36 さっそくお仕事
爺ちゃんの家から真利の屋敷に戻ってきた。
「おかえりなさいませ、マスター」
一時的に警備を任せていたリアが出迎えてくれた。
「ただいま。何も変わりはないか」
「怪しい人間が数名ほど屋敷の外をうろついていました」
「おいおい、さっそくかよ」
紬を召喚したタイミングが良かったと言うべきなんだろうか。
「怪しいとは、どういう行動だったんだ?」
英花が問いかける。
「屋敷の外周を巡って色々と探っている様子でした。門の所では防犯カメラがないか見ていたように思われます」
「近いうちに押し入ってきそうですニャ」
「えー、招かれざるお客さんは困るよぉ」
ミケの言葉に嫌そうな顔をする真利。
レベルアップしてマッドボアと正面からやり合えるようになったせいかビビってはいない。
もし不審な連中が強盗として侵入してきても撃退しそうだな。
変われば変わるものである。
「今まで何もなかった方が不思議なんだが」
「たまたまじゃない?」
「そんなものかね」
これまでは泥棒たちに目をつけられない何かがあったんだと思うが皆目見当がつかない。
「それだけ日本でも人が少なくなってるんだと思うよ」
「さすがにそれは言い過ぎだろう」
「ううん。日本の総人口は4年前に半分以下になったってニュースで言ってたよ」
「それは……」
「そのせいで過疎化が一気に進んだって」
「人が多い都会へ人口が集中したということか」
英花が渋い表情で考え込んでいる。
まさか、そこまでとは思わなかったのだろう。
俺も同じだ。
特殊帰化法なんてものが成立する訳である。
おそらく自衛軍が設立されることになったのも無関係ではないだろう。
「そんなの空き巣狙いし放題になりますニャ」
逆にそのせいで順番がなかなか回ってこなかったとも言える。
嫌な順番待ちだ。
「真利、お前は運が良かっただけだぞ」
「うん。そうだね」
急にションボリし始める真利である。
以前の自分だったらと考えてしまったみたいだね。
「だが、来るとわかっているなら撃退もできるよな」
「もちろんだよ。負けないんだから!」
フンスと鼻息も荒く意気込む真利。
「だが、それは紬の仕事になるんじゃないのか」
とは英花の言葉である。
「紬ですか? どなたでしょうか」
知らない名前を耳にしてリアが話に入ってきたので紹介する。
「承知しました。これからよろしくお願いします」
丁寧に挨拶したリアに対して紬はうなずくだけかと思ったのだけど。
不意に狼の形が崩れ縦に伸びていく。
紬はそのまま人の姿になった。
狼の姿の時も大きいと思ったが人化した状態でも英花や真利と変わらぬくらい背が高い。
仲間内ではリアに次いで低いポジションをキープすることになった俺は内心でションボリさんになってしまったよ。
言うまでもなくミケは人化できないので除外している。
「よろしく」
紬がぎこちないながらもリアの真似をするように頭を下げた。
そういや着ている衣類もメイド服だしな。
人化する短い時間でどうやって作ったのかは謎だけど。
当人に聞いても、わからないと答えられてしまいそうな気はする。
あと、いくら待っても狼の耳と尻尾は消えなかった。
どう頑張っても引っ込められないのか好みの問題でそうしているのかはわからないけれど。
人前に出る場合は何か工夫が必要だな。
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真利の屋敷を嗅ぎ回っていた不審者はその日の夜中にやってきた。
行動は早いと言えるのだろうが俺たちからすれば遅きに失すると言わざるを得ない。
来るのがわかっているなら相応の準備をして当然だろう?
