360 ダンジョンブートキャンプ始まる
帰ってから馬肉料理を作って食したというのに味の方はあまり印象に残らなかった。
美味しかったとは思うんだけど、ね。
翌日のブートキャンプのことを色々と話し合ったからだ。
遠藤大尉を毛嫌いしている英花は乗り気ではないのは言うまでもなかったし。
人見知りの真利が少しは慣れた相手とはいえ自分から積極的に関わるのは無理だというのもわかっていた。
ネージュは、さじ加減が心配だし。
そんな訳で手伝いの人員はジェイドや大阪組に頼んだ方がいいだろうという結論になったのは言うまでもない。
一応、ウィンドシーカーズの3人にもブートキャンプの手伝いを頼んでおいた。
橘は自分たちが教える立場になるなんてと不安そうにしていたけどね。
確かにブートキャンプの指導側としては戦闘に関する以外の部分が必要になる訳だし。
それでも学生を指導した経験を持つ大阪組の補助として働いてもらうなら大丈夫なはず。
まあ、ブートキャンプに学校での指導経験がどれほど役に立つのかという話もあるけれど。
大勢の前に1人で立つのは意外とプレッシャーなので、まったくの無駄ではないとは思っている。
逆に今回の経験が俺たちの地元に来てから教師として働く際に役立つのかと聞かれると答えに窮するところだけどね。
鬼軍曹になりきって、それが染みついてしまったら役立つどころかマイナスになりそうな気はする。
大阪組は調子に乗りやすいところがあるから、やっぱり助っ人には補助だけでお願いしようかな。
明けて翌日。
集合時間の前に軽く打ち合わせはしたけど、綿密な計画などは立てていない。
大まかな方針や役割は決めたものの状況に応じて臨機応変に対応するしかないというのが不安を誘う。
手伝ってくれる皆を動揺させないためにもポーカーフェイスを貫いているけれど。
「張井、待たせたな」
集合時刻ピッタリに遠藤大尉たちがやって来た。
「言うほど待ってはいませんけどね」
それよりも気になるのはダンジョン攻略部隊が増えていることだ。
おまけに顔見知りとなった大沢少尉たちの表情が悲壮感漂う強張ったものになっている。
新入りたちの方が落ち着いているように見えるのは気のせいではあるまい。
「どういうことです?」
俺は現場責任者である遠藤大尉に聞いてみた。
「張井たちも転移トラップの検証に自分たちのとこの冒険者を連れて来たじゃないか」
「あー、なるほど。新しく来た人たちはそっちを確認するための人員ですか」
「そういうことだ」
「それでバックアップに大沢少尉のチームが担当するってことですね」
「いいや、違うぞ」
「は?」
予想していたことを否定されたせいで思わず素っ頓狂な声が出た。
「少尉にはブートキャンプに参加してもらう。もちろん我々もな」
「もしかして新規で来た人たちにバックアップなしで突入させるつもりですか?」
それは昨日もしなかったことだ。
というより遠藤大尉たちが勝手にしたことだけど。
「互いに補完しながら行かせるつもりだ。その場合の脱出条件がズレたりしないかも確認させる」
一方がクリア条件を満たして、もう一方が満たしていない時はどうなるかを確認したいのか。
正解は条件を満たした方だけ戻ってくる、だ。
ただし、どちらかが一切の戦闘を行わなかった場合のみ一緒に戻ってくる。
それがどういう基準でそうなっているのかは不明なんだよな。
仕様書でもあれば話は別なんだろうだけど、ダンジョンにそんなものはない。
掌握したダンジョンコアに情報を吐き出させたとしても理由がわかるとは限らないからなぁ。
それに罠の条件を確認するだけなのと違って奥まった情報を調べるとなると時間かかるし。
一応はリアに頼んでおくか。
もっとも、理由がわかったとしても条件を変える訳にはいかないんだけど。
すでに遠藤大尉たちがクリアしているからね。
彼らが上げる報告とこれから向かうチームの報告に齟齬が生じるのはマズい。
とにかく下手なことは言えない訳だ。
もしも何か事故が発生したなら転移トラップをクリアしていない誰かを送り込むってことで対応するとしよう。
今はブートキャンプに集中する。
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「最初に言っておきますが、以後は我々の指示に従ってもらいます」
今からスイッチを切り替える。
これで遠藤大尉たちはお客さんではなくなった。
「当然だな」
ウンウンとうなずきながら遠藤大尉が言った。
「そこっ、私語は慎むように」
「了解了解」
遠藤大尉はゆるい空気を醸しつつ返事をするが。
「返事はイエッサーのみだ。次につまらん態度を取ったらその場で腕立て伏せ百回を1セットやってもらう」
ここで少しだけ威圧した。
すでに俺がスイッチを切り替えていることに気付いていない面子に腕立てをさせて無駄な時間を費やしたくなかったからだ。
そのせいか誰からも発言はなかった。
ここで不平不満を口にしようものならどうなるかをちゃんと忖度した訳だ。
「返事がないな。手始めに3セットくらいやっとくか?」
こう問いかけると未だ少しばかり残っていたゆるんだ空気が一気に消え去った。
全員が姿勢を正し直立し──
「「「「「サー! イエッサー!」」」」」
気合いの入った返事をした。
「よろしい。では、これよりダンジョンに突入する。総員、2階まで駆け足!」
「「「「「イエッサー!」」」」」
返事をしたブートキャンプ参加者一同が整列状態で走り出す。
大阪組が先導しているが、これは1層のマッドポニーを間引くためである。
ダンジョンに突入してから遭遇したマッドポニーは鎧袖一触でドロップアイテムとなっていく。
だが、アイテムは回収せずに通り過ぎる。
それを見ていた者の中には何か言いたそうにしている者もいたが。
「集中を欠かすな! 走れ! それとも腕立てが希望か!?」
叱咤すれば、すぐに切り替えていた。
まだ始まったばかりだから緩さも残っているが素人ならもっと酷かっただろう。
そうしてブートキャンプ参加者は魔物と戦うことなく2層へ下りてきた。
「これより1人ずつホースマンの相手をしてもらう」
1人ずつというのが引っ掛かったのだろう。
一瞬だがザワついた。
「この程度で動揺するなどたるんでいるな。全員、腕立てだ!」
威圧しながら言うと全員が一斉に腕立て伏せを始めた。
まあ、ダンジョン攻略部隊のトップチームにとってこんなのは大した負荷にはならない。
最初のうちはね。
そのせいかどうかはわからないが大沢少尉のチームはやたら必死に終わらせようとしている。
それでいて周囲をチラチラと気にしていた。
まさか魔物を気にしているのか?
セーフエリアにいるのに?
そんなメンタルでよくダンジョン攻略部隊のトップチームにいられるよな。
もっと図太くないと、いつか自滅するだろうとは思うが何も言わない。
どうせ、そんなことを考えていられないくらいヘロヘロになるからね。
その後、ホースマンと戦っていった訳だけど思った以上に苦戦していた。
どうもスピードのある相手と戦うのは苦手なようだ。
ウォーミングアップのつもりで時間をかけない予定だったんだけど、そうも言っていられない。
夢に出てくるくらい相手をしてもらうとしよう。
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