362 ダンジョンブートキャンプの成果は
ダンジョンブートキャンプ4日目もゼブラッドを相手に戦ってもらう。
ダークバクの相手をするのはまだまだ危険だと判断したからだ。
ビシバシと厳しく追い込んではいるものの実はこれでもかというくらい安全マージンを確保していたりする。
それでもうちの身内が警戒に当たりつつ頻繁に魔物を釣ってくるので楽ではない。
息つく暇もないくらいなので俺たちは鬼だと思われていることだろう。
こうでもしないと短期間で安全を確保しつつレベルアップなんてできないのだから仕方ない。
それがバレてしまえば気がゆるむ恐れがあるので鬼軍曹の振りをしている訳だ。
普通は相手によく思われたいと考えるところなのだろう。
が、俺たちは統合自衛軍の面々には鬼だと思われた方が都合が良かったりする。
相手に苦手意識を持たれれば、そうそう近づきたいとは思われないだろうし。
理想はベタベタしない程度に程良いお付き合いがあればというところだ。
頻繁に寄って来られるのは俺たちの実力を伏せる意味でも勘弁願いたいし。
完全に縁が切れるのはお互いにとってマイナスになってしまうので距離感をコントロールするのは普段であれば難しい。
ところが鬼軍曹に扮すれば向こうから勝手に苦手意識を持ってもらえる。
第2第3の距離感クラッシャー遠藤大尉の出現を阻止できそうで何よりだ。
ブートキャンプ後に一定の距離感が保たれることを願って今日も俺は鬼軍曹を演じる。
「成長がないぞ! 昨日と同じならブートキャンプをしている意味はないんだ!」
朝一から叱咤の声がダンジョンの中に木霊する。
「常に一段上を目指して戦え!」
高い意識を持っていないと人間はすぐに楽をしようとするからね。
ブートキャンプ中には御法度だ。
楽に魔物を倒そうとしてはいけないという訳ではない。
少しでも早く戦闘を終わらせられるなら、それも有りである。
そのために要求されることが高レベルだったりするので楽ではないかもだけどね。
もっと素早く動かねばならなかったり。
もっとシビアに魔法を制御しなきゃならなかったり。
「戦闘が終わったからと言って気を抜くな!」
慣れてくると気がゆるみがちになるので、そうなる一歩手前で引き締める。
「死にたいのか!? その瞬間に魔法を当てられれば致命傷を負うことだってあるんだぞ! 腕立て1セットォ!」
「「「「「サー! イエッサー!」」」」」
大沢少尉のチームがセーフエリアで腕立てを始める。
初日のように魔物を気にする様子は見られない。
その余裕がないだけか、それとも地獄を見て肝が据わってきたのか。
習慣づくならどちらでも構わない。
昼過ぎまでゼブラッドとひたすら戦い続ける統合自衛軍の面々。
交代しながらとはいえ慣れによって間隔が縮まると疲労は蓄積しやすくなる。
その見極めも大事なんだよな。
特に4日目ともなれば、今までの蓄積した疲労も出やすい状態だし。
「よぉし、休憩だ!」
一瞬で張り詰めた空気がゆるむのを感じる。
それじゃダメなんだよ。
「戦闘が終わったからと言って気を抜くなと何度言ったらわかるんだ! 全員、腕立て3セットだ!」
「「「「「サー! イエッサー!」」」」」
休憩のはずなのに3倍の罰が与えられたショックは如何ほどのものか。
これで身に染みてもらえれば良いのだけどね。
そうして夕方になる頃にはヘトヘトの状態でダンジョンを去る。
帰りの道中は俺たちが魔物を排除することになったくらい統合自衛軍の一同は疲労困憊していた。
そんな状態でも気は抜かなくなっている。
誰も彼もが疲れをにじませた表情でありながら眼光は鋭く周囲に気を配っていた。
それはダンジョンを出た後でも変わらない。
ピンと張り詰めた空気が漂っている。
「今日はこれで終了だ。明日は休みとする。疲れを抜くのも仕事だということを忘れるな。以上、解散!」
ここでようやく空気が弛緩した。
崩れ落ちるように座り込む兵士たち。
だが、ここまでやったからこそレベルは確実に上がっている。
5日目はそれを実感してもらうかな。
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休みが明けてダンジョンブートキャンプも5日目を迎えた。
集合時間の5分前には集合して整列している統合自衛軍のブートキャンプ参加者たち。
休み明け特有のだらけた雰囲気はない。
朝一から全力で行ける緊張感があった。
良い傾向だが安物のメッキのように簡単にはがれるようでは無いも同然。
果たしてどうかな?
「今日はまず2層でホースマンと戦ってもらう」
3層に下りるようになってからはブートキャンプ参加者には相手をさせず身内で排除してきたから、この発言は意外に感じたはずだ。
しかも細かい説明はなしである。
それでも誰一人として困惑したり動揺したりはしていない。
この程度でザワつくようなら今まで何をしていたのかってことになる。
もちろん俺たちの方が、だ。
軍曹役として舐められていなかったのは何よりである。
とにかく4日目が終わった時に考えていたように成長を実感してもらう予定だ。
詳細を何も言わないのは、自分たちが成長したことをより実感できるようにするためである。
「それでは行くぞ。駆け足!」
「「「「「サー! イエッサー!」」」」」
返事をしてダンジョンへと突入していく統合自衛軍のダンジョン攻略部隊。
初日とは違いマッドポニーへの対処はブートキャンプ参加者たちにやらせる。
走りながらだと、まだぎこちなさは残るものの先頭が一撃必殺で通過していく。
間違いなく仕留めたかどうかは確認しない。
その役目は後続が担うからだ。
そうして2層目へは難なく到着した。
何も言わなくてもセーフエリアで1列に並びホースマンと戦う準備を整える一同。
間もなく先行していた大阪組がホースマンを釣ってきた。
「時間を計測するからそのつもりで。1分以内にドロップアイテム化させられなければ、腕立て百回だ」
「「「「「イエッサー!」」」」」
割と無茶な注文であるにも関わらず誰も動揺していない。
むしろ挑戦的な目をしてやってやろうという気概に満ちていた。
これが初日なら、こうはいかなかっただろう。
レベルだけでなく意識の上でも成長していることがわかった。
で、肝心の戦果はというと全員が危なげなく目標をクリア。
ちょっと安堵したのは内緒だ。
誰か1人でも腕立て伏せのペナルティーを科せられたなら、こちらの目論見が水泡に帰してしまうからね。
後はブートキャンプ参加者がどう感じているか。
見えないよう隠れて小さくガッツポーズしたりしている者が少なからずいることから手応えを実感しているのは間違いあるまい。
本人たちはポーカーフェイスで誤魔化しているつもりなんだろうけど、醸し出す雰囲気を封じ込めねば隠し通せたとは言えないだろう。
現に大沢少尉などはバレないようにやれと言わんばかりに渋面を作っている。
とりあえず、これに関してはスルーしておいた。
モチベーションを上げたところに水を差すのは逆効果だからね。
それよりも気持ちが上向きになったのであれば先に進むべきだろう。
「次は3層だ。駆け足!」
「「「「「サー! イエッサー!」」」」」
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