる場所に転移することもできるんじゃないのー?」
真利の素朴な疑問であったが、俺も英花もハッとさせられた。
召喚という言葉に釣られて呼び出すことばかり考えていたけど転移の応用だと考えれば不可能ではない気がする。
そう思って英花の方を見ると、すごく気まずそうな顔をしていた。
できるんだな。
でもって、それをもっと早く思いついていれば転移トラップなんて気にすることなく7層に来られたであろうことを悔いている訳だ。
「しょうがないさ。それに先に思いついていなかったからレアを皆に紹介できたんだし悪いことばかりじゃないと思うぞ」
「そうだよー。この先も同じトラップがあるかもしれないしー」
それもあるな。
次はバカ正直に付き合わないぞと思っているところに──
「ただいま戻りましたニャー!」
ズバッと参上するミケ。
「どうだった?」
「6層とは構造は似ていますニャ。でも魔物の構成は別物ですニャン」
「つまり、海は円形に広がっていて島は階段の場所にしかないのか」
「そうなりますニャー。ですが、階段は真向かいにしか存在しませんニャ」
それを聞いてちょっと安堵した。
6層のように三手に分かれる必要はない訳だ。
トラップがない保証は何処にもないけれど。
「それで魔物の構成はどうなっている?」
待ちきれないとばかりに英花が聞いた。
「中ボスだけですニャ」
拍子抜けするほどシンプルだ。
「それで、何がいるんだ?」
「クラーケンとタメを張りそうなサイズのウナギですニャー」
「ギガイールか……」
渋い表情になって呟く英花。
「その様子だと異世界で遭遇したことがあるのか?」
「ああ、ヒドい目にあった。迂闊にも斬りかかってしまってな」
「血を浴びたと?」
「ああ。あの時は死ぬかと思った」
「そのウナギの血って毒か何かなのー?」
「猛毒だ。常人なら軽く触れるだけで死にかねない」
「うわー」
返事を聞いてドン引きする真利である。
「よく平気だったねー、英花ちゃん」
「平気ではなかったぞ。ヒドい目にあったと言っただろう。どうにか死なずには済んだがな」
英花は自虐的な笑みを浮かべる。
「それじゃあ、私たちも気をつけないとねー」
「俺たち3人はその心配はないぞ。ウエットスーツは濡れないように防御処理してあるからな」
「あっ、そっかー」
「問題は距離を取った時の水球ブレスと接近した時の電撃だ」
「えーっ、電気ウナギなのー?」
「ああ。見た目は高級とされる青ウナギそのものらしいけど」
俺は遭遇したことがないので実際がどうなのかはわからない。
そういうのは実際に戦ったことのある英花が知っているはずだ。
「言われてみれば真っ黒ではなかった気がするな」
かつて戦ったギガイールの姿を記憶の底から引っ張り出す英花。
「ということはー」
真利が期待に満ちたワクワク顔になっている。
バトルジャンキーでもない真利がどうしたというんだろう?
「高級うな重が食べ放題じゃないのー?」
そう来たか。
「うな重とな。それは如何なるものなのだ?」
ネージュも興味を持ったようだ。
「ウナギの蒲焼きとご飯を重箱という器に盛り付けた、ちょっと高級な食べ物だ」
「蒲焼きの香ばしい匂いと脂がのったウナギの身とタレのからんだご飯の絶妙なハーモニーが最高に美味しいんだよー」
両手を頬に添えて語る真利は夢見心地の表情だ。
すでにドロップアイテムをゲットしたかのような浮かれっぷりである。
仕留めないと食べられないということは完全に失念しているようだ。
「ちなみに重箱じゃなくて丼に盛り付けるとうな丼になる」
「器が違うだけのようだが他に違いはあるのか?」
「ウナギとご飯の比率かな。丼の方がウナギ少なめでご飯は多いから、うな重より手軽に食べられる」
例外はあるかもしれないが、おおむねそんなものだろう。
「ふうむ」
ネージュが腕を組んで考え込み始めた。
「悩ましいものだな」
「何がだ?」
「うな重にするかうな丼にするか、実に悩ましい」
もうすでに食べることは確定しているようだ。
図らずも真利が飯テロを遂行した格好になるな。
そんな訳でギガイールの運命も風前の灯火となってしまった。
勇者でさえ油断すると危険な目にあう魔物とはいえドラゴンが相手じゃ立場が逆になる。
俺たちが戦闘経験を積む機会が減りそうだけど、それは次の機会に持ち越しと考えればいい。
リポップのタイミングで8層へ先に進むことになるとは思うけどね。
哀れなり、ギガイール。
読んでくれてありがとう。
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