何もしないのはバカのすることだ。
やっつけ仕事にはなったが、すでに侵入者警戒用のセンサー型魔道具を屋敷全域に張り巡らせてある。
監視モニターと連動するようにしたので監視が楽だ。
郵便や配送業者の応対にも使える。
さらには悪意や敵意がある場合、侵入者にわからない形で警報が鳴るようにした。
で、深夜になって警報が鳴ったという訳だ。
今回は手ぐすね引いて待っていたので鳴る前から臨戦態勢だったけど。
「スリーマンセルで2組か。素人ではないのかな」
モニターに映る侵入者は3人1組で正門と人目につかない塀から入ってきた。
「動きがぎこちない。プロの真似事をしているようにしか見えないな」
英花はそう判断したか。
「無線を使ってやり取りしてるね。せっかく別行動を取ってるのに片方が隠密行動しないのかな」
真利が首をかしげているが連中はそのつもりだと思う。
素人が見ても拙いとわかるんじゃプロの線は完全に消えただろう。
プロの真似事をして格好をつけたがっているお遊び感覚の連中みたいだな。
そのくせ、どいつもこいつも殺意があるとしか思えない獲物を手にしている。
「紬に任せようと思ったんだが二手に分かれたのは想定外だったな」
屋敷の敷地が広すぎるが故にバカな連中の遊び心を刺激してしまったようだ。
「真利、妨害電波を出せる?」
「いつでもオッケーだよ」
「じゃあ頼む」
「はーい」
返事をした真利がパソコンを操作する。
「紬、塀から侵入した連中の無力化を頼む。殺さなければ好きにやっていい」
「了解」
狼の姿で紬は部屋を出て行った。
「で、正面から来る連中はどうする?」
手ぐすねを引いてますと言わんばかりの英花が聞いてきた。
「とりあえず待つよ。玄関の外にトラップを仕掛けておいたからね」
「意地が悪いな」
「そうか? 根に持つような連中だったら痛い目を見ておいてもらわないと面倒だろ?」
無線を傍受した内容があまりに酷かったので簡単に帰すつもりはない。
逃げられないように引き込んで捕らえてからお仕置きだ。
「紬ちゃんの方が終わったよ」
モニターを監視していた真利が告げてきた。
見れば3人組が積み上げられている。
「活躍を見そびれたな」
「録画してるから確認できるよ」
残念がる英花に真利が応じながらパソコンを操作した。
「おいおい、いま見るのかよ」
正門から来た連中がちょうど罠にかかったところなんだが。
「そっちは涼ちゃんが行くつもりだったんでしょ」
「舐められちゃ意味がないんでな」
「じゃあ、行ってらっしゃーい」
という訳で俺は追い出されるように見送られてしまった。
なんだかなぁ。
気を取り直して玄関へ向かう。
しだいにギャーギャーと騒ぐ耳障りな罵声が聞こえてきた。
鬱陶しいったらありゃしない。
玄関に至った俺は突っかけを履き引き戸をガラッと一気に開けた。
引き戸が開いた瞬間、罵声がやみ静寂があたりを支配する。
「うるさいぞ、何時だと思ってるんだ!」
両手足をワイヤーで引っ張られた状態で逆さ吊りになった連中を見上げ一喝すれば、たじろぐ気配が伝わってきた。
「うっ、うるせー。こんな真似してただですむと思うなよ」
リーダー格らしい男が凄もうとするが声が震えており畏縮しているのはバレバレだ。
一喝した際に多少の殺気を乗せはしたけれど、この程度でビビられてもなぁ。
「武装して夜中に人の家に侵入する奴らの言うことは違うねえ」
「俺たちは冒険者だ。武装していてもおかしくねえよ」
「夜中に不法侵入する説明になってないよな」
「すぐ近くのダンジョンから逃げてきただけだ。誰も住んでなかったら休憩させてもらうつもりだったんだ」
よくもまあ口から出任せが次から次へと出てくるものだ。
俺が呆れていると──
『どうせこんな家には年寄りしかいねえよ』
『ボコって金のありかを吐かせるだけなのに大袈裟なんだよな』
『プロっぽいだろ』
『何だよ、それ』
スピーカーを通した連中の声が聞こえてきた。
ついでに下品な笑い声も。
先程の傍受した無線の内容だ。
「な、なんで……」
「地主の家が無警戒の訳ないだろうが、バーカ」
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