369 7層へ行く方法
7層へ下りる階段までダンジョン内転移してきた。
昨日は瓦礫に埋もれていたはずの階段だが、今は元の状態に戻っている。
「あの瓦礫が見事に消えておるな」
「ダンジョンの復元力はさすがだねー」
ネージュと真利が感心している。
英花はさっそくリアを呼び出すべく集中しているので、その様子は視界に入ってはいたもののスルーしていた。
そして、リアが呼び出される。
「件の術式はこの先ですか、マスター?」
さっそく仕事に取り掛かろうと聞いてくる。
状況は前日に説明済みなのが大きい。
ネージュと神様たちに紹介するためだけに呼び出したのではないのだ。
「そうだ」
返事をしながら先導する。
階段を下りていき出口付近で止まった。
「どうだ?」
術式が何処に記述されているかは具体的には説明していない。
先入観があると逆に時間がかかったりしてしまうことがあるからね。
「発見しました。解読を始めます」
手をかざして魔力をわずかに流し込むと空間に定着していた術式が光り始める。
「ふえー、なんだかスゴいことになってるよー?」
思わず感嘆の声を上げる真利。
だが、英花が人差し指を自分の口の前に持ってくるとハッとして口をつぐんだ。
「おしゃべりしても構いませんよ。多少時間はかかりますが無駄なものが多いだけで、そこまで高度な記述はありません」
こちらを振り向くことなくリアが言った。
「マルチタスクはお手の物なんだねー」
真利が軽い驚きを見せながら感心している。
「それは知らない単語だな。どういう意味だ?」
ネージュがそう言うのも無理はないか。
日常会話では滅多に聞かない気がする。
まれに「あの人はマルチタスクができる人だ」みたいな感じで聞くことはあるけど。
「マルチタスクのことー?」
「うむ」
「コンピューター関連の用語だから無理ないかー」
言いながら真利は苦笑している。
それは俺も知らなかった。
真利はそっち方面の知識が豊富だから知っていて当然なんだろうけど。
逆に日常会話で使われることもあるとは知らないようだ。
たぶん長らく引きこもっていたせいだな。
「マルチタスクはぶっちゃけて言うと並列思考みたいなものだよ」
「ほう、複数のことを同時に考えられるということか」
「その認識でおおむね正しいかな。厳密に言うと完全に同時進行でなかったりするんだけどー」
「そうなのか?」
「物凄く短い周期で切り替えながら同時進行しているように見せかけているんだよー」
「作業効率が悪くなりそうに思えるのだが」
「そこはコンピューターが得意とするところだから問題ないんだよー」
「そういうものか。コンピューターというものはよくわからんな」
ネージュは首をひねっていたが、早々に考えることを放棄した。
「俺もそういうのはよくわからないさ。けど、コンピューターを使った便利な道具は使えるから何も問題ないと思うぞ」
「ちょっとー、涼ちゃん! リアは道具じゃないよー」
真利が抗議してきたが、それは勘違いというものだ。
「俺はコンピューターの話をしていたのであってリアのことは何も言ってないつもりなんだが?」
そう言うと真利は「あれ?」という顔をした。
「まあ、誤解を招く言い方だったかもな。スマン」
「そんなの気にしてないよー。勝手に勘違いしたの私だしー」
などと話していると……
「終わりました」
レアがトラップの術式の解読完了を告げてきた。
「速い。涼成は何日かかかると言っていたのに」
目を白黒させる英花。
そこまで動揺することないんじゃないだろうか。
「ダンジョンを管理しておる者であれば、むしろ当然ではないか?」
ネージュが問いかけるように説くことで英花もハッとした表情を見せる。
「そうだった。リアはダンジョンコアが頭脳だったのを失念していたな」
苦みの感じられる失笑をする英花である。
「それで、どういうトラップだったのー?」
「セキュリティつきの転移トラップですね」
「やっぱりか……」
辟易するあまり嘆息してしまう。
「マスターはよく転移トラップだとわかりましたね」
リアが不思議そうにしている。
「セキュリティとダミーの術式で埋もれている奥の奥にその部分の記述があったのですが」
「そういう面倒なトラップを異世界で嫌というほど見てきたからな。なんとなくそうじゃないかと思っただけだよ」
「なるほど。過去の経験に基づいて予測されたのですね」
まあ、そんな感じだ。
「それで罠を回避して7層へ行く方法はどうなのだ?」
ネージュが待ちきれないとばかりに聞いてくる。
「そうですね。すべての下り階段を同時に通り抜けることです」
「うわ、面倒くさっ」
思わず声が漏れてしまったさ。
要するに二手どころか三手に別れてタイミングを合わせて下りろってことだもんな。
「それって合流するまでが大変そうだねー」
真利の言う通りである。
こんな面倒な罠を用意しているとは、さすがに予想しなかったよ。
「ご心配には及びません。転移先は同じです」
「あ、そうなんだ」
最後の最後で7層への転移先の座標を3個所も用意するのが面倒くさくなったな。
「面倒な仕掛けをする割に詰めが甘いトラップだな」
英花がわずかに呆れの色をにじませている。
「そこまでしなくても侵入者を全滅させる自信があったんだろう」
でなきゃ、最後まで意地の悪いトラップとして仕上げているはずだ。
「確かにそうかもしれないな」
英花も俺の意見に納得したようだ。
「どういうことだ?」
今度はそれを見たネージュが不思議そうにしているけれど。
「6層に来られる程度の実力では階段にたどり着くのは至難の業どころじゃない」
「む、そうなのだな」
いま気付いたとばかりに意外そうな表情を見せるネージュ。
圧倒的な強さを持つネージュからすれば、そこに気付くのは難しいか。
「ギリギリで階段にたどり着いても転移トラップがある。解読も困難だし無理に破壊しようとすれば瓦礫に埋もれるオマケ付きだ」
「むう」
昨日の埋もれた状況を思い出したのかブスッとした顔になるネージュだ。
「ここまでして死なないのは6層を難なくクリアできる者だけだろうさ」
「だから、最後は手抜きをしたということか」
ネージュも納得がいったようだ。
そのまま呆れた様子でフンと鼻を鳴らす。
「とにかく先に進もうよー」
真利の言う通りだ。
先へ進む方法が判明したというのに、こんな場所でいつまでも立ち往生しているのも間が抜けている。
「そうなると誰がどの階段を担当するかを決めないとな」
「適当にクジ引きでいいんじゃないのー?」
英花の言葉に真利が適当に答えるが。
「別れた後に敵襲を受けて妨害されるかもしれないんだぞ、真利」
「うっ」
指摘を受けて顔を引きつらせる真利である。
「2人1組がベターだろう」
「もしかして自分も戦力としてカウントされますかニャー?」
今まで黙っていたミケが聞いてきた。
「レアよりは戦力になるだろうに」
感知力が高いし魔法も使えるからね。
接近戦をしなければいいだけのことだ。
それに、いざとなれば霊体化すればいい。
「問題はレアの方だろう」
英花が指摘するとおりである。
バージョンアップは続けているが戦闘能力はそこまで高めていないのだ。
「じゃあ紬ちゃんを呼べば解決だねー」
そんな訳でレアと入れ替わりで紬を眷属召喚し2人ずつに分かれて階段のトラップをクリアするのであった。
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