358 枷は何のために
俺たちが戦いの余韻に浸っていると──
「ドロップアイテムは魔石に角と革、それに肉か」
ネージュがドロップアイテムを物色する声が聞こえてきた。
「角が残るんだー。3本ともあるよー。切断糸を選択して良かったー」
真利が何故か角に食いついている。
「切ったから残ったという訳ではないぞ、真利」
「えっ、そうなのー?」
「よく見ろ。切った時よりも角は長いだろう」
英花に促され顔を近づけてしげしげと角の末端を見た真利はすぐに顔を上げた。
「切った時の角度じゃなかったー。ちょっとショボーン」
ドロップアイテムの中から角を見出した時とは落差のあるテンションとなる真利。
「そんなに落ち込むことか? 角は残ったんだからいいだろう」
英花に慰めの言葉をかけられても復活しそうにない。
「だってー、せっかく切り落としたのに消滅してたんだよー」
泣き言で返す始末だ。
「記念になるかと思って頑張ったのにー」
そんなことだろうと思ったよ。
「それなら向こうに転がってるぞ」
ドロップアイテムとはまるで違う場所に転がっている角が3本。
こちらはドロップしたものよりも少し短めだ。
「あったー!」
「自分が切り飛ばしたブツの位置くらい覚えておけよな」
とは言ったものの、喜び勇んで駆けていった真利の耳には届いていまい。
「やれやれ」
思わず嘆息するが、仕事が終わった訳じゃない。
ドロップアイテムを回収してダンジョンの掌握をしてしまわないとね。
ちなみに革と肉はナイトメアのものよりさらに上質のものだった。
肉だけで言えばA5ランクの中でもさらに選りすぐりの逸品ということになるだろう。
馬肉に牛肉のようなランク付けがあるかは知らないけれど。
あと、そのランク付けもアルファベットは霜降り具合を数字は肉の取れる量を示しているそうだからA5ランクが美味しいとは限らないそうだけど。
「さてダンジョンコアが何処にあるかだけど」
「涼成、ここだ」
ドロップアイテムを確認しつつ回収している間に英花が探し当てていたようだ。
けれども英花の指し示す場所には何もない。
ということは……
「埋まってるのか」
確かに足下から気配がする。
場所が確定すれば後は作業みたいなものだ。
地魔法を使って隠れ潜んでいたダンジョンコアを掘り出して掌握するまで所要時間はものの数分である。
後はダンジョンの再設定。
とは言っても、露骨に変更することはできない。
遠藤大尉たちに怪しまれることになるからね。
ナイトメアとトライコーンの行動パターン、それと守護者の間の扉を無くしてしまうくらいは大丈夫だろう。
他は魔物の出現率かな。
こちらはあまり変更ができないけど、深い階層ほど遭遇率が上がっていた気がするので微調整しておく。
できるだけこの東京競馬場ダンジョンで死亡する者が出ないように。
「こんなものか」
「そろそろ帰らないと遅くなるぞ、涼成」
英花が声をかけてきた。
トライコーンと戦い始めた時でそれなりの時間だったからね。
今から地上に戻ったとしても夕暮れ時は過ぎているだろう。
「そうだな。他に用はないし帰ろう」
という訳で帰路についたのだが、その道中で──
「それにしても先程の戦闘は間怠っこしいことをしておったな」
ネージュにそんなことを言われてしまった。
「そうか?」
「あの程度の魔物など涼成たちであれば一撃で終わらせられたであろう」
ああ、そういうことね。
「わざと自らに枷をはめておるな。どうしてそのような真似をする」
何を目的としているかを知らなければ当然の疑問だな。
「連携の経験を積むためと苦戦の感覚を肌で知っておくためだよ」
「連携はわからぬでもないが、苦戦などする必要があるのか?」
理解不能だとばかりに聞いてくるネージュ。
「将来的にどんな強敵が現れるかわからないからな」
そう考えると今回の戦いも手ぬるいと言わざるを得ないものだったが。
「現に逆立ちしても勝てない相手なら知ってるぞ。神様たちとかネージュとかな」
猿田彦命の眷属である九尾の狐にも本気を出されたら勝てないだろう。
「む? 私は涼成たちと敵対するつもりはないぞ。友達ではないか」
「そうなんだけどさ。他にもドラゴンが出てこない保証は何処にもないだろう?」
「その時は私が相手をするから心配するな」
「それはありがとう。けど、そいつが卑怯な奴だったら俺たちを人質に取ろうとしたりするんじゃないか?」
「なんと!? そのような輩は断じて許さんぞっ」
仮定の話なのにネージュがヒートアップし始める。
「もしもの話だってば」
「おっと、そうであったな」
一声かければ、すぐにクールダウンしてくれたから良かったけど。
「そういう状況に陥らないためにも経験を積んでおくことは大事だと思うんだ」
実は魔物との戦闘をワンパンで終わらせるよりも今回のような戦い方をした方が経験値の実入りがいいんだよね。
セコいと言われるかもしれないけどさ。
自分よりはるかに強い人たちを間近で見ちゃうとセコかろうが何だろうが気にしてられないってもんですよ。
まあ、神様だったりドラゴンだったりするので人とは言えないんだけど。
そういうのは些細なことだ。
問題はレベルを人類の限界とされる99にまで引き上げても勝てない相手がいるということ。
そりゃあ異世界ではドラゴンを仕留めたこともありましたよ。
こっちの世界で倒したスケルトンドラゴンと違って生きているドラゴンをね。
だけど、そう思っていられたのはネージュと出会うまでだった。
異世界のドラゴンは姿形はドラゴンにしか見えなくても本物からは桁違いに見劣りする紛い物だったのだとわかってしまったからだ。
端的に言えば、あれは亜竜とでも言うべき存在だったのだろう。
勝っても自慢にはならない相手だった訳だ。
「ふむ、現状におごらず向上心を持っておるとは天晴れな心意気というものよな」
説明が長引くかと思っていたのだけど急に納得されてしまった。
ちょっと拍子抜けである。
以後はダンジョンから出るまで特筆するようなことはなかった。
外に出たら完全に日が暮れてはいたけど、急くこともなく駄弁りながら歩いてきたからしょうがない。
「遅かったな、張井」
出てくるなり待ち構えていた遠藤大尉に声をかけられた。
「5層で少し手こずりましてね」
「なにっ!? 大丈夫なのか?」
「怪我はしてないですよ。時間がかかったというだけの話です」
マッピングした5層の地図をヒラヒラさせながら言った。
地図を見た遠藤大尉が目を丸くさせる。
「おいおい、隅々まで見て回ったのか? 強力な魔物がいるだろうに」
「出現頻度は低かったですからね」
「だとしても無茶しすぎだぞ」
「さっさと仕事を終わらせたいから頑張っただけですよ」
「まったく、君らはいつも俺たちの度肝を抜いてくれるなぁ」
守護者と戦ったことは伏せているのに、この評価は高すぎないか?
「大袈裟ですよ。ボスの情報はほとんどないんですから」
それをアピールしたはずがギョッとした目を一斉に向けられてしまった。
「もしかしてボスを見てきたのか!?」
「ええ、まあ……」
「どんな奴だった!?」
前のめりで聞いてくる遠藤大尉。
よほど気になるみたいだけど現状の遠藤大尉たちが戦っても勝てないですよ?
読んでくれてありがとう。
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