364 ダンジョンブートキャンプ後日談
10日目のダンジョンブートキャンプが終了した。
参加者たちは疲労の色が濃い。
ブートキャンプ中に配布していた効果低めの疲労回復ポーションでは明日も休む必要があるだろう。
「諸君! 今までよく厳しい訓練に耐えてきた。脱落者がいなかったのは見事である。だが、今後も戦いは続く。ここで得たものを次の戦いでも生かしてさらなる高みを目指してほしい。以上、これにて解散!」
「「「「「ありがとうございました!」」」」」
そんな言葉が聞けるとはね。
何かと言えば腕立て伏せのペナルティーを乱発していたし、最後は口汚く罵られるくらいはあってもおかしくないと思っていたのだけど。
とはいえ、誰も彼もが座り込んでグッタリしている。
遠藤大尉ですらだ。
これ以上は話しかけても反応があるとも思えない。
中には夢の世界に旅立った者さえいるくらいだからね。
という訳でダンジョンブートキャンプ参加者ではない統合自衛軍兵士に後のことを任せ俺たちは鬼軍曹のままでその場を去った。
解散を告げた直後に普段通りの態度で話しかけるのは互いに違和感がハンパないだろうし、これでいい。
駐車場で車に乗り込み帰途につく。
「なんとか終わったねー。脱落者ゼロとは思わなかったなー」
「意外に根性があったな」
真利の言葉にネージュが同意する。
「仕事だから逃げる訳にもいかないだろう」
「それがあったかー」
ここまでは一仕事終えた達成感が車内に漂っていたのだが。
「この調子で別の兵士の訓練を依頼されたらどうするのだ、涼成」
英花がその疑問を口にしたことでゆるい空気は霧散し沈黙が支配する世界となった。
「……断るまでだ」
「断れるのか?」
しばしの沈黙の後に答えた俺に対し英花は即座に問い返してくる。
俺が自分の発言に自信を持っていないと察したのだろう。
「向こうが無理強いしてくるなら関係を断つまでだ。隠れ里を作って引きこもってでもな」
こういう事態に陥るのは、できれば回避したいところだけど仕方あるまい。
即答しなかったのはwinwinの関係を崩してしまうことに迷いがあったせいだ。
それでも俺たちの自由が脅かされるというなら腹をくくるまで。
「なるほど。それは躊躇いもするか」
「隠れ里を作るというなら協力するぞ」
ネージュはそう言ってくれるが。
「隠れ里に引きこもるとイカが手に入らなくなるんじゃないか」
「何だとぉっ!?」
大いにショックを受けている。
「イカン、イカン、ソレハイカンゾ!」
あまりの衝撃に喋りが片言になってるし意図せずオヤジギャグ級のダジャレにもなっている。
「隠れ里の中に海を作ったらいいんじゃないかなー」
「おおっ、それは妙案ではないか」
真利の提案で復活してくるものの。
「作った海でイカが生息できるのか?」
「ぬわんとぉっ!?」
再びショックを受けている。
一喜一憂の激しいことよ。
これならブートキャンプの話を押し切られそうになってもネージュが阻止してくれるだろう。
周囲に被害を出さないよう気を配らないといけないとは思うけど、押し切られるよりマシだ。
「だから何としてもブートキャンプの依頼は断るつもりだ」
「そうだ、そうだ。それがいい」
フンフンと鼻息荒く同意するネージュさんである。
思惑通りになりそうで何よりだ。
後日、予想通りというか何というかダンジョンブートキャンプの依頼が舞い込んできた。
これが遠藤大尉から持ち込まれた話であれば完全に予想通りであったのだけどね。
アポを取ってきたのは大沢少尉という微妙に予想外の展開である。
「まさか少尉が来るとは思っていませんでしたよ」
「遠藤大尉でしたら拒否されましたので」
「それって命令違反になるんじゃありませんか? 上からの命令で来ているんでしょうに」
「大丈夫ですよ。大尉に対しては命令ではなく提案でしたから」
「それで少尉が来ることになったと?」
ちょっと意味がわからない。
「大尉殿が啖呵を切ったんですよ。絶対にブートキャンプの依頼は受けてもらえないと。ウソだと思うならやってみればいい。ただし自分は嫌だと仰いましてね」
あの野郎、という呟きが後ろから聞こえてきた。
振り返って確かめるまでもなく英花である。
まあ、これに関しては俺も同感だ。
自分が面倒事から逃れるために俺たちに押しつけてきたんだからね。
「まず最初に言っておきますが、ダンジョンブートキャンプを行ったのは何度もこちらに依頼されるのが面倒だからですよ。それで、そんな依頼を持ってきて俺たちが受けるとお思いですか?」
俺の問いかけに大沢少尉が表情を硬くさせた。
「それは大尉も仰っていました。ですが、あれは有益なのです」
「誰にとって有益なんですかね。俺たちにとってはメリットが何もないんですよ。軍人なら仕事だし従う義務も発生するかもしれませんがね。だからと言って俺たちを軍に勧誘しようというなら敵と見なしますよ。こちらにメリットを供与しないばかりかデメリットを押しつけようとしているんですからね」
「もちろん金銭的な保証は──」
「はいはい、論外、問題外」
大沢少尉の言わんとしたことにカチンときたので途中で言葉を被せて遮った。
「俺たちは自由がほしい。邪魔をするなら敵だ。しつこいなら身内全員で国外に出ることも辞さない。こっちにはネージュがいるから止められるとは思わないことだ」
「それは困る」
さすがに動揺を隠せなくなったようで大沢少尉の声が上ずっていた。
「少尉にも立場があるのでしょう。上に伝えておいてください。次に面倒事を持ち込んだらポーションと魔道具の出荷を無期限で止めます、とね」
それがどういう意味かは誰でもわかるはずだ。
上の人間とやらがよほどの無能でもない限りは。
「ああ、それと自分たちが体験したにもかかわらず模倣もできないとは言わせませんよ。どうして人に頼るばかりなんですかね」
突き放すだけでは大沢少尉も板挟みとなって立つ瀬がないだろう。
少しばかり入れ知恵というか道筋を示しておく。
すると大沢少尉が虚を突かれたように驚きの表情を見せた。
「それは盲点だ……」
「は?」
おいおい、検討すらしていなかったのかよ。
俺は後押しするだけのつもりだったというのに。
「いきなり同じ成果を出すのは難しいかもしれませんがね」
というより無理だと思う。
英雄のスキル持ちでもいれば話は別だけど、あれはそうそういるもんじゃないし。
俺たちがやったのは統合自衛軍の中で頂点にいる者たちを対象に鍛え上げること。
そうでない者たちにそのまま適用して同じ成果を期待するのはお門違いというものだ。
しかも模倣だから劣化コピーとなる。
最上の結果を当然だと思っていると期待と結果の落差は激しくなってしまうだろう。
だからと言って成果がゼロになる訳じゃないんだけどね。
むしろ規模を拡大させやすいのでレベルの底上げはしやすいはずだ。
「しかし、我々に本当にできるのでしょうか。あの絶妙なまでのサジ加減はとても真似できるものとは思えんのですが」
劣化コピーになる自覚はあるようだ。
現場がそれなら望みはある。
「そこは何度も繰り返すことで経験を積めばクリアできるはずですが?」
あえて挑発するように言ってみた
すると大沢少尉はうなるように考え込み始めたが、じきに結論を出した。
「やってみます」
その後、実行されたダンジョンブートキャンプは尖った結果は出せないもののある程度は成果が出せたそうだ。
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